JVC(厳密にはJVCケンウッド)というメーカーは、大企業でフルラインアップオーディオメーカーでもあるが、独自性の高い作品を創るメーカーでもある。特に前世紀から四半世紀以上研究して製品化されたウッドコーンスピーカーと、その技術を応用したウッドドームユニット採用のイヤホンは同社のアイデンティティのひとつとなっている。
このウッドドームユニット採用のWOOD系イヤホンとしては、2018年に10周年を記念して発売された超弩級イヤホン、HA-FW10000が現時点の最新かつ最高のプレミアム機種だが、2008年の初号機HP-FX500以降、もう1機種プレミアムラインの機種が販売されたことがある。
それが、現在のHA-FW01/02/03の前の製品ラインアップであるHA-FX850/750/650の時代に企画された「HA-FX1100」。
通常ラインアップの最上位HA-FX850の上に発売後約1年目にして追加されることになったHA-FX1100。そしてその立ち位置はHA-FXx50シリーズとは別格の「エクスクルーシブモデル」と位置づけられた。つまり、HA-FXx50シリーズの最上位はあくまでHA-FX850(以下850)であり、HA-FX1100(以下1100)はそれとは評価軸の異なる最上級モデルと位置づけられたのだ。価格も現役販売開始当時850が約4万だったのに対して、1100は6万弱と1.5倍程度の価格でその意味でも「通常ラインとは異なる」イヤホンだった。
ちまたのレビューでも、2機種の音色は明らかに違うものとされているが、スペック上の違いは実は大きくない。公開されているスペック表上の差は、ケーブルが850が単なるOFCなのに対して、1100が6N OFC。プラグ部分は850がI型のメタルスリーブなのに対して、1100がL型のアルミスリーブ。イヤーピースは1100のみMS、MLという中間サイズが付いているというくらい。ケーブルもイヤーピースも「本体」ではないので、本体関連スペックとしては全く差がない。外見的にはケーブルが編組タイプのものに変わっていることと、ハウジング塗装の色がブラウン⇒ブラック塗装に変更というくらい。ケーブルはMMCXタイプなので交換可能、イヤピももちろん交換可能なので、本体的には色が違うくらい??厳密に言うとハンダなどもよりグレードが高いものが選ばれているらしいけれど、外観上からは分からない。
はたしてどれほどの音を聴かせてくれるのだろうか。
なお本来であれば元となったHA-FXx50世代のフラッグシップ850と比較し、その方向性や音色の差を探るというのがよいのだと思われるが、cybercatは850は所持していない。また、850の次世代版と言えるHA-FW01との比較記事は既に公開済み
なので、あえて「単独で聴いて」評価した。
環境は、DAPがONKYOのDP-X1A
直挿し、ケーブルは純正の3.5mmアンバランス接続、イヤーピースも純正のMLサイズ=「スパイラルドットML」を装着。cybercatは耳穴は細め(かつ下向き)なので、普段はこんな大きめのサイズを使うことはないのだが、このイヤホンは重量重め(片側ユニットで7g)の上に、ステム(イヤーピースをつける「軸」の部分)が短く、いつもの「細めのイヤーピースを使って奥までネジ入れて安定させる」という装着方法が使えない。そのため、今回は大きめのイヤーピースの広い傘面積の摩擦力で固定するという方法を採った。
このハウジングの長さとステムの短さが、重さと相まって安定性を損ねている
純正のイヤーチップ「スパイラルドット」は、穴が大きくダイレクトに音を届けるタイプなので、多少耳奥に正対しなくても高域の減衰は少ないようだ。
このほかにシリコン(スパイラルドット)のMが購入時には本体に装着済み
このときの視聴スタイルはSHURE掛けではない標準スタイル。このイヤホン、ハウジングそのものには左右の表記がなく、「脱着式のケーブルの右をつないだ方が右ch」という造り。そのため重いうえにボディが長くてステムが短いという据わりの悪さを改善するため、左右を逆につけ、SHURE掛けで使う人も多い。cybercatも外で聴くときはその装着方法を採ることもあるが、今回は室内静聴なので一般的なスタイルにした。
余談だが、このイヤホンのケーブル、左右がわかりづらい。一応左右(LR)の表記はあるのだが、着色もなく彫り込みも浅いものなので、屋外などでは確認に苦労する。その場合は小さな突起があるのが「左」という風に覚えておけば、手探りでも判別できるのでベンリだ。
LRの表示(○部)はあるが、わかりづらいので、Lの突起(矢印部)が役立つ
まず世間の評価でも、一番合うジャンルのひとつといわれているジャズは、モダンやビッグバンドではなく、小編成でスタンダードジャズを演る吉田賢一ピアノトリオ「Never Let Me Go(わたしを離さないで)」をハイレゾファイル“STARDUST”(PCM24bit/96kHz)
で評価。このイヤホン、中低音のあたりにグルーヴィなかたまりがあり、強く押してくるのと、高音域に耳障りなピークがないのが特徴。このトラックは、左にピアノ、中央にベース、右にドラムスという配置なのだが、なんとも中央のウッベの響きが深い。イヤホンなのに圧とか空気感まで感じるほど。ドラムスもスネアのブラシあたりまでは主張があるのだが、フットクローズハイハットや、カップとボウを細かく叩き分けるシンバルのあたりまで音が上がると金属のきつさや金物感は丸くお化粧され、心地よい広がり。ピアノも基音~低次倍音あたりに腰があり、柔らかく包まれる。
もう一曲、ハイレゾファイル“Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1+2 HD”(PCM24bit/96kHz)
から20年来のcybercatの基準曲のひとつ、宇多田ヒカルの「First Love」は、芯に鎮座するベース音に、まだ若い弱ハスキーな震えるヒカルの声が乗るのが愛おしい。特に2ndコーラスのAメロのグルーヴ感はたまらない。一方左右に散らされたギターの音は、弦を滑るフィンガーノイズなどは目立たず、脇役に徹しているため「リアリティ」という点では一歩引く。1stコーラスのサビから存在感を増すストリングスの広がりが多重的なステージを形成している。
女性声優あやちゃんこと洲崎綾の初写真集“Campus”
の特典CDからの美しいバラード「空」は、1stコーラスAメロのバックがピアノのみで薄いあたりや、ブレイクの声だけになる部分はとてもとても良く、柔らかく丸い芯があるあやちゃんの声が心地よいのだが、サビで盛り上がってくるあたりになると、広がるストリングスの響きとグッと存在感を増すベースラインで、やや劣勢になってしまうのがザンネンなところ。あやちゃんの声フォーカスでなくて、この壮大なバラードの世界に埋もれるような聴き方なら悪くはないのだが。
同じあやちゃん歌唱ながら一転して激しい打ち込み曲、アイドルマスターシンデレラガールズの人気曲、女子大生アイドル新田美波の初期持ち歌「ヴィーナスシンドローム」
は、飽和気味のバスドラがすべてを支配してあまり美味しくない。歌い出しのほぼバックがない部分のあやちゃんの声の艶は良いのだが、リズムインすると中央に居座るバスドラの連打音がストリングスやヴォーカルを上下左右に押しやってしまう。ただ、ダンスビート系の曲バランスが好きなら、アリなのかも。この1100、イヤホンレビュワーでも低音厨系の人の一部には受けが良いので...自分としては、この曲を美味しく聴くなら、ハイレゾ(96kHz/24bit)でリマスタリングした「ヴィーナスシンドローム【ORT】」の方が明らかに良い感じ。バランス的にバスドラの支配力がやや弱まり、あやちゃんの声が中央に降りてくる。左右に広がるストリングスもステージを広げていい感じ。さりとてビート感や低域のパワーがないかというとそんなことはなく、このマスタリングではむしろバスドラよりも優勢になるシンベがグッと支えて悪くない。ちなみに【ORT】とはcolumbia(DENON)の「Overtone Reconstruction Technology」という倍音再構築技術を使った「ORT MASTERING」のこと。詳しくはここらへん参照。元曲がCDグレードのデータなので、1100で「ヴィーナスシンドローム【ORT】」の方が良いのが、ORTで演算補完されたハイレゾ部分のデータによるものか、マスタリングエンジニアの腕によるものなのかはわからないが。
1100のレビューでステレオタイプに言われることとして、「フルオーケストラもしくはジャズ向き」という評価なので、純粋なクラシックオーケストラではないがオーケストラ曲の“艦隊フィルハーモニー交響楽団”(交響アクティブNEETs)
から「鉄底海峡の死闘」。ストリングスの低音弦とティンパニの連打で勇壮な迫力を出し、金管のきらびやかさとスネア(小太鼓)で盛り上げる中、まるで和笛のように切ないフルートの音色が切り込むこの曲では、絵に描いたような三角形の音色構成で低音どっしりの1100には確かに合う。聴くイヤホンによっては耳障りに聞こえてしまうこともあるラッパのオブリも痛くないし、横の広がりもきちんとある。フルートやストリングス高音域のような「目立つ」音色もバックに溶け込み、「曲」として聴かせる感じ。逆に、個々の楽器演奏に傾聴しようとすると難しいが。
誰もが識る定番ロック、Eaglesの「Hotel California」
は、音色傾向的に悪くない。左右に広がるシンバルやギター類は主張は控えめながらステージの広さを語るし、ベースとドラムス(特にタム)の丸めの音色はまさに「あの頃」。長いアウトロの、Don FelderとJoe Walshの掛け合いギターソロの音色も、正統派オーバードライヴ系の音で、ハーモニクスの響きもキンキンしておらず、とても合っている。
打ち込みではないが、テクニカルで音色的にも煌びやかな、ジャパニーズフュージョン「RADIO STAR」を、T-SQUAREのセルフカバーアルバム“虹曲~T-SQUARE plays T&THE SQUARE SPECIAL~”
から。ゲストプレイヤー、日野"JINO"賢二のスラップベースとラップが魅せ所のこの曲だが、ベースの存在感はスバラシイ。ただし、やや丸めの音色で、プルの弾けよりも、プッシュのうねりの方が目立つ格好。そのため、テクニカルに絡む坂東慧のキックとの対比によるリズムのキレは、やや損なわれる。中域のワウギターの響きやEWI音の広がりはとても良いのだが。
なお、いずれの曲も音量上げ目の方が良いバランスとなった。これは当時の振動板が80μm厚で、今の50μm厚のイヤホン(例えばHA-FW01)よりも「鳴らしにくい」ということなのかもしれない。このイヤホンがよく歌うようになるのは、一般的には「五月蠅い」と「大きめ」の境目と思われる音量のあたりなので、控えめの音量で鑑賞する人の中には、このイヤホンの真の良さを識らないユーザーもいるかも、と感じた。
今では一部のヘッドホンにも採用されているJVCのアイデンティティでもあるウッドドームユニットを採用したWOODシリーズイヤホン、HA-FX1100。当時のラインアップにあとから追加された最上位モデルであるだけに、より「WOODらしさ」を追求したイヤホンになっている。
特徴としては
○質感と量感が両立したふくよかな低域
○深みと芯がある中域
○刺さること皆無の優しい高域
○広さが感じられるサウンドステージ
といった美点があるリスニング向けのイヤホン。
しかし、
●低音(中低音)に明確なピークがあり、ともすれば中域をマスクしがち
●低域は質が高く量もあるが、速さはないので、デジタル系楽曲は苦手
●曲の音響構成次第では、低域に他の音域が押しやられ、ステージが狭く感じる
と、曲を選ぶ面がある。さらに
●重く長いハウジングに対してステムが短めのため、耳への据わりが悪い
●音量面でのスウィートスポットが比較的狭く、好みの音量が得づらい
と、聴く人・聴く場面も選ぶ一面もある。
ただ、「これぞWOOD」という唯一無二の音色があり、小編制のジャズや古めのロックなどには激ハマりにハマるイヤホンでもある。
汎用性がさほどに高くはないため、これ1個ですべてをまかなう、というなら同じWOODシリーズでも、最新のHA-FW0xシリーズの方が適しているが、複数持ちなら是非押さえておくべき機種。
とくに最近売価が元の半値以下になっていて、手を出しやすくなっている。メーカーHPでは850とは違って「生産完了」マークは打たれていないが、世代的に旧世代に当たること、「エクスクルーシブモデル」なのに現行世代の通常ラインアップ最上位のHA-FW01とはすでに売価が逆転していること、「特別モデル」としては現行には「HA-FW10000」というプレミアムモデルがつい最近追加されたことなどから、いつまでこの「濃い」世界が手に入るかわからない。
濃密な世界に浸りたければ、急げ?
【JVC HA-FX1100仕様】
型式:ダイナミック型
ユニット径:φ11.0㎜
出力音圧レベル:106dB/1mW
再生周波数帯域:6Hz~45,000Hz
インピーダンス:16Ω
最大許容入力:200 mW
コード:1.2m(Y型)6N OFC(MMCX着脱式)
入力プラグ:φ3.5㎜24金メッキL型ステレオミニプラグ(アルミスリーブ・アルミエンド採用)
質量:13.0g(コード含まず)
付属品:イヤーピースS、MS、M、ML、L 各2個、低反発イヤーピースS、M 各2個、
コードキーパー、クリップ、キャリングケース
刺さらない優しさを...
「鈍い」ととるか、「心地よい」ととるかで評価は分かれるが、主張は弱い。
決して「ない」わけではないのだが。
低音の押し出しに惑わされそうになるが、実は一番良い領域
低音(特に中低音)が多めの曲だと、マスクされがちだが、一番の華はココ。男性ヴォーカルの深みのある声や、女性ヴォーカルの丸く優しい声が心を癒す。中域を2つに分けると低中域>高中域。
量的には十分。速さがやや足りないので、曲を選ぶが
デジタル音がほとんどないクラシック(フルオーケストラ)や、少ない音数で下を支える必要があるトリオ~クインテットクラスのジャズ、音構成がピラミッド型の古典ロックなどでは、イヤホンとは思えない低音の量で曲を盤石に支える。一方、コクは豊潤だが、キレは抑え目なので、打ち込み系などはイマイチ。
さほど広く「感じない」
..だけで実は広い。
ただ、イヤホン自体の音特性的に、中低域あたりにピークがある=ベースやバスドラなどの通常センターに位置する低域楽器の主張が大きい=真ん中あたりの音が厚くなるため、端にある楽器が目立ちづらく、「広さ感」を感じなくなる...という曲が多い。
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購入金額
23,900円
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購入日
2017年07月11日
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購入場所
Amazon
harmankardonさん
2019/05/07
FX850に対して,付属ケーブルだけでなく,同じ部材でもチューニングが違うと感じました.
でも,最近出番がめっきり減りました.なぜ?
cybercatさん
2019/05/08
くーねるさん
2019/05/11
イヤホンのおんなのこギボンヌ
cybercatさん
2019/05/11