恐らく日本で最も有名なジャズ喫茶「ベイシー」(岩手県一関市)のマスター、菅原正二氏は恐らく世界で最もSHURE V15 typeIIIを愛用しているであろう人物です。今まで色々カートリッジを使って、部分的にV15 typeIIIを超えているものは沢山あったものの、V15 typeIIIのように全てにおいて丁度良いものには出会えなかったということで、「ベイシー」の店内でレコードを再生する時には必ずこれを使っているそうです。
ただ、SHUREのカートリッジや交換針は率直に言って個体差が大きく、同じ型番でも音が結構違っていることが多いそうです。どのため菅原氏はV15 typeIIIと交換針を大量に買い込み、使ってみて気に入った個体だけを本運用に回すという徹底ぶりだそうです。
近年製品開発に力を注いでいるJICOでは、その菅原氏に監修を依頼し、ベイシーで使えるだけの音を出せるV15 typeIII用交換針の開発に取り組みました。
その成果は500個限定で発売された交換針「VN35MRB」(ベイシーモデル)として結実しましたが、この500個は割合早く完売してしまいました。発売の報を聞いて私も気になっていたのですが、金も無いから後で良いかと思っている内に売り切れてしまったのです。
私以外にもそのようなユーザーが少なからずいたのでしょうか。JICOは第2弾のベイシーモデルを発売しました。初代の「VN35MRB」は針先がマイクロリッジでしたが、第2弾では「VN35MRB II」「VN35EBN」の2種類が発売され、限定1000個のVN35MRB IIは初代と同様にマイクロリッジ針を採用、レギュラーモデルのVN35EBNは楕円針を採用し、同価格での販売となっています。
初代VN35MRBと、今回のVN35MRB IIは全く同じというわけでは無いそうですが、ベイシーで使えるというのであればSHURE純正の良さを残したものであるだろうと思い、限定モデルのVN35MRB IIの方を購入してみました。
元々私はV15 typeIIIを針折れジャンクで購入しているため、オリジナルのSHURE純正針の音は知りませんでした。JICO製の交換針を複数買って差し替えて楽しんでいた程度です。
しかし、随分後になってからですが、純正マイクロリッジ針装着済みのV15 typeIII MRを比較的安く入手することができ、現在は2本体制で使っています。
純正針もVN35MRB IIも、いずれもマイクロリッジ針ですので、実際に音を聴いて比較してみることにしましょう。
決して純正と同じ音では無く、ややHi-Fi傾向
今回はV15 typeIII MRの方のボディーを使って、針先を取り替えながら比較試聴してみることにします。
ヘッドシェルはaudio-technica AT-LT13a、シェルリード線はAnalog Relax AR-LW-RS1、ターンテーブルはTechnics SL-1200G、フォノイコライザーはPhasemation EA-200という環境で聴きます。
なお、そのソースのリファレンスとして普段使っているaudio-technica AT-OC9/IIIで聴いて、それとどのように違うかを一つの目安として聴きました。
AT-OC9/IIIをリファレンスとしている時点で、恐らく世間のV15 typeIII愛好家の方々と私の音の感性はかなり異なっているものと思いますので、それを踏まえてこれ以降の文章はご覧下さい。
実際には他の交換針と同時に試したため、あまり沢山の曲を使うと収拾が付かなくなりそうでしたので、「Chicago / Chicago」(LP「Night And Day ~Big Band」収録)と「Hero / Mariah Carey」(LP「Music Box」収録)の2曲だけに絞りました。
一聴しての第一印象ですが、これまで使ってきたJICO製交換針の中では、最もSHURE V15 typeIII MRの方に近い音を出しているのはVN35MRB IIであることは間違いありません。ただ、全く同じ傾向というわけでもありませんでした。
まず「Chicago」ですが、音場表現など基本的にはやはり似ているといえますが、全体的にアタックへの応答性はVN35MRB IIの方が良好です。VN35MR(SHURE純正針)は製造から年月が経過していますしそこそこ使われていますので本来の性能を発揮できているかは何ともいえませんが、ベースラインの明瞭度やスネアドラムの鋭さなどは明確にVN35MRB IIが上回っています。というより全体的に解像度が高く細かい音が出ているのはVN35MRB IIの方です。残響音など細かい部分もVN35MRB IIの方が明瞭に表現できています。
ただ、面白いことにだからといってVN35MRB IIが全てにおいて好印象かというと、そうでも無いのです。SHURE VN35MRは若干アバウトさがある一方で、ロバート・ラムのヴォーカルに生っぽさが感じられ、ホーンセクションの質感もとても良いのです。シカゴのホーンセクションでいえば、VN35MRではトロンボーンの主張が強めで、VN35MRB IIではトランペットの方が強く感じられます。VN35MRと比べるとVN35MRB IIの方は若干客観的な感じがする音で、恐らくV15 typeIIIを心底好きな人が聴くと何か物足りないと感じる可能性はあると思います。
実際のところベースラインでVN35MRB IIで「ゴン」と響く部分がVN35MRでは「ゴワン」と表現される感じであり、VN35MRの方が付帯音が多いのではないかという気がしますが、この付帯音が上手い具合にヴォーカルやトロンボーンに乗ることで独特の質感が生まれているように思います。M44-7でも感じましたが、SHUREのアバウトさが結果オーライになっているのではないでしょうか。
一方の「Hero」は、純粋な音質以外の評価ポイントがあったために聞いてみました。この曲のヴォーカルはサ行が極端に歪む(サチるなどと表現される状態)のですが、使うカートリッジや針によってその歪み方に差が出るのです。
特殊ラインコンタクト針ながらAT-OC9/IIIは案外優秀で、一部で多少気になるという程度で何とか聴ける水準にまとめてくれます。ヴォーカルの表現や構築される空間など、さすがにそこそこのグレードのMCカートリッジという音が出てきます。
これをV15 typeIII+VN35MR(V15 typeIII MR)に交換すると、ヴォーカルがやや鼻声に感じられ年を取った感じになったり、エコー成分が不足気味ではあるのですが、サ行のまとめ方はAT-OC9/IIIに近い水準でなかなか優秀です。イントロのピアノのタッチは若干不明瞭でしょうか。
針先をVN35MRB IIに交換すると、AT-OC9/IIIほどではありませんがイントロのピアノがクリアになり、音場も明瞭で良いのですが、サ行はかなり豪快に歪みます。ビッグバンドスタイルだったシカゴではよく似た音が出ていたVN35MRとVN35MRB IIですが、マライア・キャリーではかなり印象が変わります。率直に言ってサ行の歪み以外はVN35MRB IIが明らかに上ですが、この部分の印象が強すぎてVN35MRの方がそつなくまとまっているような印象を受けてしまいます。ちなみにJICO製交換針でサ行が最も上手く再生できていたのは、丸針のVN35KUROGAKIでした。
というわけで、VN35MRB IIは基本的傾向はSHURE純正VN35MRに近いものの、より現代的かつHi-Fi基調です。個人的には真っ当な方向性ではあると思うのですが、SHUREオリジナルが醸し出す、アバウトさから来る独特の味はやはり再現できているとは言い難く、この辺りでこの製品に対する評価は変わってくるでしょう。
なお、VN35MRB IIはJICO製交換針の中では比較的値上げ幅が小さく、V15 typeIII向けとして現状最もコストパフォーマンスは良好でしょう。まだ購入可能なようですので、V15 typeIIIのボディをお持ちの方は1つ持っておいて損は無い交換針と思います。
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購入金額
19,800円
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購入日
2021年08月21日
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購入場所
JICO Online
harmankardonさん
2023/05/27
忠実性とか歪とかは,現代的な音ではないですからね.
jive9821さん
2023/05/27
率直に言ってしまえばSHUREやOrtofon SPU、DL-103などは
信仰に近い感じがしています。純粋な実力以上の何かを勝手に
見出しているというか…。
私はアナログだから解像度が低いのは当たり前という感覚は無く、
現代的なカートリッジに良い製品が多いと素直に感じているの
ですが、これは普通のアナログ愛好家とはかなり異なった感覚
であるようです。