レビューメディア「ジグソー」

“教授”と“天才ギタリスト”の邂逅。電子楽器の黎明期に様々なジャンルに挑戦した二人のクロスポイント。

所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。「コンピレーションアルバム」。ある制作意図をもって編まれたアルバムをこういいます。複数アーティストを横断する場合は「オムニバスアルバム」、いちアーティスト内で完結する場合は「ベストアルバム」と近い意味を持ちますが、それよりも制作意図が濃厚な場合を指すことが多い作品です。音楽の守備範囲が広く、当時の音楽シーンでの共演が多かった二人の鬼才の接点を探ったコンピレーションアルバムをご紹介します。

 

“東京ジョー(Tokyo Joe)”。坂本龍一渡辺香津美のコンピレーションアルバム。プロとしての音楽歴開始は、弱冠17歳でデビューした早熟の天才渡辺の方が早いが、活動が軌道に乗り、表舞台に出始めたのは、両名とも1970年代後半。1978年Y.M.O.(イエロー・マジック・オーケストラ)としての活動立ち上げ直後に、アルバム“千のナイフ”でソロデビューした坂本。その坂本のソロアルバムに渡辺は参加している。翌1979年リリースの渡辺の11枚目のオリジナルアルバム“KYLYN”は、坂本をプロデューサーとしてリリースされた。またその時のレコーディングメンバーで回ったコンサート“KYLYN LIVE”には坂本も参加している。他にも、Y.M.O.のツアーメンバーを渡辺が務めるなど、同時代・同世代のミュージシャン/アーティストとして親交があった二人の作品から、実際に二人がともに演奏している曲を編んだ作品。

 

コンピレーションの元となった作品は、坂本はデビューアルバムの“千のナイフ”、渡辺は“KYLYN”と“KYLYN LIVE”、そして渡辺名義でリリースされたシングル“TOKYO JOE”。全8曲中、坂本名義の作品からは2曲しか選ばれていないが、坂本がプロデュースした“KYLYN”からは3曲選ばれており、シングル“TOKYO JOE”も坂本プロデュースだったことを合わせると、名義としては渡辺優勢だが、色としては坂本色も決して薄くはない、という塩梅。

 

元々守備範囲が広い二人の、シングル/オリジナルアルバム/ライヴアルバムから「共演」という共通点で「つまんだ」作品なので、いろいろな音源が詰め込まれている。

 

E-DAY PROJECT」は、渡辺のアルバム“KYLYN”に収められた作品。この“KYLYN”は表題曲の「KYLYN」を含め、半分ほどの曲を坂本が提供しているが、この曲もそう。テクノや実験音楽、クラシカル系楽曲が印象的な、世の教授のイメージと反して?非常に軽やかかつ爽やかなフュージョン。 高橋幸宏と小原礼コンビの軽やかなリズムに載せて、渡辺の指が走る走る。途中の柔らかい音色(往年の名機ARP Odyssey)での矢野顕子のソロも「フュージョンしてる」。

 

つづく「THOUSAND KNIVES」は、坂本のソロデビューアルバムの“千のナイフ”に収められたタイトルチューン。後に和名の「千のナイフ」と呼ばれることが多くなり、Y.M.O.やそのあとの坂本のアルバムでも何度も取り上げられている坂本を代表する楽曲の一つだが、琴のような音色で繰り返される印象的なオリエンタルなテーマは、実はこのオリジナル版では登場が遅い。導入は坂本のヴォコーダーによる詩の朗読から始まる(余談だが、時代的なものか、このアルバムには、ヴォコーダーやトーキングモジュレーターといった、声をシンセサイザーの波形に使ったり、ギターの音を声で変調させたりといった「声を電子楽器と融合させた」デバイスをよく使っている)。その後、和音構成が印象的な長いイントロに移行する。後半にはブチ切れたインプロヴィゼーションの神が降りてきた渡辺クッソ長いソロが入っていて、あの印象的なテーマフレーズは、実はあまり長くは演奏されていない。

 

タイトル曲の「TOKYO JOE(Roxy MusicのBryan Ferry作)」と並んで、坂本渡辺界隈作ではない曲が、Gino Vannelliの「THE RIVER MUST FLOW」。これは渡辺の作品“KYLYN LIVE”に収録されたライヴ版。原曲では男性ホルモンプンプンのGinoのヴォーカルパートは、独特の浮遊感がある声を聴かせる矢野顕子がとる。元は、あの名盤“Brother to Brother”

に収められたファンキィな作品だが、導入は矢野がポロンポロンとピアノを奏でながらむしろジャジィに歌う。しかしリズムインすると、むしろGino版よりもコンテンポラリーでファンキィなアレンジに。村上秀一と小原礼のタイトなリズムに乗せて、今度はダイナミックに歌う矢野。若き日の本多俊之のサックスが吠える!渡辺はキレキレのカッティングギター、それにRhodesでガンガンに弾き倒す教授というのも珍しい。

 

当時まだ20代後半の才気が迸っている二人の共演集。

 

内容としては、ロックあり、フュージョンあり、テクノ系ポップあり、現代音楽指向の曲ありとバラエティ豊か。広い守備範囲を持つ、才能豊かな二人の共演集のため、アルバム全体を貫くカラーはないが、彼らの才能のいろんな面を味わうことができる。

 

坂本から入っても、渡辺から入っても、あるいはY.M.O.からたどり着いたとしても、何かしら重なる部分はあり、自分の音楽体験を広めてくれるかもしれない...という作品です。

最近ほとんど見かけない折込式の歌詞カード
最近ほとんど見かけない折込式の歌詞カード

 

【収録曲】

1. TOKYO JOE [W]
2. THE END OF ASIA [S]
3. 在広東少年 ZAI GUANG DONG SHOO NIAN [W]
4. I'LL BE THERE [W]
5. E-DAY PROJECT [W]
6. THOUSAND KNIVES [S]
7. THE RIVER MUST FLOW [W]
8. AKASAKA MOON [W]

※ [S]:坂本龍一、 [S]渡辺香津美

 

「THE RIVER MUST FLOW」

更新: 2023/11/16
必聴度

「好き」が決まっている人はあえて買う必要がない

表題曲「TOKYO JOE」以外は、二人の合わせて3枚のアルバムのどこかに収録ヴァージョンが収められているので、彼らの「この部分が好き!」と確定している人はあえて購入する必要はない。

  • 購入金額

    3,300円

  • 購入日

    1983年頃

  • 購入場所

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