先日、オーディオユニオンお茶の水店で、少し珍しい試聴会が開催されました。
JICO(日本精密宝石工業)製MCカートリッジ、SETO-HORIの試聴だけではなく、SHURE製MMカートリッジの中でも往年の名機といわれる、V15 typeIII向けの交換針の試聴も出来るというものです。
近年ではカートリッジの試聴会自体も極めて珍しいのですが、交換針の音質差を確認できるイベントというのは私も見たことがありませんでした。
丁度V15 typeIIIといえば、私自身ジャンク品で手に入れてJICO製の交換針で使っているカートリッジですが、率直に言って現在組み合わせているJICO製S楕円針との組み合わせで出てくる再生音はさほど魅力的ではありません。70年代の洋楽を聴いていると当時の音というイメージはあるのですが、意外とレンジが狭く解像度も低い、高音質とは無縁という印象でしかなかったのです。その際の試聴レポートはこちらのレビューでご確認ください。
▲SHURE V15 typeIII+JICO VN35HE
もっとも、JICO製のV15 typeIII向け交換針は、実はかなり豊富なバリエーションが用意されています。丸針、楕円針、S楕円針、SAS針(一般的にマイクロリッジと呼ばれる形状)と針先形状が用意されているほか、SAS針についてはカンチレバーの素材がボロン、ルビー、サファイアと選択できるようになっているのです。以前S楕円針を購入したのは、カートリッジ自体の動作確認に使いたかったので、店頭在庫があり即納となるものから選んだためでした。なお、SAS以外の針先では、カンチレバーは一般的なアルミ製となります。
ちなみに純正品となるSHURE製の交換針はとっくに入手不能となっていますし、SHURE自身がカートリッジ関連製品全てから撤退してしまいましたので、今からSHURE製のカートリッジで針交換を行う場合には、事実上JICO製互換針が唯一の選択肢となります。
さて、S楕円針であまり納得行く音が出なかったため、V15 typeIII自体もあまり使わないまましばらく放置していました。しかし、交換針次第である程度音が変わるのであれば、ひょっとしたらV15 typeIIIをもう一度見直すきっかけになるかも知れないと思い、試聴会に足を運んでみました。
すると、同じSAS針でもボロンカンチレバーは従来のS楕円針の延長線上となる音質傾向だったものの、サファイアや、限定生産されるジルコニアのカンチレバーを採用した針は、それぞれ意外と魅力的な音を出してくれました。
特にジルコニアについては、V15 typeIIIの本来のイメージとは全くかけ離れた、やや硬質でクッキリと明瞭度が高い音質となり、なかなか面白いと思いました。ところが、ジルコニアカンチレバーの交換針は、各機種合計で100個しか生産せず、しかも既に80個以上売れているという説明があったのです。個人的にはジルコニアの音を結構気に入ったので、今のうちに買っておこうということで、予算的に厳しかったため数日悩んだのですが、結局注文することにしました。
ジルコニアカンチレバーの交換針については、V15 typeIII向けの場合、針先形状をSAS針、シバタ針、楕円針から選択できるのですが、試聴会の音を再現するべく最も高価なSAS針を選択しました。通常製品ラインナップに無いシバタ針を選んでも面白かったかと思ったのですが、手堅さでSAS針という選択になりました。
SAS針用の外箱はこうなっているようです。以前S楕円針を購入したときには紙箱は用意されておらず、いきなりジュエルケースでした。印字されている型番のSAS/Zは、ジルコニア(Zirconia)カンチレバーのSAS針を表しています。
中のジュエルケース自体は、通常の交換針と同じもののようです。台紙はジルコニア専用のものが用意されていました。
紙箱の中には、他に説明書と検査証が入っていました。各項目の検査を行われた印がある山口さんは、確か試聴会の時に開発責任者と紹介されていた方だったと思います。
V15 typeIIIから現代的な音が出てきて驚く
まずはS楕円針とジルコニアSAS針を見比べてみましょう。
カートリッジに装着されているのがジルコニアSAS針、針先だけで写っているのがS楕円針です。ジルコニアカンチレバーは見た目が白っぽいので、容易に見分けは付くでしょう。
実は以前前歯の治療を行った際に、欠損部をジルコニアで作るかセラミックで作るか悩んで、強く噛み締める場所ではないのでセラミックを選んだという経験があり、どうしてもジルコニアというと歯の色というイメージがついて回ります…。
今回はV15 typeIIIに、ヘッドシェルはaudio-technica AT-LS13、リード線に同じくaudio-technica AT6101を組み合わせました。
プレイヤーはKENWOOD KP-9010、フォノイコライザーはPhasemation EA-200を利用して試聴します。なお、再生音はMOTU 1296を介して24bit/88.2kHzのWAVとして保存して、後の音質確認に用います。
まずはレコード5~6枚を適当に再生してみたのですが、音質差については丁度試聴会で私が持ち込んだ(というよりは会場入り直前に中古LPを買っていた)ものと同じ、「BAD ANIMALS / HEART」から「Alone」を再生して比較してみましょう。なお、リファレンスとして、audio-technica AT-OC9/IIIでも同じレコードを再生しています。
まずはS楕円針で再生してみると、まず気になるのはローエンド、ハイエンド共にきちんと伸びきっておらず、レンジ感が狭く感じられてしまうと言うことです。また全帯域に渡って解像度が低く、数枚ヴェールをかぶせたような不明瞭さが感じられます。しかしその反面音場は意外と広く、またV15 typeIIIらしいちょっとした懐かしさが感じられるトーンバランスが特徴的で、人によってはこの音が好きなんだろうなと感じさせられるものはあります。
続いてジルコニアSAS針に交換してみましょう。なお、基本的にはこの両者は針先を差し替えるだけで使えるのですが、個体差等もありますので念のためゼロバランスなどは取り直した方が良いでしょう。私の環境では、0.05g弱程の違いが生じました。
さて、音が出てきて驚くのは、とても同じカートリッジとは思えないくらいにトーンバランスが変化するということです。S楕円針ではまるで感じられなかったハイハットの金属の感触がきちんと出てきますし、ベースラインやバスドラムの明瞭度や力感も一気に向上します。ただ、まだ使い始めということもあるのか、やや音が固めで音場が広がりきらない部分はあります。また、AT-OC9/III比でややハイ上がりに感じられます。この辺りはあくまでファーストインプレッションであるとご理解ください。恐らくもうしばらく使ってほぐれてくれば、少し硬さが取れて音場も広くなるのではないかと思います。
さすがにAT-OC9/IIIと比べれば音場の立体感や低域方向の深みで及ばない部分はありますが、とても40年近くも前のカートリッジとは思えないほどに現代的な音質傾向となります。
交換針で音質を向上させるという意味においては、このジルコニアSAS針は極めて優れた存在といえます。しかし、逆にオリジナルの音を忠実に再現したいという要望には応えられるものではないでしょう。オリジナルはやはり互換針とは違う音ではあります(試聴会では貴重なSHURE純正針でも聴かせていただきました)が、強いていえばボロンカンチレバーのSAS針であればそれほど傾向が極端に変わる事はないように思います。
私自身はV15 typeIIIの本来の音にそれほど思い入れはなく、ジルコニアSAS針によって活用範囲を広げることが出来ると前向きに評価しているのですが、このオリジナルとはあまりに大きく異なる音質傾向をどう受け止められるかが、この針の評価を左右する要素となりそうです。
-
購入金額
19,224円
-
購入日
2019年03月27日
-
購入場所
JICO Web Shop
ZIGSOWにログインするとコメントやこのアイテムを持っているユーザー全員に質問できます。