レビューメディア「ジグソー」

最後の曲は "Never could say good-bye"

レコード : 大塚搏堂「FOREVER」日本フォノグラム 28PL-13  1981年8月25日発売 

 

大塚搏堂は1981年(昭和56年)5月18日に脳内出血のため37歳で急逝した  5年間の活動に凝縮された彼の曲は、レコード化されたものが約80曲、没後に発表されたものを含めて約90曲あり、その他

小野寺昭、岩城滉一、ペギー葉山など他歌手に提供した歌が40曲ほどあります。

 

このアルバムは大塚搏堂の追悼アルバムで没後、約3ヶ月後に発売されたレコードです そして

レコードB面の最後の曲が「Never could say good-bye」となってます...

 

                   

         このレコードが出た後もレコードやCDが多数発売されています                 

             

                           

  

      

  

                      

追悼盤、生前ヒットした曲を中心に収録されています 惜しい歌手でした 良い歌作る人って急逝する人多いですよね コンサートや演奏、作曲、移動、人間関係でエネルギーを使い果たして居るのかも知れません お酒でストレス解消で身体に負担が来ている。 『映画館』という曲は ”立ち去る男 見送る女”という歌詞辺りから採用されたのか。

 

                 

  

  

  

 

大塚博堂 アイテム・レビュー最終回...

 

 

  • 購入金額

    0円

  • 購入日

    不明

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12人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (3)

  • cybercatさん

    2016/11/06

    博堂は当時の財力では買うほどではなかったですけれど、わりに好きな歌い手でした。
    >最後の曲が「Never could say good-bye」となってます...
    他の曲も並べ方に編集された方の博堂愛を感じますね。
  • タコシーさん

    2016/11/06

    cybercatさん
    昔はレコードは高かったです 多分(75年ごろ)当時バイト代が一日1600~2000円位なのに
    LPレコードは2000円でした 本当に何度も聴きたいレコードを買うだけでした

    義兄(年下なのに)がJAZZが好きでレコードを聴いていますが、今は当時買えなかったレコードが安く手に入ると言ってました でも最近ブームみたいでJAZZ, クラシックレコードは高くなってますね
  • タコシーさん

    2016/11/06

    大塚博堂は日本フォノグラムからアルバムを出していて生前のアルバムでは最後だけ東芝から出ていますが、追悼盤は音源の関係かも知ませんが日本フォノグラム(PHILIPS)からでしたね 
    歌手を育てたという自負もあったし、惜別の意味も有ったのじゃないですかね 惜しい人材でした。

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