レビューメディア「ジグソー」

旧AKシリーズの救世主、"Balanced Mod"-バランス出力化の効果は、はっきりとわかる-


現在メインで使っているDAPはAstell&KernのAK120。

これに先立つAstell&Kernブランドの初号機AK100はここZIGSOWでもプレミアムレビュー募集があったが、それは当時まだ圧縮音源のmp3プレイヤーが幅を利かしていたDAP界に「ハイレゾ」という概念を植え付けたものとしてエポックメイキングな機種だった。

そしてその後AK100の上級機として追加されたのがAK120。AK100からAK120への変更は、DACをWolfson社製WM8740のシングルから左右独立のツインへ、内蔵メモリの倍増(32GB⇒64GB)、音量が取りづらかった出力インピーダンスは22Ω⇒3Ωに大幅改善とかなり大がかりなものだったが、その効果はやはり顕著で、自分にとっては「当面これでよいかな」と思えるDAPになった。

その後さらなる上級機AK240や380、それらとOSを共用する新世代機AK100Ⅱや同120Ⅱが追加発売されたが、価格がかなり上昇してしまったこともあり、イマイチ買い増し/買い替えに食指は動かなかった。AK120自体をソコソコ安く買えたので、それとほぼ価格が近いAK100ⅡはDACがより高性能という話のCirus LogicのCS4398ではあるもののシングルDACで、再生ファイル形式としてはDSDは64⇒128まで対応する(PCM変換)と対応が広がったものの、PCMの方は192kHz迄の対応(ダウンコンバート再生を含めれば384kHzまで対応が広がったが)で長短掛け合わせると大して変わらんな、と。型番的にAK120の後継機といえるAK120Ⅱは、DACはCS4398のツインになってハード的ネガは消えたが、対応ファイル形式の方はAK100Ⅱと変わらずで、その価格の上昇幅と考え合わせると旧AK120ユーザーには訴求力に乏しい。この上のAK240になればCS4398のツインDAC、PCMは~192kHz(ダウンコンバート再生~384kHz)でDSD128迄ネイティヴ再生対応とすべてのネガは払拭されるのだが、さらに価格が...筐体をステンレスにすることによって剛性をあげて、ノイズ改善を狙った...というチューンアップ版=AK240 Stainless Steelではない「素の」AK240でさえ20万円台中盤でAK120の倍以上...と考えると、進展著しいこの分野=数年後には違うフォーマットや要求が出てこないとも限らない分野の機材においそれと投資できる額ではない。
Astell&KernのDAP、第一世代機比較。「Jr.」は中身は第1世代。
Astell&KernのDAP、第一世代機比較。「Jr.」は中身は第1世代。
同第二世代。KANA HANAZAWAエディションとAK240 Stainless Steelは外装の差なので省略。
同第二世代。KANA HANAZAWAエディションとAK240 Stainless Steelは外装の差なので省略。
そんなわけで新世代AKシリーズにはほとんど興味を失っていたのだが、唯一第一世代機になくて、第二世代機では一番ベーシックなAK100Ⅱでも備える機構が気になっていた(つい先日リリースされた「Jr.」は見た目は第二世代と共通のたたずまいだが、中身はDACがWM8740で独自OSの第一世代系なのでこれは除く)。

それが「バランス出力」。

電気信号にはプラスとマイナス(グランド)があるが、一般的なステレオヘッドホンやイヤホンは「3本」の線で信号が送られている(RCAピンケーブルなどは左右2本ずつの計4本)。これは右chのプラス、左chのプラス、左右chのマイナス(グランド)ということで、グランドは左右共用なのだ。プラス側が別であれば左右別々の音が送られるのでステレオ感などは出るのだが、厳密にいうとグランドを共用することで左右の信号が微妙にまじりあい、元の信号が濁る。イヤホンなどのドライバー部直前は当然左右にグランドがあるし、再生機器(プレーヤー)の内部までは左右のグランドはわけられていることも多いので、これをそのまま外に出しヘッドホンやイヤホンまで繋いでしまえ!というのがバランス接続の考え方。

当然端子も4つ接点があるものに変更となり、通常の接続法(アンバランス接続という)とは互換性がない。第二世代AKシリーズを試聴したレポートに「バランス接続が素晴らしい」とのレポートがあり、興味を持ったわけ。

一般に市販されているヘッドホンやイヤホンはほとんどが3.5mmのアンバランス接続端子なので、これをバランス化するというのは多くはケーブル交換と内部のはんだ付けなどを伴うので難易度が高いし、市販のヘッドホンなどでバランスケーブルオプションが選べるのは相当に高額の機種。

ただ自分はCIEMを持っていて、ケーブル直付けのCW-L11(プロトタイプ)

以外の2機種はリケーブルできる。それであればケーブル代だけでバランス接続の世界が味わえるので興味があった..と。

しかしさすがに、そのためだけにAK120を買い替える気にもならず(さらに言えばAK120をすべての面で凌駕する、となると第二世代でもAK240以上になってしまう=高額でもあるので)、そのままになっていた。

そんな時、第一世代AKをバランス化改造するサービスを知る。

ただ日本では比較的マイナーな「メーカー製電気製品の他者による改造代行」というカテゴリーのため?、玉石混交。一部の業者は支払いの後非常にレスポンスが悪いとか、端子的にはバランス対応端子になるが実は内部的にはアンバランスの部分があるとかの噂がある業者/製品もあり躊躇していたのだが、評判が良い業者があった。
それがelegadgets。リケーブル用ケーブルやオーディオ小物部品などを扱っているところだが、ここがAK100/120のバランス化改造を請け負っている。

そしてその改造は別所に端子を設けるのではなく、ノーマルの端子穴流用のため、外見がほぼ変わらないというのも気に入った。

当然「改造」となるのでメーカー保証対象外とはなるのだが、購入後2年ほど経ち、無償保証期間は過ぎているのでもういいかな、と。

なおこのelegadgetsのバランス化改造メニューにはBMとBM+というのがある。BMは「Balanced Mod」のことで、ソニーのポタアンSONY PHA-3と同じピンアサインでプラグが左右で別れるタイプ。もともとの3.5mmアンバランスアウトを左チャンネルのバランスアウトに変更、光入力端子に右チャンネルのバランス出力機能を付加したもの。光入力機能が温存されるのと安価(改造費20000円)なのは良いのだが、アンバランスアウトが死ぬのが痛い。バランス接続可能な時はそちらを優先するだろうとはいっても、さまざまな市販のイヤホンが使えなくなるのはちょっと...。BM+は「Balanced Mod+」のことで、こちらは3.5mmアンバランスアウトは温存し、光入力端子を殺してそこを2.5mmバランスアウトに変更したもの。光入力機能はなくなるが単なるDAPとしての使用法では使わない機能だし、なにより3.5mmアンバランスアウトが共存できるので市販のイヤホンなどを使うことができるのはマル。またバランス端子的にも第二世代AKシリーズが採用するため取り扱うリケーブルメーカーも多い4極2.5mmタイプで汎用性が高かった。

サービスは自身の持つAK120(もしくは100)をelegadgetsに送り、改造後それが送り返されてくるというもの。所要期間は通常1~4週間とのことだが、今回は余分なことをお願いしたこともあって?およそ1ヶ月を要した。

送り返されてきたAK120をみてもパッと見オリジナルとの違いが分からない。まさに「MOD(=Modification)」。よーく見ると、中央寄りのジャックの径が細くなっているのが分かる。これが3.5mm光入力⇒2.5mmバランス出力への変更点。
改造前。中央の穴が左の3.5mmアンバランスアウトと同径。
改造前。中央の穴が左の3.5mmアンバランスアウトと同径。
MOD化後。中央の穴の径が3.5mm⇒2.5mmで細くなる。
MOD化後。中央の穴の径が3.5mm⇒2.5mmで細くなる。
あとは画面や操作系などは全く変わらない。

ただ元からある3.5mmアンバランスアウトと追加された2.5mmバランスアウトは若干動きが異なる。

3.5mmアンバランス出力は楽曲再生中にプラグを抜くと一時停止になり、その状態が長く続くとオートパワーオフが働き設定通りの時間(10分~2時間)でDAPの電源が切れるが、2.5mmバランス出力はこの検知機能がないようで、プラグを抜いても再生が続いてしまう。特にAK120の画面が消えている状態でこうなると再生が続いているのに気づかず、バッテリーを浪費してしまうのだ。この点は気を付ける必要がある。

利点としては?この2端子は排他ではないので、3.5mmアンバランスと2.5mmバランスの各出力に別のイヤホンなどを繋いで2人で楽しむという運用もできる。しかしその際は音量が2.5mmバランス>3.5mmアンバランスであることには留意する必要がある。これは両者の形式の違いと言うよりは出力インピーダンスの差によるところが大きい。AK120のアンバランス出力はもともと3Ωとドライヴ力の高いものだが、AK120BM+の2.5mmバランスアウトの出力インピーダンスはおよそ0.01Ωとのことで、同じイヤホンを差し替えた場合音量が2.5mmバランス>3.5mmアンバランスとなるからだ。したがって能率の違うイヤホンなどで釣り合いを取らないと、(音量コントロールは一つなので)心地よい音量ではシェアできないかも知れない。

ではこのバランス化の効果はどれほどのものなのだろう。
評価はバランスケーブルに変更したUnique Melody Merlin

で行った。選定理由は、リケーブルが可能なことに加え、Custom Art Harmony 8 Proに比べ明瞭でカッチリしている音であるため、効果が聴き取りやすいだろうと。これを使って2.5mmバランスアウトからの出音、3.5mmアンバランスアウトからの出音を比較した。このとき3.5mmアンバランスアウトに2.5mmバランス⇒3.5mmアンバランス変換プラグをかませて同じバランスケーブル化Merlinを抜き換えしつつ比較した(3.5mm側のプラグを抜いてしまうと再生が停止するが、変換プラグを残したまま2.5mmプラグを抜き換えするとそのまま再生が続くので比較しやすい)。

まずハイレゾ系としてはPCM24bit/96kHzのものとして吉田賢一ピアノトリオの“STARDUST”

から「わたしを離さないで」こと「Never Let Me Go」。元録音がよいため、AK120アンバランスアウト直刺しでも充分スネアのリムショットやハイハットのキレはよく生々しいが、これをバランス接続すると音場が広くなり、ライドシンバルの鳴りがふくよかで全然印象が違う。そしてベースがぐっと出てくる。アンバランスでこれと同じくらいのイメージまでベースを上げるとピアノやリムショットがうるさく感じられるくらいまでの音量が必要だが、バランス接続するとよく聴こえる。特に途中のベースソロの部分が顕著で、ベースの音に芯とアタックが出るので、ブラシのスネアにも埋もれない。

同じく24bit/96kHzのソースとしては音源の紹介時にはあんまり詳しく触れなかった“アニソンCX”

のハイレゾ音源。実は写真でご紹介だけして詳しく触れなかったのはわけがあって、それは明確な違いが感じられなかったから。たしかにCDの16bit/44.1kHzの音源に比べてDVDに収められた24bit/96kHz音源が「悪い」ということはなかった。ただ割に(CDともども)低域が出ていなくて、ガチャガチャした音質で「音質は演奏ほどには良くないなぁ」「なぜこの程度の音で高音質盤(ハイレゾ音源)をつけているのだろう?」と感じたのも確か。それが!アンバランスでは「出」切らなかった低域が充実し、グングン来る。「GUGUガンモ ガンモ・ドキ」。アンバランスではハデなスネアのゲートリヴァーブに覆われて櫻井哲夫のスラップもペキペキのプル音主体のトレブリーで軽いノリだったが、これが元の音だ!刺激的な音造りながら芯のある音。ハイハットも右端に定位し、音場が広い!その広がりはスネアのゲートリヴァーブの消え去り方でも感じられる。

ハイレゾ音源としてはDSDも...ということで「アニソンオーディオ vol.2」

からSuaraの「夢想歌」をDSF 2.8MHz/1bitで。...と言ってもAK120はDSDはPCM変換なので傾向は似ている。生々しい音ながら、スタジオ外録音で「かっちり」とは録られていないこの曲のヴァイオリン、ヒスな事もなく聞きやすい音なのだが、バランス接続すると響きが豊かになり、分離もよくなる。そしてピアノの左手領域が充実しよりライヴ感を増す。

CD音質(16bit/44.1kHz)は高域寄りのAK120+下の再現性に限界があるCIEMだとややキツいオーケストラ曲を艦隊これのオーケストラ生演奏アレンジ“第二次艦隊 フィルハーモニー交響楽団”

から「飛龍の反撃」。CIEMでも低域にダイナミック型ドライバーを持つMerlinだとアンバランス接続でも遠くで鳴るティンパニは意外に頑張っている。しかしバランス化することでティンパニのアタックもイイ感じにドゥンと来るし、なによりスネア!全然「立ち」が違う。ロールのスナッピーの響きも含めて明瞭。

いずれも全体的に「空間の広さ」「低域の充実」を感じる変化で、一部の曲では「もはやアンバランスでは聴けないな」と言うほどの変わり方。低域が充実というと音域バランスが変わって上が...というような事が無い、ネガなしの変化、というのが素晴らしかった。
このAstell&Kern AK120のバランスアウト改造、「Balanced Mod+」こと「BM+」。最初はバランス化でそんなに変わるのかいな、と思っていたが予想より遙かによかった。それでいてCIEMの方は3.5mmアンバランスプラグ仕様から2.5mmバランス仕様に変更するだけで対応可能と比較的投資が少なくてリターンが大きい。旧AKシリーズ+CIEMでリスニングしている人にはぜひオススメしたい...というか、旧AKシリーズは中古もかなり出回っていて、信頼できる店で買ってもAK120が6万以内(2015年10月現在)。新品AK120Ⅱが14万超、新型は中古でも11万を越えていることを考えれば、AK120に本改造を施して旧AK120唯一のネガ、ともいえるバランス接続非対応、というのをなくすのは結構「アリ」。副次的効果として?出力インピーダンスもAK120Ⅱの1Ωに比べて0.01Ωとさらに音量が取りやすいので、ポタアンなしでも音量が稼げる、という効果も得られる。

特に清楚系の旧AKシリーズの音を好むユーザーには福音、と思います。

elegadgets. AK120BM+ (Balanced Mod+)
  • 購入金額

    30,000円

  • 購入日

    2015年08月10日

  • 購入場所

    elegadgets.

31人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (12)

  • harmankardonさん

    2015/10/29

    このMODいいですね.
    中古AK120に断然興味が出てきました.

    MODでバランスとアンバランスが同時出力可能って,不思議な感じがします.
    内部は,アンバランス回路なんでしょうか.
  • harmankardonさん

    2015/10/29

    それと,
    >ネガなしの変化

    まさにそうですよね.
    もう,バランス接続から離れられません.
  • cybercatさん

    2015/10/29

    これは今の中古価格からすればアリ、だと思いますね。
    第二世代のハリのある音が好きならアレですが、清楚系の第一世代が好きならば。

    自分は電気系詳しくないので、完全には理解できないのですが、改造者の言葉を借りると「シングルエンドからバランスへの変換ではありません。AK120はDACチップから差動出力(バランス)→フィルタ(バランス)→差動合成してシングルエンド出力という回路構成になっているので、差動合成する前の部分からバランス(BTL)出力を取り出す仕組みです。」とのこと。
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