レビューメディア「ジグソー」

「元祖」か「本家」か

所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。老舗の菓子屋などでも起きることですが、元は一つだった店がのれん分けをして代がかわりまたその子ども達が継いでいったりするうちに、人々の「うちこそ本流」という争いが起きることは珍しくないことです。人が集まる音楽のグループでもそれは同じ事。長い活動の中で栄光を極めたグループがもう一度高みを目指す際に、新しい道が良いのか、かつてと同じアプローチが良いのか、そんな方向性の食い違いで分離したグループの片割れの唯一のオリジナルアルバムをご紹介します。

Anderson Bruford Wakeman & Howe。このクッソ長いバンド名は、その名の通り、Jon Anderson、Bill Bruford、Rick WakemanとSteve Howeの名前(ラストネーム)をつなげたもの。1990年前後に一瞬だけあらわれたこのバンドは、あのプログレバンドYesのオリジナルメンバーにして、一番の核でありリードヴォーカリストだったJon、同じくYesの初期メンバーでその後自身のバンドをいくつか並行しつつもKing Crimson⇒U.K.

⇒ふたたびKing Crimsonと渡り歩いた超絶ポリリズムドラマーのBill、やはり4作目から6作目までYesに在籍したキーボーディストのRick、3~10作目のYes⇒ASIA

⇒GTRと渡り歩いたギタリスト、音色の魔術師Steveが組んだバンド。

いずれもYes経験者で、しかも「黄金期」と呼ばれる“The Yes Album(イエス・サード・アルバム)”、“Fragile(こわれもの)”、“Close to the Edge(危機)”、“Tales from Topographic Oceans(海洋地形学の物語)”のあたりに参加していて、特に名盤の誉れ高い“Fragile”と“Close to the Edge”にはこのメンバーが全員揃っていた。

しかし当時「Yes」というバンドは別にあり、「Yes」を名乗れなかった...というのもAndersonらが在籍していた「Yes」は存続していて、そこのベーシスト故Chris Squireが「Yes」のバンド名称使用権を持っていたから。サンプリングを大胆に使ってキャッチーに振ったアルバム“90125(ロンリー・ハート)”のアメリカでのヒットとそれに続く“Big Generator”のコマーシャル路線に嫌気がさしたJonが、Yes黄金期を支えた「昔の仲間」に声を掛けて出来たのが、Anderson Bruford Wakeman & Howe(ABWH)。

そういう意味では「元祖Yes」?(Chrisがいた方のYesは正規の名称使用権を持っていたから「本家Yes」かな)

その当時の「Yes」の方向性(“90125”を大ヒットさせた新メンバーTrevor Rabinの目指す方向)に否定的なAndersonが組んだバンドのため、「黄金期」を至高とする方向性で、そういう意味でも「元祖」といえる曲達だった。

「Themes」。のっけから組曲である。...と言ってもこの曲は歌詞付きのは第二章の「Second Attention」だけで、序章の「Sound」は「導入部」という感じのシーケンスパターンをバックに所々でRickがピアノでオカズを入れるという感じで、テーマも「Second Attention」と同一なのであまり独立した曲という感じはないが。「Second Attention」はリズムの引っかけはあるけれど、一度リズムが取れるようになると割とキャッチーなロック。...なので、Trevor-Yesをコマーシャル化したと言って退団したJonが組んだバンド=ABWHの曲としてはキャッチーだなーと思っていたら「Soul Warrior」でいきなり懐古。ええ、いきなり。リズムもテンポも唐突に変わって、変拍子のギターシンフォニック。キャッチーな導入で「掴んで」その後自分の本拠地(プログレ沼)に引きずり込む作戦?

「Brother Of Mine」も組曲。曲としては10分超でアルバム一番長い←そういう意味では原点回帰志向の「元祖」と言えども昔の長大なのを目指していたのではないらしい。ASIAか?と言うような聴き心地の良いJonのヴォーカルが包み込む「The Big Dream」を露払いに、分数的には曲の過半を占めるのが、ギターの重ね録りでシンフォニカルな感じを出し、リズムもタム回しが多くバックビートを叩かない、所々に奇数小節などを挟んでスリリングにしたという定石を使った王道プログレ「Nothing Can Come Between Us」、ギターソロからリズム的シカケを挟んで、比較的キャッチーなサビを持つ「Long Lost Brother Of Mine」へとなだれ込む形。3極の繋ぎは明らかに曲は展開するものの、「とってつけたようなモノ」ではないのでより納得性はある感じ。

ラストの「Let's Pretend」はギターのアルペジオとふわっとしたシンセの音が心地よい、少しフォーク調でクラシカルなナンバー。組曲系の曲の曲調の展開に疲れた?頭にはちょうど良い清涼剤という感じ。

アルバムの装丁を黄金期同様Roger Deanに依頼し、イメージとしても「黄金期Yes=うちこそ本流」を目指したが、曲の傾向的には黄金期そのものではなくて、デビュー当時のASIAフレーバーが薫るYes、という感じ(実際にASIAのオリジナルメンバーであるSteveも在籍しているわけだし)。一時期の「本家Yes」は確かに「いわゆるプログレ」というカテゴリーからは離れすぎの方向性に展開していたし、SteveのいたASIAも2nd以降はかなりポップ。そういう意味ではこの盤(もしくはこのメンツの奏でる音楽)は、さすがに「元祖」と言えるモノなのだけれど、そんな彼らでさえやっぱりキャッチーさや覚えやすさ、FMオンエアー時の分数などに配慮したのか、昔ほどの「どプログレ」じゃない。要するに昔の「ど」プログレ⇔ポップロックのどこに着地させるかという点では、アメリカ市場をにらんでポップに振った「本家Yes」も、イギリス本国大衆の求めるものを目指した「ABWH」もさして遠いところにいたわけではなかった。

結局Jonらはこの一枚のアルバムを残しただけで(オリジナルアルバムとして/ライヴアルバムが後一枚)、元の鞘に収まる...というかJonが出て至ったときには既にYesを卒業していた他のメンバーも引き連れて「本家」に戻り、完全合体する。そして本来ABWHの2ndオリジナルアルバムになる予定だったものを核にして、次のYesのアルバム“Union(結晶)”をリリースすることになる。

この出戻りオールスターアルバム“Union”はアメリカ目線だった“90125”~“Big Generator”に比べて本国イギリスの受けが良く、国内セールス的には成功を収めるが、ツインドラム&ツインキーボードの8人編成にまで肥大化したグループが長く安定を保つはずもなく...ということで、その後彼等は離散⇒再開、離脱⇒再加入を繰り返すことになる。

2017年現在も「Yes」の名は存続しているが、このABWHに関わったメンツとしてはSteveのみしか残っていない(厳密に言うと彼は一度辞めてまた出戻った)。今はJonもYesを離れ、またまた「Yes Featuring Jon Anderson, Trevor Rabin, Rick Wakeman」という超クッソ長い名前を持つバンドで活動しているが、このABWH騒動の時「アイツの方向性が嫌い」と飛び出した原因となったTrevorと一緒に演ってるのが面白い。
日本語訳詞カードの裏はABWHの各メンバーの相関図になっているw
日本語訳詞カードの裏はABWHの各メンバーの相関図になっているw
「元祖」か「本家」か。それを気にするのは渦中にいる作り手だけで、消費者(リスナー)はオイシイお菓子(作品)を味わうことができれば、何でも良いのでは?...なんてな事を感じた「騒動」とともにあった、ある意味不遇な作品です。作品そのものは出来はよかったと思うンだけれど。

【収録曲】
1. Themes
 I. Sound
 II. Second Attention
 III. Soul Warrior
2. Fist Of Fire
3. Brother Of Mine
 I. The Big Dream
 II. Nothing Can Come Between Us
 III. Long Lost Brother Of Mine
4. Birthright
5. The Meeting
6. Quartet
 I. I Wanna Learn
 II. She Gives Me Love
 III. Who Was The First IV. I'm Alive
7. Teakbois
8. Order Of The Universe
 I. Order Theme
 II. Rock Gives Courage
 III. It's So Hard To Grow
 IV. The Universe
9. Let's Pretend

「Brother Of Mine」

  • 購入金額

    3,008円

  • 購入日

    1990年頃

  • 購入場所

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