所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。聴き比べ。同じ曲・同じアレンジでも、歌詞が違ったり、オフ・ヴォーカル版だったりすると、新たな気づきがあるものです。秀逸な英訳詞で、あらためてオリジナルの日本語ヴァージョンの良さにも気づける作品をご紹介します。
YOASOBI。もう説明不要なほど売れているユニット。ボカロPとして活動していたコンポーザーのAyaseが、「小説を音楽で表現する」というプロジェクト発足にあたり、ikura(幾田りら)をヴォーカリストに迎え結成された。デビュー作の「夜に駆ける(元小説:タナトスの誘惑/星野舞夜 著)」が物理CDのリリースはないながらも、色々なサイトに取り上げられたり、「踊ってみた」などで採用されたり、別ヴァージョンが公開されたりするたびにブースト再生され、史上初の物理CDなしでのBillboard JAPANの年間チャート首位を達成した。
その後もYOASOBIは、小説からのインスパイアをベースにしながらも、チョコレートのCMソング「群青」や、ケータイ新プランのCMソング「三原色」など、CFとのコラボや、アニメ「BEASTARS」のオープニングテーマ「怪物」、
アニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」のオープニングテーマ「祝福」などのアニメ主題歌コラボで露出を高め、高い人気を誇っている。
そのYOASOBIが手がけたのが、アニメ「推しの子」のオープニングテーマ「アイドル」。
「推しの子」は、原作赤坂アカ、作画横槍メンゴによるマンガをベースにしたアニメで、初回が通常回の3倍長の90分スペシャルで話題を呼んだ。これは、原作マンガまるまる1巻分を詰め込んだため。当初はアイドル星野アイと、その極秘出産を手伝う産婦人科医ゴロー、そのゴローに影響を与え、アイドルヲタにした元患者さりなの時代が語られるが、1巻の終わりで、アイはゴローも殺害した熱狂的な拗らせファンのストーカーに刺殺され、物語はアイの双子の子供達の時代に移る。
この衝撃的な展開が、原作未読勢にも響いたのか、アニメは高い人気を保っている。そしてその人気に一役買っているのが、このオープニング主題歌「アイドル」。全世界的にヒットし、YouTubeでの日本人アーティストの最速1億回再生達成(2023年7月現在2.3億回達成)や、Billboardのグローバルチャート「Global Excl. U.S.」で、日本語楽曲初となる1位を獲得している。
これもあって?、原則としてアルバム(YOASOBI曰くEP)以外は物理CDをリリースしないYOASOBIも、物理盤(CDと7inchアナログ盤)をリリースした。本登録品“アイドル”はそのCD盤。
帯もあって、まるでLP盤(この帯、外に掛けられているので、開くとき外さないと破れるので注意)
装丁は同時発売の7inchアナログ盤と合わせるためか、7インチサイズの見開きジャケット。CD版の方は音源としては12cmCDだけなので、サイズ的にここまで大きい必要はないのだが、かつてのLPレコード盤のように、(台紙に固定された)CDを横から引き出すようなギミックとなっている。あとは見開き面が歌詞(元詞と英詞)、本来歌詞カードが入るスペースには、折りたたまれたアイのポスター?と、その裏には「推しの子」原作者赤坂アカによる、原作小説「45510」が刻まれている。
...原作小説「45510」←マンガでは解説されないこの数値の意味が小説では語られる
これを読むと、一見(一聴?)マンガやアニメの設定をなぞりつつ星野アイのことをうたっていると感じられる「アイドル」は、実はこの作品「45510」に基づいていると判る。特にTVサイズ版(Anime Edit)ではカットされている中間部ラップの後半、ダークトーンになってからの♪はいはいあの子は特別です/我々はハナからおまけです/お星様の引き立て役Bです/全てがあの子のお陰なわけない/洒落臭い/妬み嫉妬なんてないわけがない/これはネタじゃない/からこそ許せない/完璧じゃない君じゃ許せない/自分を許せない/誰よりも強い君以外は認めない♪という部分こそが、小説「45510」の核。だからこの曲、サビは明るい(星野アイ視点)が、Aメロやラップの部分は昏く(きっと45510の登場人物視点)、それはきっと光と影を表現しているからなのかな、と。
タイトル曲「アイドル」は、その曲調の明暗の切り替えと、ラップとメロディアスなサビ部分の対比、そして転調!が特徴。転調に関してはめまぐるしく、サビの部分はC(ハ長調、短調フレーズはイ短調)なのだが、Aメロの部分はこれより半音低く、半音昇ってサビに行くパターン。ラスサビ直前にまた半音下がり、ラスサビでそこから1音上がるという複雑さ。これに長短入り交じったスケール(音階)が絡んでいるのでとてもめまぐるしい。その難解な曲を表現するikuraのヴォーカルも、キャピッとした語尾上げの媚びがある歌い方や、センターアイドルの影で埋もれていく他メンバーの葛藤など昏い部分の声音わけが素晴らしく、「演じ歌い」に近い形か。
そして、この「推しの子」とその主題歌、海外でも人気が高いようだが、当初は日本語詞の「アイドル」しかなかったので、大部分の日本人がそうであるように(?←偏見)、日本語の歌詞を理解せずに聴いていた海外勢向けに?、追加でリリースされた英詞ヴァージョン「Idol」も収録されている。これは、訳詞担当のKonnie Aokiの仕事とセンスが素晴らしい。元々の日本語詞も、♪無敵の笑顔で荒らすメディア♪♪抜けてるとこさえ彼女のエリア♪と言う風に尾韻を踏んでいる、やや洋風の歌詞だが、この英詞は尾韻も踏み、さらに、ぱっと聴き日本語詞と近い感じの音を各所に入れて元詞との相同性を保っている。
その「idol」。ikuraの英語での歌唱がかなりよい!ラップの部分も滑舌良く、発音も良い。そのため、よく歌詞が聴き取れるのだが、いわゆる外来語のカタカナの部分だけではなく、日本語の部分も詞の置き方と歌い方で「近い印象」になるようになっている。導入部は♪Couldn’t beat her smile, it stirred up all the media/Secret side, I wanna know it/So mysterious♪という歌詞だが、日本語詞でも♪無敵の笑顔で荒らすメディア/知りたいその秘密ミステリアス♪と(発音は英語的なのとカタカナ的なので若干違うが)同じ単語で同じ音で尾韻を踏んでいるので、印象が近いし、♪Confusing, why, why, why?/Essential lie, lie, lie♪は元が♪あれもないないない/これもないないない♪であるとか、サビの入りは♪That emotion melts all hearts, all eyes on you/Cause you are perfect, the most ultimate idol♪だけれど、頭の部分が「ダレモーション」と日本語詞の♪誰もが目を奪われていく/君は完璧で究極のアイドル♪の部分の音に被るとか、相当に作り込んであって、しかもそれを、ニュアンスが日本語詞と変わらないようにしながらikuraが歌いこなしている。この英詞版「idol」で多くの海外リスナーが歌詞の意味を知り、それがチャートトップに上り詰める原動力にもなったと思う。
アニメの主題歌サイズ版を挟んでラストは「アイドル -Instrumental-」...とは言っても、ガイドメロディ無しのいわゆるヴォーカルマイナスワントラックで、普段ならさほどに聴き所はない。しかし、この曲に関してはヴォーカルがなくなったことで、隠れていた装飾の音や、目立たなかった音色が確認できて、興味深い。Aメロのバックで流れる打ち込みのフレーズの奇数小節と偶数小節での微妙なパターンの差異に気づかされたり、中間部ラップのバックに流れるパーカッションの凝ったリズムパターンがおもしろかったりなど、隅々まで神経が通っていることに気づかされる。
元々は原作小説「45510」が添付されるという事で買う気になったものだったが、とてもシカケが高度で、いろいろと感心させられる作品でした。
【収録曲】
1. アイドル
2. Idol
3. アイドル -Anime Edit-
4. アイドル -Instrumental-
「アイドル」
日本語詞と英語詞のシンクロと、それを同じ雰囲気で歌いこなすikuraのヴォーカルは必聴。
語尾上げのアイドル調の可愛さ演出や、明暗何度も切り替わる曲調への対応、マシンガンのような高速ラップなど、難しい部分が多いが、日英ともに歌いこなしが素晴らしい。
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購入金額
2,200円
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購入日
2023年06月24日
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購入場所
メロンブックス
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