レビューメディア「ジグソー」

「御巣鷹の尾根」で散った乗員乗客の壮絶な遺体確認作業の記録

1985年8月に発生した日航機墜落事故を題材にしたドキュメンタリーである。著者の飯塚氏は、当時遺体確認作業の陣頭指揮をとった警察関係者である。

飛行機が単独で起こした事故としては航空史上最悪の惨事となったこの墜落事故。これに関する書籍は非常に多く出版されている。ジャーナリストがマスコミの視点で書いた物、機体に起こった現象について航空工学の専門家が詳しく分析した本、亡くなった乗員乗客の遺族が思いをつづった本など。

しかし、遺体確認作業の詳細を綴った本はなかなか出版されなかった。きっと遺族への配慮なども考慮してのことだったのだろう。

現場で回収された遺体や遺品は、全て地元の中学校の体育館に集められた。真夏の猛暑の中、マスコミの視線を遮るために全ての窓を閉め、暗幕を張って関係者以外の出入りが一切禁止となった。連日40℃を超える体育館の中で繰り広げられた遺体確認作業は壮絶な物だった。亡くなった人は後に520名と判明したが、ほとんどの遺体は墜落の衝撃でバラバラの肉片と化し、原形をとどめた遺体はわずかだった。急遽、全国の歯科医に協力を要請し、カルテの提示とポータブルのレントゲン撮影機の手配が行われた。

ちぎれた手足、胴体しか残っていない物、1人の遺体にもう一人の遺体がめり込んだもの・・・。警察関係者はもとより、応援に駆けつけた赤十字の看護師や医師たちでさえ見たことのない遺体の姿に呆然と立ちつくした。バラバラになった遺体を収めるため、納入された棺の数は2000を超えたという。

蒸し暑い体育館の中でどんどん増えて肥っていく大量の蛆。遺体確認作業はまず蛆の除去作業から始まった。腐敗のスピードが著しく速いので、一旦記録を取った後はドライアイスで凍らせておく。脚立に乗って遺体の記録写真を撮る警察官は泣きながらカメラのシャッターを押した。

一角では、土下座するJALの担当者に食ってかかる遺族の姿。やっと肉親のものと判明した遺体(とは言っても凍った肉片なのだが)に泣きながら頬ずりする遺族もいたという。

そんな中で、次々と警察官や医師たちに異変が起きてくる。皆、精神的にも肉体的にもとうに限界を超えていた。そんな様子を、混乱する現場の中で著者は苦渋の思いで見つめていた・・・・。

本文には遺体の写真などは一切掲載はされていない。しかし、文章による描写ですら思わず眉をしかめてしまうほどの遺体の状況。膨大な肉片の中から肉親を必死で探す遺族の姿・・・・・私は涙が止らなかった。人の命という物は如何に儚く、そして大切な物であるか。遺族も日航関係者も、そして検死に立ち会った医療従事者たちも、それぞれの立場で苦しみ、疲弊していったのである。弁当のご飯が蛆虫に見えて食事が取れなかった人もいたと聞く。

最近は事故現場まで通じる登山道が整備され登りやすくなったと聞くが、遺族とは別に、物見遊山で現場に登り、慰霊碑の前でピースサインをしながら写真を撮る風景もたまに見られるそうである。若者にとっては、自分たちが生まれる前の単なる「歴史」の一部に過ぎないのかもしれない。でも、未だに現場では、墜落した機体の破片や犠牲者の骨片が見つかるという。御巣鷹の尾根に登る者は、犠牲者や遺族の想いに十分配慮すべきである。中途半端な気持ちで登ってはいけないのだと思っている。

ちなみに、遺体確認作業に使われた体育館は現在は取り壊されているそうである。
壮絶な現場で極限状態に置かれながら必死で遺体と向き合った人たちの姿も、今はない。
これからはこの事故の風化を如何にして食い止めるかが問題である。
また、曖昧となってしまった事故原因の再調査を望む遺族も多い。



まだ、あの事故は終わっていないのである。
  • 購入金額

    1,500円

  • 購入日

    不明

  • 購入場所

    近くの書店

13人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (2)

  • vingt-et-unさん

    2010/08/18

    GORO助さん、おじゃましております。
    この本は未読ですが、山崎豊子の「沈まぬ太陽」の御巣鷹山篇で幾たびも涙がでました。
    「沈まぬ太陽」でもこの体育館のシーン、忘れられません。
  • GORO助さん

    2010/08/19

    vingt-et-un さん、コメントありがとうございます。

    白い布を掛けられた棺が整然と並んだ体育館内部の写真を見たことがあります。でも、それは検死作業が一段落して混乱が治まったあとの姿なんですよね。現場から次々と遺体が搬入されて来た頃の体育館は地獄絵そのものだったそうです。ブルーシートに並べられた泥だらけの肉片を一つ一つ洗って写真を撮って部位を特定して・・・気の遠くなるような作業ですね。この本の著者は、自宅に帰っても着替えて風呂に入るまでは居間に入れてもらえなかったそうです。服にも身体にも腐臭が染みついているので。

    遺族の心情を綴った本も大切ですが、こういう人目に触れないところで、半ば正気を失いつつも数ヶ月間にわたって必死で遺体の身元確認作業に従事した人たちがいたことも決して忘れてはいけないのだと思います・・・・。

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