レビューメディア「ジグソー」

戦友

MUSIC GEAR。
前回、単体で最も重く、最も広い場所を占有しているものとして廉価サンプラー「Mirage」によって楽器界に革命を起こしたENSONIQ社のWEIGHTED ACTION MIDI STUDIO「KS-32」

をご紹介したが、そもそもENSONIQというややツウ好みの海外メーカーに着目したのはこの機体との出逢いによるところが大きい。

cybercatの音楽活動最盛期にデモテープつくりを支えた元祖“MIDI STUDIO”、「ENSONIQ SQ-80」。
深紅のラインが入った独特の色使い
深紅のラインが入った独特の色使い
このシンセサイザー、「音作りをしたくなる最後のシンセ」とも呼ばれた同社のESQ-1から始まるVFX&SQシリーズの源流のアタリに位置する。サンプラー「Mirage」の技術を転用してENSONIQがシンセサイザー分野に進出したのが1986年のESQ-1。後にWave Tableシンセサイザーと呼ばれることになる分野。

それまでのシンセサイザーは正弦波や矩形波といった単純な発振音を元に変調をかけフィルターで立ち上がりや減衰のカーブを作ると言う手法。

これは、発振器がVCO(電圧を基準とした発振器)であるアナログシンセサイザーから「デジタルシンセサイザー」と呼ばれるデジタル発振器をつかったものになっても考え方は同じ。YAMAHAのFMシリーズのようにデジタルならではの特徴を活かして発振器を直列並列に繋いで多彩な変調を得たもの、KAWAIの倍音加算方式のアディティブ・シンセシスなどで複雑な倍音を形作るものなど様々なタイプが考えられたが、いずれも単純な波形から複雑な波形を創り出すのに苦労した。

一方Wave Tableシンセサイザーとは元の波形がそもそもPCM録音のサンプリング音。もとが正弦波でなくピアノやラッパのサンプル音。それに音量調整のエンベロープフィルターが付くのでピアノのサンプルからアタックを取り出してその後ストリングスで音を伸ばし、鍵盤を離したときにハープシコードのツメが弦を通過する音をつける、なんて事も可能。基本的に現在のシンセサイザーはこの路線で発展している。

しかし、このSQ-80の良いところはまだ「シンセサイザー」とは「音作りをする楽器」という認識の時代の機体であったこと。そのため、2つの発振器を強制的に同期させるオシレーターシンクやリングモジュレーターといった積極的に発振器の波形を変化させる機構が充実している。

そのためとても突飛な音から生音に近い音まで出る。とは言ってもKS-32のところで触れたようにこの「生音に近い音」というのはリアルではない。ホンモノよりホンモノ「らしい」作り物。でもピアノのサンプルは「ピアノってこういう音だよなァ」という音がする。ただよりデジタル技術が進みチップの低価格化が進んだKS-32時代とは違い(KS-32は4年後)、マルチサンプリングではなく、ビット数やサンプリング周波数も荒い。そのため、そのリアルっぽい音はサンプリングした音の上下数音程のみ。従ってやっぱりそのサンプル音を無加工で使うと言うより、発振器のかわり。またアナログシンセの方程式を使ったわかりやすいフィルターや発振器の相互関係の構成で「音を作ろう」という気にさせた。また4つのエンベロープフィルターは一つは最終音量音質調整用だが残る3つは発振器にかけるだけでなく、フィルターにかけたりもできたので立ち上がりと鍵盤を押している間でLFOのかかり方を変えたりすることも自在。
直感的にわかりやすい3つの発振器の関係
直感的にわかりやすい3つの発振器の関係
そうして作られた音はファットで「通る」。KS-32同様、音に芯があり、華やかで、でもCOOL。ちょっと温度感が低いような音で独特の個性。
プレイを支えるガッチリした躯体
プレイを支えるガッチリした躯体
またその音を奏でることになる鍵盤部がすばらしい。ウエイテッドでない普通のプラ鍵盤だが、カッチリ「押した感」があり、ぐにょぐにょしていない。余談だが、ウエイテッドとそうでない普通の鍵盤が両方イイ感じに仕上がっているメーカーは少ない。まぁ鍵盤は感性モノなので、違う意見の方も多いかも知れないが、自分の好みからすれば普通型のカチッとした弾き心地がすばらしいYAMAHAはどうしてウエイテッドになるとあんなにぐにょぐにょしているのか、逆にピアノ鍵盤はイイ線行っているRolandやKORGは普通タイプがスイッチ然としていて強弱がつけづらい。それがこのENSONIQはウエイテッドはアップライトピアノのような引き心地、普通タイプはYAMAHAに通じるカチッとした仕上がりでどちらも秀逸。これは今なおこの時代のENSONIQのキーボードをマスターキーボードとして探しているミュージシャンが多いことで裏付けられる。
鍵盤はとりたててスゴイ造りではないンだけど...気持ちイイ!!
鍵盤はとりたててスゴイ造りではないンだけど...気持ちイイ!!
さらにこの鍵盤の特徴は、「ポリフォニック・アフタータッチ対応」であること。一般的にシンセサイザー系の鍵盤は音のトリガー機能の他に、二つの音変化のセンサーを仕込んでいる。一つはベロシティ、もしくはイニシャルタッチというもの。鍵盤を弾く強さ、それは鍵盤を押す速さと相似なので鍵盤が押されるのに要した時間を計測して主に音の強弱に反映させるモノ。もう一つがアフタータッチで鍵盤を弾いたままグッと押さえるとモジュレーションやフィルターの調整ができるというモノ。これでビブラートのかかり方を調整したり音色を明るくしたりと言うことができる。モジュレーションホイールというキーボードにはたいていついている機構でも同様なことが不可能ではないが、鍵盤を押したタイミングと同期した調整はかなり難易度が高い。鍵盤を押して少ししてさらに押しこめばビブラートなどの表情づけがタイムリーにできる。

ところでイニシャルタッチは鍵盤ごとに独立しているのが一般的だが(例えばド⇒ミ⇒ソと順に弾いたとき、中指のミだけ弱めに弾いてドとソを目立たせるなどと言うことも可能)、なぜかアフタータッチは各鍵独立しているモノが少なく全部一律のアフタータッチになってしまう(ドミソの和音でビブラートをアフタータッチに割り振っているときに例えばソだけにビブラートをかけない、という事ができない)。それがこのSQ-80は全鍵独立なのでそのアタリが自在だ。これがたかだか8音ポリのこのシンセサイザーがマスターキーボードとして愛されている理由かも知れない。

またコイツには約2万音がプログラミングできるシーケンサーも付いていた。これはステップレコーディングもリアルタイムレコーディングもできるモノですごく重宝した。8音ポリなのでたいしたことはできなかったが、本機でベースとバッキングコードをプログラミングし、MIDIでシンクしたリズムマシンを同時スタートさせながら手弾きで他のキーボードやギターを弾けばダビングしなくてもデモテープの骨格はできる。当時コンピュータを用いたシーケンサーはそれだけで20万クラス、デジタルサンプリングなどはなかったので「カセットテープ」を使った4トラのMTRがアマチュアが望みうる最高の機材だったが、それでも15万していたことを考えると、一発録りで手弾きで弾くところは間違えられない、とはいうものの、ドラムス+ベース+コード+メロディ楽器のデモテープが本機とリズムマシンのみでできるのは大変助かった。
当時どこでも買えたFDも入手しづらくなってきた
当時どこでも買えたFDも入手しづらくなってきた
時代を反映して音色供給やシーケンスパターンの供給保存はFDD、編集した音色はRAMカセットに残す手法。未だにいっぱいオリジナルの音色を持っている。

ENSONIQはこの後、VFX⇒SQ-1⇒SD-1とこの路線を進めるが、元波系のクオリティが上がるとともに「いじらなくても良い音」になりプリセットキーボード化していく。この路線の二代目に当たるSQ-80は初代Wave Tableシンセサイザーである「ESQ-1」のネガを潰し元波系を増やしたが、まだ古き佳き「シンセサイザー=音作りをする楽器」であるという方程式が残っていた時代の「ザ・シンセサイザー」。日本では元祖廉価Wave TableシンセサイザーESQ-1のような新規性がなく、その後のVFXやSQ-1に比べると「はじめから良い音という完成度」の点で及ばなかったせいかあまりタマ数がなくレアものとして扱われている。これを作ったENSONIQもその後E-muに吸収されて消えた。
ENSONIQという会社はすでにない...
ENSONIQという会社はすでにない...
そんな時代に忘れられそうなレア機だけれど、自分にとっては若き日の音楽生活を支えた、大事な戦友です。

【諸元】
3オシレータ、4DCA、1フィルター、3LFO
PCM音源:75
同時発音数:8
鍵盤:61 
シーケンサー(約20000ノート)、60シーケンス、20ソング
FDドライブ内蔵、エフェクトなし。
イニシャルタッチ、ポリフォニック・アフタータッチつき

海外での評価は高いのかようつべにも死ぬほどデモがあるなw
  • 購入金額

    288,000円

  • 購入日

    1988年04月18日

  • 購入場所

    クロサワ

31人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (5)

  • 北のラブリエさん

    2012/09/29

    いい音しますねぇ。
    昔はこんなかんじの音を結構聞いた気がします。
  • cybercatさん

    2012/09/29

    北のラブリエさん、コイツはイイ音しますね。
    太くて存在感があって少し冷たい肌触り。
    moogやRoland系(アナログ時代)のあったかな音でなく、YAMAHA DXのように澄んでいるんだけど細い音でもない。
    重心が低いところが充実した良い音です。
  • chuuchuuさん

    2023/02/05

    cybercatさん、初めまして。
    チューチューと申します。
    ENSONIQ SQ-80の情報を探していてここにたどり着きました。
    自分も持っていて凄く気に入っている一台です。
    いまでもいい音ですよね。
    ところが付属FDのVSD-1がエラーが出て使えなくなってしまいました。
    どうにかネットで探してみましたがどこにも見つからず、どうにかバックアップを譲って頂けないでしょうか、お願い致します。自分の持っているVSD-2からVSD-4をお譲り致します。
    やっとここで見つけたのでどうかよろしくお願い致します。
    どうかお返事をお待ちしています≦(._.)≧ ペコ
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