所持する音楽データに対する私利私欲．．．イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。サウンドトラック、いわゆるサントラ。もともと映画の「音」を収録していた部分の名称ですが、一般的には映画音楽のことを指します。そんなサントラの中でも音楽を扱った映画のサントラは気合いが入ったものになることが多くなります。長く海外で活動し、日本のジャズピアニストの第一人者と呼ばれている人物が手がけたサントラを、ご紹介します。

BLUE GIANT。石塚真一のマンガで、2023年に立川譲監督により映画化された。世界一のサックスプレイヤーになることを目標に、東京に出てきて、日本で最高のジャズライヴハウス、“So Blue”への出演を目指して、時にバンドメンバーとぶつかり、時にベテランプレイヤーにギョーカイのことわかってねぇな、と言われながらも、自分の信じる道を行く、若きジャズメンの物語。

原作マンガも「音が聞こえそうな」作品と言われていたが、“音がある”映画では逆に、音を可視化し、演奏中のプレイヤーの心情の流れを、ダイナミックな視点移動や、CG等で表している意欲作。

その映画を彩るサントラを手がけたのが、アメリカのボストンやニューヨークで活動するジャズピアニスト、上原ひとみ。オリジナル曲を中心にして、スタンダードや他者作曲のもの数曲を合わせて、作品の世界観を描き出している。さらに上原は、主人公トリオのピアニスト役の演奏パートも担当し、映画に「音の演技」としても出演している。このサントラでは、その主人公トリオ構成を含め、大きく3種のバンド構成を使い、それぞれ違ったアプローチで映画を表現している。

スタートはジャズの名曲、John Coltraneの「Impressions」。これは発売元Universal Music JapanのHP表記では「劇中バンド演奏」と呼ばれるグループでの演奏。ピアノは当然上原で、テナーサックスは、上原とは旧知の本間将人。COOLなColtraneのメロをよどみなく吹く。アドリブ部分になっても音が濁る事ないのが逆にCOOL。リズム隊は、ドラムスは柴田亮で、ベースはT-SQUAREのサポートを20年近く続けている田中晋吾。この田中のジャジィかつ、グイグイ前に引っ張るランニングベースが良い。田中に関しては、T-SQUAREのスラップバリバリプレイしか識らなかったので、こんなにフォービートに適性がある人だとは思わなかった。ロック寄りフュージョンのT-SQUAREでは見せない一面。

「Kawakita blues」は、タイトル通りブルース調ジャズなのだが、柴田＋田中のリズムに乗って、上原と、ギターの田辺充邦が結構攻めたラインでのソロを展開する。最初は上原のバックでおとなしく？ワウギターを弾いていた田辺だが、出番が来るといきなりダーティに歪んだ音で、オレがオレがソロｗ。上原との掛け合いも楽しい。

「劇中音楽演奏」と呼ばれる、いわゆるBGM担当グループでの演奏で、最もCOOLなのは「Forward」。変拍子も入ったスリリングな曲で、ちょっとルパン三世味（と言うことは大野雄二味）があるような小粋な感じな面もある曲。ストリングスも入ったゴージャスなバックで、メロディは佐瀬悠輔のトランペット⇒片山士駿のフルートと続く。上原はバックに徹しており、2分足らずのこの曲を盛り上げる。

続く「Another autumn」は、「劇中バンド演奏」に戻るが、上原以外メンツ総入れ替え。ムーディな馬場智章のテナーサックスが歌う。ポロンポロンと粘りのベースを奏でる中林薫平と、ブラシプレイが小粋な井川晃のリズムが、上原のバッキングとともに、情緒たっぷりな馬場のプレイを支える。

他の曲とは趣向が違うのが、映画の主人公、宮本大のトリオ「JASS」の曲で、題名全てが大文字になっている4曲計5テイク。このうち「BLUE GIANT ～Cello & Piano～」は、この盤最後の曲「BLUE GIANT」の別アレンジで、元々JASSにはいない低音パート（チェロ：向井航）が加わっており、どちらかと言えば「劇中バンド演奏」に近いが、残りは「JASS」が演奏しているていの曲（JASSメンバー演奏）。要するに主人公大の「音を演じた」テナーサックスの馬場智章、東京で出逢った凄腕ピアニスト沢辺雪祈担当の上原、大の同郷の友人で、先に大学入学のため上京していた玉田俊二のプレイ役の石若駿の演奏。このJASSはベースレスのトリオなので、どの曲もピアノの低音が強い（雪祈が欠けている状態で演奏した「WE WILL」を除く）。

その中で最もぶっ飛んでいるのが、「N.E.W.」。劇中でも「ぶちかます曲」扱いのインパクトの大きい曲で、いきなり大（馬場）のフリーソロから始まり、リズムのキメを繰り返す導入をこなしてから、ピアノの低音弦が「強い」、スピーディでスリリングな曲になだれ込む。途中の馬場のソロは結構テンションバリバリの音を攻めていて緊張感高い。その間絶え間なく、ランニングする上原の左手がグルーヴィ。ソロを途中で引き継ぐ上原もノっている。

そして、この映画を代表する曲である「FIRST NOTE」。ファーストライヴでの1曲目もこの曲だったし、全員揃ってのJASS最後のステージでのアンコール曲もこの曲。このサントラで取り上げられているのは、ラストで演奏されたアレンジ。7/8拍子の不安定なリズムと、逆に妙に覚えやすいテーマとの対比が面白い。途中の、静からはじまり、リリカルに歌い上げ、徐々に激していく上原のピアノソロが低音中心で迫力ある（実はストーリーに関連する）。その流れを引き継いだ馬場のソロも、キビシイラインを攻めまくっている。最初はシロウトだった設定の玉田（を演じる石若）のラストの短いドラムソロが「集大成」という感じ。

いずれもジャズテイストをぷんぷんに臭わせながらも、「難解」までは突っ込んでおらず、ジャジィな良いあんばい（映画のサントラなので、アドリブの展開までは行かない2分程度の曲が多いせいもある）。

ただ、映画に使われる音を詰め込んだ結果、BGM的に使われる曲と、対抗バンド等が奏でるジャズバンド曲、さらに「徐々に成長していくJASSのプレイした劇中曲」が同列に収められることになった。JASSの曲に関しては、特に馬場と石若は「普段の自分の音とは違う」「初心者感を出すのに苦労した」などと語っており、またベースレスのトリオ構成のため、上原の左手にかなり頼っており（これは映画のストーリーとも絡むのだが）、単なる鑑賞曲として聴くとちょっとチガウ感じ。特に「WE WILL」などは、雪祈が欠けた状態での演奏＝ピアノレス、つまりサックスとドラムだけなので、単体鑑賞はちょっと厳しいか...。音だけではなく、映画のシーンを想い出しながら聴くことによって初めて完成するというか...。

単なる音楽CDとして聴いてしまうと、JASSの曲の「未完成感」は若干気になるものの、サントラとしては、後から聞いてもシーンが目の前に蘇るほど説得力がある曲が並ぶ。

「上原の新譜」としてだけの認識で入手すると、特にJASSの持ち歌に関してはアレッと思うかも。逆に言えば、その分「サントラ」としては説得力が高い作品です。

このCDのブックレット、なぜ通常と逆の綴じ方（右開き）なのかと思ったが．．．

クライマックスのライヴ直前の様子が、石塚真一により書下ろしマンガ化されていた

【収録曲】

1. Impressions
2. Omelet rice
3. Day by day
4. Kawakita blues
5. Ambition
6. BLUE GIANT ～Cello & Piano～
7. Motivation
8. In search of...
9. The beginning
10. Monologue
11. Forward
12. Another autumn
13. Next step
14. Challenge
15. Kick off
16. Samba five
17. N.E.W.
18. Recollection
19. No way out
20. New day
21. Reunion
22. Count on me
23. Faith
24. Nostalgia
25. What it takes
26. WE WILL
27. From here
28. FIRST NOTE
29. BLUE GIANT

「FIRST NOTE」