7月3日からのオルトフォン製カートリッジの価格改定で、主力シリーズであるMC QシリーズやCadenzaシリーズの価格が大幅に上がってしまうということで、出来ればMC Q20辺りを買っておきたいと思ったのですが、急にそんな予算も用意できないということで腹いせに買ったのが、現状渡し中古品だったFidelity Research製MCカートリッジ、FR-1mk3でした。
Fidelity Researchは、元々品川無線(GRACEブランドでカートリッジを作っていた)で工場長を務めていた池田勇氏が、GRACE F-7を開発した後、品川無線が手がけないMCカートリッジ(品川無線はMMこそ至高と広くアピールしていました)で理想の製品を作り出そうと独立して創業した会社です。
Fidelity Researchは初代のFR-1を皮切りに次々と独創的な技術を盛り込んだカートリッジを送り出しましたが、労働争議などもあり池田氏が会社を退くと、その数年後に倒産してしまいます。
その後の池田氏はイケダサウンドラボズを起業し、カンチレバーレスカートリッジIKEDA 9をはじめ、Fidelity Research時代以上の独創的な製品を生み出しますが、2010年に年齢による衰えを理由に有限会社アイテイ工業へと技術・製品の継承を行い一線を退きます。池田氏は2018年にこの世を去りますが、現在もイケダサウンドラボズはアイテイ工業による製造・開発で製品をリリースし続けていて、昨年はついにダイヤモンドカンチレバーを採用したプレミアムモデル、Akikoをリリースしています。
さて、話をFidelity Research時代に戻すと、初代FR-1の発売が1965年で、改良モデルFR-1mk2が1967年発売ですが、今回取り上げるFR-1mk3は1974年末に発売と時期がかなり空きます。FIDELIXを主宰する中川氏が書かれた文章によると、FR-1mk3は主にドイツ市場からの要求により特性をフラットにすることだけを目的に作られた製品で、FR-1mk2までの製品と同等に語れるものでは無いと池田氏が仰っていたらしいですが…。
FR-1シリーズの後は、後のIKEDA 9シリーズの源流を思わせる外観のFR-2シリーズ、理想を追求した結果ヘッドシェル一体構造となったFR-7シリーズへと進化を遂げるわけですが、FR-1は当時として先進的であっても、現代の感覚では意外とオーソドックスな製品という印象があります。
Fidelity Researchは初代FR-1から非磁性体を採用する、所謂空芯コイルにこだわりを持っていましたが、FR-1mk3ではそれに加えて世界初の純銀コイルを採用したという特徴があります。現在でも私が使っているGoldring ELITEや、Ortofon MC Q30Sなど純銀コイルカートリッジはありますが、世界初は日本メーカー製だったわけです。
また、針先もラインコンタクト形状であり、仕様を書き出していると新製品のカートリッジを紹介しているような気分になる構成です。
今回購入したのは「写真で判断してください」という現状渡し品でしたが、純正のケースは残っていました。針カバーは欠品していますが…。このケースはヘッドシェルの端子部がはめ込めるようになっていて、輸送時に強固に保護される優れたものです。
恐らくaudio-technica AT-LT13と付属シェルリードと思われる組み合わせとなっています。ただ、取り付け位置が微妙だったり、シェルリード線も千切れかかっていたりと微妙な感じでしたので、手近にあったAT-LT13aに移し、シェルリード線も暫定的にKS-Remasta KS-LW-1500EVO.Iで組むことにします。
なお、FR-1mk3はターミナルピンが縦一列に並んでいて、今まで見たことが無い形でした。SATINの横一列も滅多に見ませんでしたが…。
ただ、実際に取り付けてみるとこの縦一列は意外と作業が容易でした。針カバーが欠品していましたので、取り付けが難しいもので無かったのは幸いでした。
暗いところで撮影したのでブレて不鮮明ですが、背面にはFRのロゴなどが見られます。
高域寄りのバランスだが、意外と低域の重さもある
それでは音を出してみましょう。あくまで未チェックジャンク扱いなので、比較的安価なレコードということで「Fahrenheit / TOTO」の米国盤(2枚持っているので状態が悪い方)を聴いてみます。環境はいつも通りTechnics SL-1200G+Phasemation EA-200です。
まず1曲目の「Till The End」で驚いたのは、バランスがかなりハイ寄りだったということです。もっとも、これは数分鳴らしている内に大分落ち着いてきましたので、長らく使われておらず振動系の動きが悪かったのかも知れませんが。
ただ、落ち着いてきても世代の割にはハイ寄りであることは変わらず、しかも純銀コイルとラインコンタクト針のためかキレも結構良いのです。普段のメインカートリッジ、audio-technica AT-OC9/IIIと対等に比較できそうなほどです。
その後A面最後の「I'll Be Over You」にたどり着いたので改めてじっくり聴いてみると、ハイが目立つのは確かですが、ベースラインやバスドラムの重みは十分にありますし、単純にベースラインだけで比べるとむしろAT-OC9/IIIよりも厚みがあるかも知れません。ただ、中低域辺りがスッキリしていることで少し味気なさを感じる辺りがあまり評価されなかった理由なのかな、と感じます。そのため、スティーブ・ルカサーの声が少し細身でハスキーに感じられます。
それでも、昭和40年代でここまで高域の金属感がよく出るカートリッジはなかなか無かったのではないかと感じますし、2回目に聴いた「Till The End」はドラムの小気味よさなどで古さはみじんも感じられません。
強いて言えばAT-OC9/IIIと比べるとやや高域方向が大味かなと思う部分はありますが、これはAT-OC9/IIIがこのクラスで抜きん出た緻密さを持っているだけで、FR-1mk3も十分水準はクリアしています。音の水準からすれば前述のGoldring ELITEなどと互角に戦えるレベルで、好みに応じて使い分けるべき程度のものです。Fidelity Research製のカートリッジとしては中古価格は比較的安いFR-1mk3ですが、実力からすればもっと高く評価されて良いカートリッジと思います。
新品のカートリッジの価格上昇が止まらない現状では、このような基本がしっかりした過去製品を格安で入手する方向とならざるを得ないようです。
現代的な構成ながら、実は半世紀前の製品
空芯純銀コイルにソリッドダイヤのラインコンタクト針など、今でも新製品として発売されてきそうな構成のMCカートリッジですが、この製品は1974年発売で、何と丁度50年前の製品なのです。
構成だけではなく音質も特に古さを感じさせるようなものではなく、外観を見せずに「今度こんなカートリッジが発売されるんですよ」といって試聴に出したら、恐らく殆どの人が違和感なく受け入れてしまいそうな音が出てくるのです。
発売時期からいえば「昭和レトロ」というべき製品ではありますが、その実力はまだまだ現役の一線級です。
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購入金額
8,800円
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購入日
2023年06月29日
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購入場所
HARD OFF
タコシーさん
2023/07/01
池田氏は現在でもファンが多いですね 大宮土呂に住んでいたなんて全く知りませんでした
私も土呂に住んでいたんですが、90年頃は何もない駅と土呂マインというスーパーがある場所でした 一度お会いしたかったですが後で知った訳で遅かりしです FIDELIX 中川氏も凄い才能で大学中退でソニー入社、一年で退職? STAXの仕事もしているようです。ソニーのアンプを設計したとか書いてありましたね TA1120Fかな FR-1 MK3はドイツ向けで向こうからの特性のFラット要請だったようです MK2は高域が多少上がっています。アナログ製品は高値が続いていて、カンチレバー折れが1万以上とか信じられない価格になってます 中古でも3万、5万とか...これはマズいですよ 私もデスが。
jive9821さん
2023/07/01
当時近い価格だったGoldring ELITEは現在新品価格で198,000円まで
値上がりしてしまいました。この内容のカートリッジとしては現在の
評価は少々低いのかなという気はしています。さすがに4桁価格の
動作品はなかなかありませんが、2万円台程度は結構ありますからね。
Ortofon、audio-technica、DENON、Phasemationなど、主要メーカー
は軒並み大幅な値上げが入ってしまいましたから、今後の中古価格も
上昇は避けられないでしょう。それもあってここ数年多少無理して
カートリッジを揃えたのですが、それで正解だったようで…。
harmankardonさん
2023/07/02
jive9821さん
2023/07/02
まだまだ出てくる音から劣化は感じられませんし、割と良い
買い物だったと思います。後できちんとシェルリード線を
見繕った方が良いかなという気になってきました。
当時としては極めて先進的に設計されているのですが、結果
として現代的な高性能カートリッジと似た立ち位置の出来と
なっているようです。
ノイズへの強さなど使い勝手はAT-OC9/IIIが上回りますが、
FR-1mk3の音であれば、ごく普通に常用できる実力の持ち主
と思います。