レビューメディア「ジグソー」

「小説を音楽にする」という意味では、さらに磨きがかかった

所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。歌詞を持つ曲は、(ナンセンスソングの一部を除いて)その歌詞で歌われた世界観や感情を表現しています。その歌詞を自分で書くにせよ、専門の作詞家を採用するにせよ、180度違う世界を紡ぎ出すのはなかなかに難しいようです。しかし、その「元」として他者の著した小説を取り上げることで、幅広い世界を表現するユニットがいます。そんなユニットの作品集をご紹介します。

 

YOASOBI。コンポーザーのAyaseと、ヴォーカリストのikura(幾田りら)からなる音楽ユニット。曲としての作詞自体はAyaseなのだが、コンセプトが「小説を音楽にするユニット」のため、様々な小説を元ネタにしていることから、歌詞に物語性があり、またその小説を表現するためか曲調(ジャンル)はあまり固定されていないのが特徴。そしてAyaseがボカロP

の一面もあるため、それまでの王道作曲法やメロディの付け方にとらわれず、曲の中でストーリーに即した情景の切り替えや心情的な場面転換や視点移動、起承転結を感じさせるように、曲調の大胆な切り替えや頻回の転調を含み、ヴォーカルにも大きく加工を入れるような場合もあるという凝ったアレンジの楽曲が多い。

 

そんな彼らの3作目の配信シングル曲集が、“THE BOOK 3”(EPという形態としては、これに先行して4名の作家とのコラボ盤である“はじめての - EP”があるので、「3」だが4枚目カウントとなる)。素材(小説)が良いのもあって、今まで以上に物語性の高い作品が並ぶ。

 

ミスター」は、4名の直木賞作家とのコラボと言う企画で生まれた曲。元ネタとなった小説は、島本理生の書き下ろし小説「私だけの所有者」。この4人の作家による4つの物語は、“はじめての”という本にまとめられているが、この「ミスター」は「はじめて人を好きになったときに読む物語」。戦時下のアンドロイドと人間の哀しい愛情が描かれていて、“ミスター”は主人である人間。つまりアンドロイド側からの視点で歌われている曲。小説を読むと、なぜ小説での「」が曲では♪のこと叱ってよミスター♪(下線部cybercat)なのかがわかり、MVとの整合性がとれてくる。曲としては、いつもの転調多用とヴォーカルモジュレーションという、構成にも音にもシカケが多い楽曲で、非常にYOASOBIらしい。全編スラップベースが入っているが、実はこれは打ち込みで、YOASOBIの二人以外ではギターのTakeruru(タケル)のみが参加。

 

原作赤坂アカ、作画横槍メンゴのコンビによるマンガ【推しの子】を元としたアニメのテーマソングとして、一世を風靡...いや後の英語ヴァージョン

のリリースで、全世界を席巻した「アイドル」は、ライヴなどではこのCDで直前に位置するインスト曲「Interlude "Worship"」と続けて演奏されることが多く、その重厚なSFサントラのような響きから一転、ラップ調のキレの良い導入に繋がり、ちょっと懐かしめのオケヒットが連発される刺激的なAメロから、アイドル曲王道とばかり、半速になってタメを造るBメロ、REAL AKIBA BOYZが♪Hi!Hi!Hi!Hi!♪とヲタクコールを入れる覚えやすいサビと来て明るめで押す曲...と思いきや、一気にその“アイドル”を傍で見て妬み羨む「その他大勢」の黒い闇を語り、最後のサビではアクア(マリン)やルビーといった【推しの子】のキャラに触れるフレーズもあって、原作との強いつながりを感させるというシカケ満載の曲。曲としての原作小説は【推しの子】の作者赤坂アカが書き下ろした【推しの子】のスピンオフ小説「45510」。

 

セブンティーン」は、最近YOASOBIのサポートベーシストとして完全に定着した、やまもとひかるちゃん

のゴリッゴリのスラップベースプレイが聴けるハイスピードチューン。本EPでは、ひかるちゃんのベースプレイは、ガンダムの主題歌「祝福」でも聴けるが、この「セブンティーン」の方が遙かに派手w曲は「ミスター」と同一の企画で、こちらは宮部みゆきの「色違いのトランプ」が元小説。「はじめて容疑者になったときに読む物語」として、平行世界の「向こうの世界の自分」、♪同じ姿形中身は真反対♪な人物を歌っているようでいて、17歳というのは自我が発達し、そして自分の能力や嗜好の固定、限界や世の中の仕組みへの理解、自分の世界と他の世界との折り合いなどをつけていく年代でもあるので、実際には自分の中に住む「もうひとりの自分」?

 

最近は、海外のフェスに呼ばれることも多くなり、すっかり大御所感が出てきたYOASOBIだが、まだまだアイデアは尽きることがないようだ。若者どころか、全世代で活字離れが言われている昨今だが、本好きとしては彼らの音楽から原作を通して、小説に興味を持つ層が増えれば嬉しいな、と思ったり。

 

彼らの次の物語=展開も気になる作品集でした。

いつもながら歌詞と小説のあらすじが載ったバインダーの巻末にCD格納
いつもながら歌詞と小説のあらすじが載ったバインダーの巻末にCD格納

 

店舗別特典の特製バインダー用オリジナルインデックスは「アイドル」のものを確保
店舗別特典の特製バインダー用オリジナルインデックスは「アイドル」のものを確保

 

【収録曲】

1. 勇者(テレビアニメ“葬送のフリーレン”オープニングテーマ)
2. Interlude "Awakening"
3. 祝福(テレビアニメ“機動戦士ガンダム 水星の魔女”オープニングテーマ)
4. 海のまにまに
5. ミスター(「ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者」イメージソング)
6. Interlude "Worship"
7. アイドル(テレピアニメ“【推しの子】”オープニング主題歌)
8. セブンティーン
9. アドベンチャー(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン「ユニ春」テーマソング)
10. 好きだ(クラシエ「いち髪」CMソング)

 

「セブンティーン」

更新: 2024/10/02
必聴度

アニメ主題歌3曲は、いずれも単独で看板張れる良曲だが...

それ以外の、“はじめての”系の4曲など他の曲も「間を“埋める”曲」では全くなく、いわゆる捨て曲なし。

  • 購入金額

    6,999円

  • 購入日

    2023年10月12日

  • 購入場所

    メルカリ

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