私は音楽を聴くときに、ソースの多くをレコードで入手します。そのため、PC等で気軽に聴けるように、オーディオインターフェースを使ってデジタル化するという作業をここ数年続けてきました。
割合初期にはDigital Audio Labs CardDeluxe CDX-01を、後にECHO Digital Audio LAYLA 24/96をその用途に使ってきて、3年ほど前に中古で購入したMOTU 1296を使うようになりました。
MOTU 1296は高音質で知られる、女性歌手藤田恵美の作品「Camomile Best Audio」シリーズの制作で使われるなど、業務用の一線で活躍していた製品であり、個人ユーザーレベルでは十分すぎる実力を持っていると思います。しかし、上記3製品はいずれも世代が古く、最大24bit/96KHzまでしかサポートできないことは弱点でした。データサイズの問題で実際に録音する際には24bit/88.2KHz(CD品質に変換することも想定しているため、敢えて44.1KHzの倍数をサンプリング周波数としています)程度を利用するのですが、再生時にはより高いサンプリング周波数を扱えた方が都合は良いわけです。
MOTU 1296はPCI ExpressまたはPCI、PCI-Xスロット用のAudioWire(MOTU独自の接続規格で、物理的にはIEEE1394a 6pinと同等)ホストアダプターに接続して使う製品であり、現在はASUS P9X79にPCI Expressスロット用のPCIe-424というホストカードを装着しています。このホストアダプターはAudioWire接続の製品であれば共通して利用できますので、1296を後継モデルのHD192に交換すれば、課題は解決することに気付きました。というわけで、早速中古品を探してMOTU HD192を入手しました。
恐らくラックにマウントされていたのでしょう。ネジ穴の部分の塗装が削れています。まあ、外観が気になるような製品ではありませんので、気にする必要はありませんが。
背面側は1296とほぼ同じといって良い外観です。全く同じというわけでもないのですが、端子の数や配置は違いがありません。
折角なので素性を探ってみた
元々ユーザーが少ない上に、分解が面倒なこともあってか、この製品に使われている主要パーツはA/DコンバーターのAKM AK5394以外は殆ど知られていません。
取り敢えず動作チェックをしていると冷却ファンの異音が大きいことが気になりましたし、過酷な環境で使うわけでもありませんので、1296と同様に内蔵ファンを停止させることにしました。となると、当然分解が必要となるわけです。
1296は前後左右にそれぞれ筐体を固定するビスがあることに加え、全てのXLR端子(アナログ12IN/12OUT+AES/EBU IN/OUT各1の計26個)に2本ずつビスが用意されていましたので、計66個のネジを外す必要がありました。ネジの種類も3種類あり、それぞれに別のドライバーが必要というおまけ付きで…。
一方、HD192ではこれがある程度簡略化されました。前後左右の筐体固定用のビスはあるものの、26箇所のXLR端子周りのビスが1本だけになりました。つまり合計でたった36本外せばよくなったということです。
……トッテモラクニナッタナー(棒)
まあ、外さなければ先に進みませんので、諦めて36箇所のビスを外しました。
1296を開けたときには基板の上に埃が積もっていて、まず掃除機が必要になったのですが、それと比べれば今回のHD192は最初からあまり汚れはありませんでした。
改めて中身を見てみると、HD192が1296の改良型であるということが一目瞭然です。基板のレイアウトなどは殆ど変わっていません。ただ、個体差なのか1296よりも組み上げが粗く、トランスなどは触ると横に数ミリ動くほどに固定されていませんでした。従って、まずは主要なネジの締め直しを行いました。さらに冷却ファンは電源を抜いて黙らせます。
それではここからは主要パーツを確認してみましょう。
まず、A/Dコンバーターは前述の通りAKM AK5394VSが搭載されています。この時期のライバル製品やもう少し下のクラスの製品では、下位のAK5384がよく使われていましたが、チップ単価は10倍ほど違っていたらしいです。AK5394は2chに対応していますので、12INのこの製品では6個使われます。また、OPAMPのJRC NJM2068(チップには選別品のNJM2068Dと印刷されているように見えます)が左右独立で使われているようで、1つのAK5394に対してNJM2068が4つずつ組み合わされています。
続いてD/Aコンバーターですが、実はこのA/Dコンバータが載っている基板の真下に配置されているためかなり見辛いのです。無理矢理iPhoneを突っ込んで撮影しましたので、見づらさはご勘弁ください。
AKM製2ch対応DAC、AK4395VFが搭載されていました。この製品が発売された2003年時点ではAKMのハイエンドチップだったと記憶しています。これもch数に合わせて計6個搭載されています。これより奥はカメラが届かず撮影できませんでした。
こちらはサンプリングレートコンバーターのCirrus Logic CS8420です。ただ、CS8420は192KHzには対応していなかったはずで、96KHzより上の信号では更に2倍のアップサンプリングをして使うことになるのでしょうか。
FPGAはALTERA(現在はIntelがFPGA部門として吸収)製EP1K30TC144-2が搭載されています。最大クロック周波数は80MHzで、当時のオーディオインターフェースで使われるFPGAとしてはそこそこ良い方だったのではないでしょうか。
電源周りは大きめのコンデンサーが載っているものの、例によって台湾Jamicon製でした。この辺りは日本メーカーのオーディオ向けに交換したくなるところですが、まあ下手にいじるのは避けましょう。
これらから判るのは、基本設計は1296とほぼ変わっておらず、デジタル周りのパーツだけ世代に合わせて更新したということでしょうか。ただ、A/Dコンバーターは単純に世代の違いですが、D/Aコンバーターはグレードも少し上がっていますので、その辺りで主に再生側の音質に差が付く可能性はあります。
なお、基板写真にCopyright表記が写り込んでいますが、HD192や1296はMOTU自身の設計ではなく、S&S Research Inc.という、電子部品や電子デバイスを設計・製造したメーカーによって作られたようです。
個性が薄まり、標準的な高音質に近づく
取り敢えず音質を確認してみようということで、1296の環境をそのままというか、1296とHD192を入れ替える形で使ってみましょう。
WindowsではホストアダプターのPCIe-424にドライバーが当たる形ですので、コアシステムだけの交換であればドライバーの当て直しは不要です。MOTUのConfigurationツールでHD192の動作設定だけすればOKです。
この環境に、Technics SL-1200G+Phasemation EA-200から入力して、録音を試してみます。今回は比較的最近1296で録音したファイルが残っている、「One Last Kiss / 宇多田ヒカル」のA面を録音して聴き比べてみました。カートリッジはaudio-technica AT-ART7を使います。
改めて聴き比べてみると、1296はやはりそこそこ強い個性があったことに気付かされます。低域方向にはゴリゴリと独特の魅力ある力感を感じる一方で、ヴォーカル帯域のクリアさがやや欠け、特に中~高域にかけての解像度も少し甘かったようです。
これをHD192に交換すると、良くも悪くも標準的高音質という方向に変化します。低域方向は1296の荒っぽさが魅力的に感じられるのですが、ヴォーカル帯域の生々しさは明らかにHD192が上回り、高域方向のクリアさやハイハットの質感などもはっきりとHD192が優位に立ちます。
今回比較した中では「One Last Kiss」A面2曲目の「Beautiful World (Da Capo Version)」で特に大きな差が付きました。1296ではアコースティックギターの弦の質感が不足していました。HD192で録音したデータの方が明らかに弦の倍音が豊かですし、全体的に間接音の量が増しています。
この間接音の表現は、実は録音以上に再生時により大きな差となって表れました。1296の再生音は力感で押し切る印象で、あまり情感豊かな感じではなかったのですが、HD192の再生音では雰囲気の部分が随分出るようになってきました。久しぶりにスピーカーから音を出してみて、本当に同じファイルを再生していたか思わず疑ったほどに間接音が充実しました。
HD192は随分素直な音になってきましたが、それでも恐らくRMEの上位製品と比べればまだある程度の脚色はあると思います。とはいえ1296よりもオーディオ的には整った傾向に変化していますので、録音中心で使うには好ましい方向の変化だと思います。この水準で録音できるのであれば、当面はこれでいいかなと思う程度に納得できました。
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購入金額
18,000円
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購入日
2021年08月31日
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購入場所
ヤフオク
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