レビューメディア「ジグソー」

75歳にして先鋭的

まだあまりじっくりと聴き込めたわけではないのですが、軽くなぞって聴くだけでもこの作品には大きな衝撃がありましたので、ここで紹介しておきたいと思います。

 

ポール・サイモンといえば、あのビートルズとほぼ同時期に活躍し、後世に残る名曲を数多く輩出した名デュオ、サイモン&ガーファンクルの1人にして、ソロ転向後もグラミー賞を受賞した「時の流れに」(Still Carzy After All These Years)など名曲を生み出しつつ、音楽性を高く評価されつつも政治的な批判も受けた「Graceland」など、意欲的な作品をリリースし続け、今なおアメリカの音楽界を代表するミュージシャンの一人として知られています。

 

 

 

 

その彼が、唐突とも思えるタイミングで今年6月にリリースした最新作が、この「Stranger to Stranger」というアルバムです。

 

 

 

 

 

アルバムジャケットの裏を見て、いきなり度肝を抜かれました。プロデューサーの部分にこのように書かれていたのです。

 

 

”PRODUCED BY PAUL SIMON AND HIS OLD PARTNER ROY HALEE”

 

 

ロイ・ハリーとは、サイモン&ガーファンクル時代の初期からエンジニア等の立場で製作に関わり、後期2作品(「Bookends」「Bridge Over Troubled Water」)では彼らと共同プロデュースをつとめた人物です。

 

ポールのソロ転向後も故フィル・ラモーンと共に最も信頼を置いていたようで、前述の「Glaceland」などでやはり共同プロデューサーとしてクレジットされています。ただ、ロイ・ハリーは2000年頃にはほぼ引退していて、まさかこの時期になって現役復帰という話になるとは予想だにしませんでした。現場を離れてかなり長いロイ・ハリーは、スタジオのProToolsを使いこなすことが出来ず、編集段階では他者の手を借りての作業となったそうですが…。

 

引退して長いロイ・ハリーを何故わざわざ引っ張り出してきたのかといえば、あの「Graceland」を見事にまとめ上げた手腕を買ったこと、そしてもう一人の信頼を置くプロデューサーであったフィル・ラモーンが亡くなってしまったことが大きな理由でしょう。

 

 

 

実はポール・サイモンは本作のリリース後に、ツアーを行うのかと問われたところ「もうしない。ショウビジネスへの興味がなくなった」と発言していて、自身の音楽人生の総決算という意味も込めているのかもしれません。ロイ・ハリーは既に80歳を過ぎていますし、彼が思い描いた作品を形にする機会はそれほど残されていないと考えても不思議はありませんからね。

更新: 2016/08/23
総評

出来ればレコードで聴いて欲しい

今回私はLP盤で本作を入手しました。

 

上に掲載しているアルバムジャケットの裏面に曲目リストがありますが、通して聴き終わっての感想は「この作品はA面・B面が存在する媒体で聴くべき」でした。

 

音質もかなり素晴らしく、ハイレゾなどで購入される方もいらっしゃると思うのですが、音楽的にはA面・B面がはっきりと区別された構成としか思えません。というのも、LPのA面に当たる方には、彼の代名詞ともいえるフォーク・ギターの存在感が殆どないのです。

 

A面では、まずこの音楽のジャンルは何と表現すれば良いのか、全くつかめなくなりました。オープニングを飾る「The Werewolf」はつかみ所のない複雑なリズムとエスニックなバックヴォーカルが折り重なる中で、自由気ままなメロディーに乗ってヴォーカルが存在するという感じです。詞は断片的にしか聴いていませんが、結構殺伐感がありますし…。A面は全体的にこの「The Werewolf」のようなトーンが支配していて、唯一タイトル曲「Stranger to Stranger」が間違いなくいつもの彼らしいメロディーを持つのですが、バックのアレンジは決していつも通りではなく、このアルバムの制作と前後してツアーを共に回ったというスティングの影響が見えてきそうな構成です。

 

このアルバムについて、ポール・サイモン自身は「テーマはサウンドだ」と語っています。ここで「サウンド」という言葉を使っているのは、あくまで「ミュージック(=音楽)」ではなく「サウンド(=音)」と捉えるべきということなのでしょう。

 

 

ただ、これがLPのB面に入ると、70年代の彼を彷彿とさせるような叙情的で繊細なメロディーが聴かれるようになり、フォーク・ギターもフィーチャーされるようになってきます。とはいえ、アレンジはあくまでも最新の音であり、そこに古さなど微塵もありません。B面では間違いなく、昔からのポール・サイモンの曲が展開されているのですが、そのサウンドはあくまでも先鋭的なのです。B面の最後を飾る「INSOMNIAC'S LULLABY」など、メロディーの流れは1960年代のサイモン&ガーファンクル時代の名曲「Old Friends」のイメージですが、曲の印象に古さは感じません。

 

 

今年75歳になるポール・サイモンが依然として一線を張り続けるミュージシャンであるということを、聴く者全てを納得させるだけの力を持った作品であることは間違いありません。

  • 購入金額

    2,527円

  • 購入日

    2016年07月11日

  • 購入場所

    ローソンHMV

11人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (2)

  • フェレンギさん

    2016/08/23

    Amazonで輸入盤CDを購入したのですが、後からライナーノートをポール本人が書いていることを知るにつけ、日本盤を買えばよかったと後悔しております。

    リストバンドのリズムをたいそう気に入っております。 名盤として長く愛されると思います。
  • jive9821さん

    2016/08/23

    >フェレンギ さん

    日本盤の方はボーナス・トラックも多いようですね。差額は確かにありますが、それに見合う内容にしようという意図は感じられます。レビューの文中で紹介した「サウンド」の件は、リリース時にどこかで読んだ紹介文で書かれていたのでそこから引用したのですが、実際の文はまだ読んでいないのです。頑張って英語で読んでみますか…。

    ただ、近年聴いたアルバムで、ここまではっきりと面ごとに作りが分かれた作品はなかなかありませんでしたので、個人的にはやはりLPを推したいと思います。面を意識しないと、通して聴いた際にもう少しとっちらかった印象を受けたかもしれませんので…。

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