先日レビューした、ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)配信聴取に適した砲弾シェイプのカナル型イヤホン、NICEHCK X39。
実は、それ以前にASMRを聴くのに適したイヤホンがあって、X39はそれの予備に購入したという経緯。
一般に、ASMRに適したイヤホンというのは、
・密閉度が高く、外界の余分な音が入らない
・開口部が鼓膜に正対するよう調整出来る形状が望ましい
・定位感と音の分離が良く、音源の移動や複数の音の聞き分けが可能なもの
・中域、特に低めの中域(中低音ではない)のリアリティが高い
・ケーブルありのモデルの場合、タッチノイズが大きくない
・ジャンル柄、寝ホンとしての利用や寝落ちも考えられるので、高価過ぎない
というのが求められると思う。
一方、「重低音の力強いヴォリューム」や「伸びる高域によるヘッドルームの広さ」等と言った音楽を聴く際に重視されるポイントに関しては、優先度は低い...いやむしろ量優先の「あるだけ」低音や、伸びてはいるが質がない高音は、「ASMR音」のリアリティを損ねるので、むしろ不要ですらあり、音楽を聴くのに使うと高揚するイヤホンと、ASMRを味わうためのイヤホンは「別」と考えた方が良い。
以前自分は、ASMR配信には静寂を求めるために、耳をすっぽり覆う大きめイヤーパッドを持つAKG K550
を使っていた。しかしこのヘッドホン、自然音(雨音や風の音など)や調理の音(なにかを切っている包丁の音や、天ぷらを揚げる音など)と言った、音の発生源と耳の間に空間が(たくさん)ある音を使ったASMRには良いのだが、耳かきやオイルマッサージなど、音の発生源が耳の中、もしくは極めて近いような音の場合、ちょっと「録音を聴いてる感」があって、今一歩。で、こういう系統の音を試しにイヤホンで聴いてみたら、素晴らしくリアリティがぶち上がったので、基本的にその後ASMRはイヤホンで聴くことにした。
イヤホンも当初は音楽用のものを使っていたのだが、ドンシャリ系のモノや、高域が伸びきっているものは合わない、ということが判ってきた。ドンシャリイヤホンを耳かきの音に使った場合、低域が強すぎると「カリカリ」音より「ゴリゴリ」音の方が強くなって、ちょっとイマイチ萌えない。高音が伸びきっているイヤホンは、時にカサカサ系の音が耳障りだったり、強調されて「うそもん」臭くなる。密閉度が高い方が外界の音を拾わないからと、CIEMを試してみたこともあるが、CIEMはドライバごとに導音管が分かれている場合がほとんどで、中域中心のシングルドライバイヤホンの方が点音源で、ASMRに関しては、むしろリアリティが高い結果が得られた。
そんなASMRに適したイヤホンがないかと探していて見つけた、ASMR用としてとても評価が高かったのが本品、final Eシリーズの末弟、E500。
砲弾シェイプのカナル型イヤホンであるfinal Eシリーズは、いずれも6.4mmφのダイナミック型ドライバー一発のイヤホンだが、シェルやケーブルの材質やケーブルの脱着が可能か否かなどの違いがある。そのEシリーズには、E5000を筆頭に6機種あり、価格帯も10倍以上の差で分布している。このうち、ケーブル直付けのE1000、E2000、E3000は、約2,500円から約5,500円の間に位置するが、違いがクラスの上・中・下ではなく、音の方向性という感じで性格が立っている。基準となるE1000にメリハリつけたのがE2000で、中域の表現力を上げたのがE3000と言うチューニングで、優劣というより、好み。リケーブル対応になる上級機E5000とE4000 も倍近く価格が異なるが、アコースティック向けとエレクトロ向けという感じでこちらもキャラが違う。
そんなEシリーズの中で、E500だけが明らかに方向性が違う。価格ピッチは一番隣接の機種との差が少なく、その一番近いE1000とは550円しか違わないが、音楽用のE1000以上の機種とは違い、E500はfinalのHPでの商品紹介でも「バイノーラル技術を用いて音の方向感を再現するゲームやVRコンテンツを再生するための新たな研究成果から生まれ」たと明記されており、FPS等で足音を聴いて敵の方向を確認したり、ASMRでの空間表現などを味わったりするのを目的としたイヤホン。
定価2,000円以下のイヤホンなので、付属品はイヤーピースのみ。しかし付属するのが、final イヤピース Eタイプの5サイズ(SS/S/M/L/LL)のセットなので、およそ1,000円程で売られてる「イヤピース Eタイプ BLACK+BLACK赤軸 ALLサイズ(FI-EPEBLBL2A4)」と同じ物と思われる。これを差し引くと、本体相当実質1,000円程度??
2,000円以下のイヤホンでもあり、ポーチはつかないが...
...単独販売もされている定番イヤピ、Eタイプが5サイズ付属する(初期装着分含む)
左右を見分けやすくするように、イヤピの片方の軸には赤軸がセット済み
そういう意味では、お金を掛けているところにはきちんと掛けている。要するに、Eシリーズ末弟として、「万能だが全体に低レベル」に甘んじるのではなく、音楽をある意味捨ててでも、「人声や音の空間表現」に特化しようとしたエッジの効いた機種がfinal E500。
ではこの機種、どんな「音」なのだろうか。
リケーブル対応のイヤホンではないので、3.5mmアンバランスのみの評価。DAPとしては、現在のメイン、Shanling M3X Limited Edition
を使い、そのセッティングは、ゲインはLowでDUAL DAC(DAC Turboモード)、EQはスルー。イヤピは標準添付の「S(小さい方から2番目)」。
まずはいつもどおり、吉田賢一ピアノトリオのハイレゾ音源(PCM24bit/96kHz)“STARDUST”
から、「Never Let Me Go(わたしを離さないで)」。音楽を「捨てた」と言っても、流石に最低限は担保されており、中域のバランスが良い。リムショツトとハイハットフットクローズ、シンバルレガートのシンバルが鳴る音とスティックが鳴る音等キツめの音も尖っていない。ピアノも打撃音が視観に優しく心地よい。ただ、ベースは、ソロ部分の高い音域を使うところ以外は芯がユルい。高域は閉塞感こそないが、伸びていく感じはない。
もう一つのリファレンスハイレゾ音源、USBメモリでの販売だった宇多田ヒカルの“Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1+2 HD”(PCM24bit/96kHz)
から「First Love」。バックが軽いAメロ部分のヒカルの声は意外なほどよい。この部分のバランスは、ギターはやや引っ込んでおり、むしろピアノの方が出ている。途中で加わるベースは、意外にもしっかりとした音だが、ちょっとつぶれ気味?大サビでのシンバルの広がりはないので、空に抜けるような開放感はない。
同じ女性バラードの範疇になるが、やや平坦な音造りで「First Love」とは異なる評価となることが多い、女性声優あやちゃんこと洲崎綾の「空」は、彼女のメモリアルファンブック“Campus”から。
一言、バスドラかっる。一方、あやちゃんのヴォーカルは悪くない。中域の他楽器も、左ch端のエレギから右ch端のアコギまできちんと展開されており、ストリングスの広がりもある。上はソース的にあまり解放感を感じるような録音でもないのもあって?、わりに気にならない。
同じあやちゃんが歌う、アイドル育成ゲーム“THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS”の声を担当している女子大生アイドル新田美波の初期持ち歌、ビートが強くて派手なアイドル曲「ヴィーナスシンドローム」は“THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 019 新田美波”から。
これは...厳しい。低い方は完全にクリップ。上は元々すごく開けているようなミックスではないが、それでも狭すぎる。シンバルはアタックの後すぐ後ろに引っ込んでかき消されるし、きらびやかなシーケンスパターンの音も目立たない。ただ、中域の広さはあり、そのシーケンスパターンが左右にパンされて発音位置が変化している部分は、大きく左右に駆け巡っている。あと、バックが飽和の海に溶けてしまうので、センターのヴォーカルがしっかりと聴きとれるのは意外。
ロック色が強いジャパニーズフュージョンは、T-SQUAREの「RADIO STAR」を、ベーシストでラッパーのJINOこと日野賢二がゲストプレイヤーとして加わった、セルフカバーアルバム“虹曲~T-SQUARE plays T&THE SQUARE SPECIAL~”から。
低音楽器であるベースが「聴きどころ」であるこの曲、奏法の大部分がスラップのため、高次倍音が豊かで、得意な音域に入ってくるのか、フレーズは追いやすい。ドラムの坂東クン(坂東慧)の足技との絡みも、迫力こそないが明確に聴き取れ、悪くはない。ピアノソロのバックのリズムギターのミュートカッティングなどはむしろ聞き取りやすい。
オールドロックで、録音状態的にナロー、音造りも古典的なピラミッド型の「Hotel California」は、Eaglesの同名アルバムから。
音圧的に現在のようにツッこんでいない「昔の」ミックスであるこの曲は、E500とM3X LE(ローゲイン)の組み合わせだとフルヴォリューム!ただこれが意外に悪くない、ローピッチのスネアを中心に、複数のエレキギターが左右に広がり、特にコードのストロークが心地よい。中域のバランスは、Don Henleyのヴォーカルが気持ち弱いが、ギターの表現がよいので相殺できる。アウトロのツインギターのソロは、弦にピックが当たる音がリアル!
「艦これ」BGMをオーケストラアレンジした“艦隊フィルハーモニー交響楽団”(交響アクティブNEETs)
から、戦闘シーンに使われたという、勇壮な「鉄底海峡の死闘」。低域の迫力はないが、中低域の力感と、ストリングスやブラス隊の音の低次倍音域が、このイヤホンの特異な領域に入るようで、迫力がある。音楽向けイヤホンでは、空間を切り裂くように鳴り響く和笛のような音のフルートも、響きによる空間の演出はないが、充分に前に出ている。
最近配信でよくつかわれるビットレートがソコソコあるmp3は、YOASOBIのサポートバンドメンバーとして最近露出が増えているやまもとひかるの2nd配信シングル「NOISE」、
ビットレート269kbpsのもので評価。これに関しては音域的にしたがないイヤホンで、「ベーシストひかる」は一部しか堪能できない。一方、「ヴォーカリストひかる」は意外にイケる。イヤホン的に音数少なめで、中域中心なのがよい方に働いたのか、上下の楽器音を押しのけて、残ったヴォーカル(とピアノ)が中央に来る。また中域の再生力は結構あって、ヴォーカルとピアノのバックで鳴る2本のワウギターと薄く入ったストリングスもよく描き出せている。
一番適していると思われるASMR音源はどうだろう。
再生環境は、AMD Ryzen Threadripper 2990WX
を積んだ現メインPCのM/B、ASUS ROG ZENITH EXTREME
のオンボードサウンド機能から、ヘッダ取り出しでPCケースの3.5mmアンバランスジャックに配線したもの。オンボードサウンドは、サウンド用チップがRealtek ALC1220がベースのASUS独自チューンチップROG SupremeFX S1220で、D/AコンバータがESS Technology SABRE9018Q2C。
素材は、2023/4/7の吉花こころちゃんのASMR配信。
このときはちょうど時期的にマイク設定を探っていた時で、色々な音が入っているので、確認するには最適。3分8秒~12秒くらいまでの「ありがとうございま~す」や、そのあと1分ほどのトークは、左右に発声位置を変えながら、近づいたり遠ざかったりしつつのトーク。頻繁に発声位置を変えているので、左右位置と距離感が変わるのだが、これが、とてもとてもリアル。こころちゃんが「どこに」いるのか手に取るように判る。4分50秒あたりからは、こころちゃんの枠ではあまり使われない水時計。上側の水と下側の空気が入れ替わる時に生じる比較的規則的な泡の音と、おそらく泡がガラスの壁面側で弾けた時に生じるカリンカリンと鳴る鋭い音。水時計を振った時に起こるジャバジャバという音...。悪くはないけれど、これらは、もうちょっと下の音(中域低め)があった方がリアルかな。
15分くらいから始まるシャンプーは、音としてはリアル。シャンプーを泡立てていた前半が終わり、17分くらいから「頭皮ゴシゴシ」が始まるが、ここは頭が(頭皮が)こそばゆくなってい来る感じで、とても心地よい。ただ、散髪屋などで洗われる時は、振動が頭蓋骨に響いているのか、低め成分の音もあるので、もうちょっと下の音が欲しい感じ。
29分30秒からはじまるシャワー音は、水音としてはリアルなのだが、隣の部屋の出来事のよう。本来あれば、シャワーを後頭部側から掛けたなら、耳たぶの裏にも湯が当たって、もっと低音の打撃音が感じられるが、それらが一切ないのが「ガラス越しに隣の人のシャワーを聴いてる」という感じ。でもこれは、上記シャンプー時のものも含めて、音源由来のものと思われる。
全体として定位感は申し分なく、距離感や中域の複数音源の分離、左右の広さなどASMRや、音の発生源の特定が重要なゲームには非常に適していると考えられる。音源によっては、あともう一声中域低め成分があった方がリアルかも...という感じか...
finalのHPでも明確に「VR series」として、他のEシリーズとは別格の扱いを受けているASMRやゲームに特化したイヤホン、E500(HPでは「E series」の中にも記載があるが、「VR series」にVR3000 for Gamingと並んで、EシリーズのなかでE500だけが抜き出されている)。
Eシリーズの音楽用途してのベーシックラインはE1000に任せ、ゲーム用・ASMR用として「振り切った」機種ともいえるが、
◯中域の楽器や音の分離良好
◯定位はわずかな角度の差も描き出し、楽器や音の発生源を特定する
◯ヴォーカルや主旋律担当楽器は浮かび上がるように描き出す
◯中域やや高めの音はよく躾けられており、耳障りな「痛さ」がない
◯コンパクトな筐体で、耳穴への挿入確度の微調整が容易なため、鼓膜が狙いやすい
○その小ささで、耳から飛び出ない装着が出来るため、寝ホン等にも使える
◯イヤーピースは高性能なものが5サイズも添付されており、フィッティングは容易
◯寝ホンなどに使って万一破損しても、あまりショックではない価格設定
とASMR用イヤホンとして適した特徴を持っていた。一方、
■高音域は伸びがなく、中域に容易にマスクされてしまう
■低音も量が足りず、曲によっては重心が高い不安定なバランス
■特に重低音域は臨界点が早く、すぐに飽和する
■音数が多くなってくると、ぬり壁化する
■中域低めの帯域に、もう一押し欲しい
■左右表記が見づらく、イヤーピースの軸の色で見分けているので、暗いところでは判別しづらい
といった欠点も感じられた。
ただ欠点のほとんどは、音楽、とくに低音重視だったり、音数が多かったりする音楽を聴く際に問題になる部分で、ASMR用としてはあまり欠点らしい欠点にならない。
むしろコンパクトな筐体による耳穴への押し込み角度の自由さと、中域の音の分離の良さと確かな定位は、ASMR用としては最適と言える。手を出しやすい価格も含めて、音楽用とは別に持っていても よい「特化型イヤホン」と感じました。
【FI-E05PLBL(final E500)仕様】
筐体:ABS
ドライバー:6.4mmダイナミック型
ケーブル:OFCブラックケーブル
感度:98dB
インピーダンス:16Ω
質量:15g
コード長:1.2m
付属品:シリコンイヤーピース(Type E 5サイズ)
抜け感とか広がりなどは感じられない
中域以下が薄い場合は、それなりに聴こえるが、そのあたりが充実してくるとすぐにマスクされてしまう。
中域のヴォーカルや楽器の分離は良く、主旋律やASMRの音源が追いやすい
ヴォーカルはバックから浮き立って描き出され、追いやすい。
声やマッサージ音などの中域中心の音は分離がよく、個別に聞き取ることが容易。
低域は音楽聴くなら足りない
中低域まで昏いなら何とかあるが、それより下は芯がなく存在感もない。
中域の左右方向の定位感は素晴らしい
この音源ごとの分離と、その音源の配置の明確さは、ASMRやゲーム以外にも、小編成のアンサンブルなどを味わうのにも有利。
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購入金額
1,800円
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購入日
2022年08月28日
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購入場所
Amazon(final公式ストア)
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