20世紀のオーディオ界において、別格の影響力を誇ったオーディオ評論家が長岡鉄男氏でした。
特に昭和50年代以降は氏の評価一つで製品の売り上げが大きく変わると言われたほどで、一般の新聞にも氏の追悼記事が掲載されたほどでした。
長岡鉄男氏の最大の業績と言われるのは、オーディオ業界にコストパフォーマンスという概念を持ち込んだことだといわれます。製品が届けられると重量を実測し、蓋を開けて中身の構造や使用パーツを吟味し「この価格としては良い/悪い」という評価をすることが多かったのです。
そのため、その製品の素の音よりも、伸び代の部分を評価するという一面もあったように思います。印象的だったのは所謂598スピーカーの中で、Victor SX-511という製品をとても高く評価していましたが、その際の文章中に「音は必ずしもトップではないかもしれないが、かけているコストは群を抜く」という意味の記述があったことです。つまりコストをかけてじっくりと造られた製品であれば、使いこなし次第で伸び代があるという点を評価していたのです。
もっとも、今時のオーディオ評論とは異なり、特に昭和の記事では気に入らない製品ははっきりと「出来が悪い」と記述することで、読者としてもその評論に一定の信頼を置くことが出来ていた部分はあります。正直近年のオーディオ評論家諸氏は当たり障りなく褒める記事を書いておき、ちょっとしたニュアンスの違いで自分が本当に気に入っているか否かを匂わせる程度になってしまい、あまり評価を参考にすることは出来なくなってしまっていますからね。
また、身の回りのものを利用したちょっとした工夫で音がずっと良くなるという提案も頻繁にされていました。例えば大型ブックシェルフスピーカーなどは、直置きではなくコンクリートブロックの上に置くだけでも音が改善するなど、大して金をかけなくても改善できる余地はあるということを実践して紹介されていました。自身のリスニングルームでもスピーカーケーブルに極太の電源用キャブタイヤを敢えて使うなど、むしろアクセサリーに大げさな金をかけることを敬遠していた感もあります。尤も、今では単純な銅線も大幅に値上がりしてしまい、下手に他用途のケーブルを使うくらいなら良く出来たオーディオ用ベーシックグレードのケーブルを使った方が安くて音が良い可能性が高くなってしまった訳ですが…。
他にもブチルゴムや鉛インゴットを利用した制振など、今考えればどうかと思う手段もあったのは確かですが、多くの人が気軽にオーディオに取り組むことが出来るよう様々な提案を実践と共に紹介されたという点で唯一無二の存在だったといえるでしょう。
本書はその長岡鉄男氏が生前残された文章を集め、氏の業績や人物像の一端に触れるというものです。
文章力が高く読み物としても十分面白い
元々長岡鉄男氏は放送作家としてクイズ番組やバラエティ番組の台本を書くことが本業でした。そのため、文章に小難しさがなくユーモアや風刺も散りばめられた、読み物として質の高いものとなっています。
とはいえ、氏のライフワークといえたスピーカー設計は緻密に書かれた図面が惜しげなく掲載され、多くの人がこの世界に入ってきて欲しいという意図を感じさせるものです。
製品評論については前述の通り適切にコストをかけられているかや、きちんと考えられた構造となっているかをかなり重視されていました。その一方で前例のない新技術などはその意欲を買って高く評価する傾向があり、かつてシャープが高級1bitデジタルアンプを発表した時には業界では珍しくこの製品を高く評価して、氏が長年担当されていた雑誌FM fan連載の「長岡鉄男のダイナミックテスト」で年間大賞としていました。逆にソニーのローエンドプリメインアンプやテクニクスの格安CDプレイヤーなどもかなり高評価を与えていて、価格や先入観に囚われない評論を貫かれていました。
氏は2000年5月に急逝されますが、それから四半世紀を経過した今でもオーディオ界に少なからず影響力を残していて、以下に傑出した存在であるかが判ります。
実のところ私がオーディオ界で親しくしている皆さんについていえば、評論家の炭山アキラさんは元々氏の担当編集者であり、氏の没後はスピーカー自作の文化を引き継いでいる方ですし、シェルリード線制作で著名なKS-Remasta柄沢さんは長岡氏の門下が開催されている自作スピーカーコンテストで実行委員を長年務められている方です。他にも接点のある方は意外と長岡氏の門下やその影響を色濃く受けた方が多いのです。
私自身は長岡氏の主張と必ずしも一致しない部分はあるものの、高価な機材を並べて悦に入るようなオーディオマニアを歯牙にもかけないその痛快さは大好きで、著書も何冊かは元々持っています。そのため本書に収録された文章にも意外と見覚えがあるものがあります。
それでもその著作を幅広く集めてみると、やはりこの圧倒的な筆力は他の評論家諸氏とは一線を画すものがあったことを改めて実感できるのです。
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購入金額
2,530円
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購入日
2026年08月05日
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購入場所
楽天ブックス



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