レビューメディア「ジグソー」

ジルコニアとは対極の音質傾向だが、古き良きアナログの味

JICO(日本精機宝石工業)から発売された、世界初の木製カンチレバー採用レコード針、「MORITA ~Wood Carving Cantilever~ 黒柿」シリーズの、SHURE V15 typeIII対応品が、このVN35-KUROGAKIとなります。

 

レコード針の構造をご存じない方には少々説明が難しいのですが、レコード針においてレコードの音溝に直接接触するスタイラスチップ(通常はダイヤモンドで作られる)が取り付けられたパイプ状の部品で、スタイラスチップが接触することによって生じる振動を電気信号に変換する発電系まで伝える役割がある部分です。

 

このカンチレバーは物理的な振動を伝える必要があることから、一般的にはできる限り軽量で強度のある素材を用います。比較的安価なレコード針またはカートリッジではアルミパイプが用いられることが多く、より高価な製品ではボロン、ベリリウム、チタン、サファイヤ、ルビー、ダイヤモンド等が使われることもあります。

 

世界的に見てもレコード交換針の大手メーカーは、日本のナガオカやJICOなのですが、特にJICOでは近年オリジナルのMCカートリッジを開発したり、カンチレバーに新たな素材を投入したりと、意欲的な開発姿勢を見せています。

 

先日同社の創業60周年を記念して、限定販売されたジルコニア(セラミックの一種)製カンチレバーを採用した交換針は、旧世代のカートリッジを現代的なHi-Fiサウンドに仕立て直してしまうという独特の持ち味があり、私もSHURE製カートリッジの中でも名機に数えられる、V15 typeIII向けの交換針を購入しました。

 

 

 

 

 

 

そのJICOが、ベテラン技術者の「木製カンチレバーの音を聴いてみたくなった」という一言から開発に着手したのが、今回取り上げた黒柿製カンチレバーの交換針、「MORITA ~Wood Carving Cantilever~ 黒柿」です。

 

この針については、先日試聴会が開催され、私も参加させていただきましたので開発の経緯等を詳しく伺うことが出来ました。前述の通り、カンチレバーは軽量で硬い素材が求められることから、当初は黒檀など、ごく普通の「堅い木」を色々試してみたものの、いずれも低域が分厚く締まりの無い音になってしまったのだそうです。木材の専門家の助力なども仰ぎつつ試した中で、ようやくモノになりそうだという感触を得られたのが、この黒柿だったということです。

 

黒柿については詳細な説明は避けますが、樹齢150年の柿の木の中に、ごく稀(1万本に1本程度の確率)に内部が黒化したしたものがあり、この黒化した部分は硬く脆い性質を持つのだそうです。通常は黒柿はこの複雑な模様による高い芸術性から美術品や工芸品に用いられる素材であり、希少性も高いことからかなり高価な素材となってしまうとのことで、現在確保している原木の分しか製造できない可能性が高いということで、発売開始と同時に購入申し込みをして入手したのが、このVN35-KUROGAKIです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パッケージデザインこそ違うものの、内容物などは概ねジルコニアの針と同様と考えて良いでしょう。強いていえば、黒柿シリーズを説明する紙が追加されていますが。

更新: 2019/12/01
総評

原音忠実型では無いが、アナログの味わいが濃い

それでは実際にSHURE V15 typeIIIに装着して、音を出してみることにしましょう。

 

現在私のV15 typeIIIには、前述のJICO製ジルコニアカンチレバーSAS針が装着されていますので、こちらとの比較を中心にしてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらのV15 typeIIIは、ヘッドシェルがaudio-technica AT-LS13、リード線がAT6101という組み合わせです。本当はもう少し良いリード線にしたいところではあったのですが、今までの環境を変えてしまうと比較試聴がし辛くなってしまいますので…。

 

VN35-KUROGAKIは、スタイラスカバーの部分に「MORITA」と刻印されているのが特徴となります。カバーを動かしカンチレバーを見ると、真っ黒であることが判ります。ジルコニアの白と対照的でなかなか面白い外観です。

 

 

 

 

 

 

 

少しわかりにくい写真になってしまいましたが、上がジルコニアカンチレバー、下が黒柿カンチレバーであり、周辺部品も含めてカラーリングが対照的になっています。

 

 

 

 

 

 

 

VN35-KUROGAKIの適正針圧は0.75~1.25gとかなり軽めです。今回は中心値に近い1.02gで聴いてみることにしましょう。なお、比較対象となるジルコニアカンチレバーのVN35 SAS/Zは、適正針圧1.0~1.5gですので、中心値の1.25gで試聴しています。

 

 

 

 

 

 

 

試聴環境は、いつも通りのTechnics SL-1200G+Phasemation EA-200の組み合わせです。試聴ディスクは、今回は慣らしも兼ねてLPレコード片面全体を通して聴くことにしましたので、聴き慣れた「Ten Summoner's Tales / Sting」(180g重量盤)のA面を選びました。

 

 

 

 

 

 

 

まずはジルコニアカンチレバーのVN35 SAS/Zで聴いてみます。基本的な傾向は私のリファレンスであるaudio-technica AT-OC9/IIIと比べてもさほど違和感が無い、現代的なバランスの音となります。SHURE V15 typeIIIというカートリッジでイメージするような、古めの録音を味わい深く鳴らす傾向では無く、どちらかというとデジタル的なStingの音が、割合イメージ通りに出てきます。

 

ただ、ある意味当然ではありますが、そこそこの価格のMCカートリッジであるAT-OC9/IIIと比較すればレンジ感、解像度、緻密さなど多くの部分で劣る部分はあります。V15 typeIIIも悪くはありませんが、傾向が近ければより音質に優れるAT-OC9/IIIの方の魅力が上になってしまうのもやむを得ないでしょう。

 

それでは、A面全てを聴き終えた時点で、針をVN35-KUROGAKIに交換してみます。

 

すると、とても同じカートリッジで再生しているとは思えない程に音が変わります。VN35-KUROGAKIは黒柿カンチレバーの制約から、針先が丸針となってしまうため、どうしても特に高域方向の緻密さはなくなり、ハイハットの細かいニュアンスなどは表現できなくなってしまいます。しかし、1曲目の「If I Ever Lose My Faith In You」を少し聴いただけで判るのは、Stingのヴォーカルにふくよかさが感じられ、またベースが肉付きの良さを感じるような音色に変化するということです。また、バックで挟まれるハーモニカの音色が妙に生々しく感じられます。

 

丁度10月にStingのライブを生で観てきたばかりですので、どちらかというと原音に近いのはジルコニア(VN35 SAS/Z)やAT-OC9/IIIの方だとは思います。しかし、原音からは遠ざかっているにもかかわらず、「生の音」というイメージを持つのは何故かVN35-KUROGAKIの方の音なのです。Stingの声はふくよかさよりは張りの強さがありますので、正解に近いのは間違いなくVN35 SAS/Zだと思うのですが。

 

A面最後の「Seven Days」のイントロ部分も、何となくあっさりと鳴る傾向があるVN35 SAS/Zに対して、異様なまでの深さを感じるVN35-KUROGAKIという違いが表れました。もっとも、特に内周部で気になったのは、VN35-KUROGAKIの方でヴォーカルのサ行がやや濁ることで、この辺りはSAS(一般的にはマイクロリッジ針と呼ばれる形状で、ラインコンタクト針の一種)針のVN35 SAS/Zの方が明らかに有利です。

 

 

結論として、両者を比較してオーディオ的に高度なのは、間違いなくジルコニアSASのVN35 SAS/Zです。ただ、レコードからアナログらしい生々しさや柔らかさを存分に引き出すのはVN35-KUROGAKIの方でした。恐らく割合デジタル的な音質傾向の「Ten Summoner's Tales」を聴いたことでこのような印象がより強くなったのだと思いますが、例えば60~70年代辺りのHi-Fi感は無いが独特の味を持つような音源を聴くと、よりVN35-KUROGAKIの魅力が引き出されるのではないかと思います。

 

 

私自身、JICO製のV15 typeIII用交換針は最初に買ったS楕円針を含め3種類持っていますが、現代的な録音であればVN35 SAS/Zを、70年代やそれ以前の録音を楽しむのであればVN35-KUROGAKIを、それぞれ使うことになるのではないかと思います。針を交換することで全く違った表情を見せるのがMM系カートリッジの長所であり、ジルコニアと黒柿という対照的な素材を両方揃えておくことで、楽しめる幅が最大限に拡がることになるでしょう。

  • 購入金額

    11,000円

  • 購入日

    2019年11月28日

  • 購入場所

    JICOオンラインショップ

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