現在私の環境でメインのカートリッジとして使っているのは、audio-technica製MCカートリッジ、AT-OC9/IIIです。
この製品は、新品販売価格が針交換価格を大きく下回ってきていたため、予算をやりくりして何とか購入したものでした。結果的にこれは正解で、後継モデルのAT-OC9XSLは希望小売価格こそ大差なかったものの、販売価格では2倍近くとなってしまいました。ダイヤモンド無垢針を使ったMCカートリッジは新品で4万円台が最低ラインとなってしまいましたので、この水準のカートリッジを4万円台で買えることはまずあり得なくなってしまいました。
さて、このAT-OC9/IIIを買うときに他に候補として考えていたのは、同じaudio-technica製ではAT33PTG/IIとAT-ART7、他社製ではOrtofon MC Q20、Phasemation PP-300辺りの、実売価格で10万円を割り込む辺りの製品でした。とはいえ、AT-ART7とPP-300はギリギリ5桁に入ってくる程度でしたが…。
私程度の財力では好みを追求して買えるわけでは無く、予算枠の中で精一杯頑張る程度ですから、AT-OC9/IIIが4万円台まで落ち込んでいたのはとても助かったのです。音質的にもリファレンス的に使うには適したものだったことも幸いでした。
さて、その後AT-OC9/IIIは生産完了となり、AT-OC9Xシリーズ(計5製品)に入れ替わり、AT-ART7も生産完了でAT-ART9XAへとモデルチェンジされ、より価格が上がってしまいました。縁があれば欲しいカートリッジの一つでしたが、実売価格は10万円を大きく超えてしまいとても買える金額ではありません。
そんな中で、偶然見つけたのが生産完了となったAT-ART7の在庫処分価格でした。針交換価格を大きく下回り、ある程度貯まっていた販売店のポイントを使えば約4万円で買える程度だったのです。中古でもまともなコンディションであればとても買えない金額でしたので、今回も無理して買うことにしました。
貼ってある値札シールは値下げ前のもので、今回の購入価格はここから約4割安いものでした。
このメーカーらしからぬ、如何にもアナログな音
現在はヘッドシェルにaudio-technica AT-LH15/OCC、シェルリード線にKS-Remasta KS-Stage301EVO.IIを組み合わせていますが、使い始めでは丁度KS-Remastaさんから試聴機を大量に貸していただいていましたので、KS-VWS-Tempest.I/SR-NVKなどを組み合わせていました。
まず、使い始めでは高域方向の抜けが悪く、低域方向の芯も感じられない、何となくはっきりとしない音でした。何時間か慣らした後で、リード線をKS-VWS-Tempest.I/SR-NVKに交換して本格的に聴き始めました。
いつも通りTechnics SL-1200G+Phasemation EA-200に装着して試聴します。
まずは「New Frontier / Donald Fagen」(LP「The Nightfly」収録)を聴くと、それまでの慣らし運転とは全く異なった音が出てきます。
バスドラムがビシッと決まり、スネアは若干ソフトタッチながらスピード感も良好です。AT-OC9/IIIと比べると中低域~中域の密度が濃く、高域方向の量が減りますが、慣らし運転時の力感に欠けてキレの無い音とは全く異なっていました。
続いて「10 Miles / Champlin Williams Friestedt」(LP「CWF 2」収録)を聴くと、ヴォーカル2人の声の生々しさがAT-OC9/IIIと比べても明らかに上です。中域の密度が濃いため、音場表現も濃厚で素晴らしいものとなります。
ただ、この音は率直に言ってKS-VWS-Tempest.I/SR-NVKの力を借りているという印象は拭えません。それだけ慣らし運転時のKS-LW-1500EVO.Iとの音の違いが大きかったのです。
そこで、リード線の比較試聴が終わった後、新たに購入したKS-Stage301EVO.IIとの組み合わせで改めて試聴します。
まず「One Last Kiss / 宇多田ヒカル」を聴いてみます。
やはりKS-VWS-Tempest.I/SR-NVKと比べると、ハイ落ち傾向が顕著に出てきます。また、低域方向の締まりもやや緩みました。
しかし、宇多田ヒカルのヴォーカルがとても艶っぽく、ハイレゾのダウンロード販売版とトーンバランスがかなり近いAT-OC9/IIIと比べて、いかにも「これがアナログ」という音です。もっとも、単純にソースへの忠実度という意味ではAT-OC9/IIIの方が上なのだと思いますが。AT-ART7の音は正確さよりも濃厚な雰囲気を味わうべきものという印象を受けました。
そこでAT-OC9/IIIで聴くと何か味気なさを感じるようなソースを中心に聴いてみることにします。まずは「Talk To Me / Stevie Nicks」(LP「Rock A Little」収録)を聴くと、この狙いが見事に当たります。スティービー・ニックスの声は独特のコケティッシュさが表現されないと単にしゃがれた声に聞こえてしまうのですが、AT-ART7ではその魅力が見事に表現されます。この曲はAT-OC9/IIIよりも圧倒的に良好です。
続いて「聖母たちのララバイ / 岩崎宏美」(LP「Technics Audio Inspection Vol.8」収録)を聴くと、こちらはAT-OC9/IIIで聴くよりも岩崎宏美がベテラン歌手に聞こえます。当時はベテランと呼べるほどのキャリアでは無かったはずですので、AT-OC9/IIIの若々しい表現の方が正解だと思うのですが、AT-ART7では歌声に安定感が出てきます。
「And So It Goes / Billy Joel」(LP「Storm Front」収録)ではビリー・ジョエルの声に太さと柔らかさが出てきて、ピアノの左手方向に厚みが出ます。ピアノの音はAT-OC9/IIIとの差がわかりやすく、左手方向の厚みと倍音成分の豊かさはAT-ART7、右手方向のアタックの鋭さと透明感はAT-OC9/IIIという感じです。恐らくレコード愛好家の8割以上の人には、AT-ART7のバランスが好ましく感じられるのでは無いでしょうか。個人的にはAT-OC9/IIIのようにハイレゾと真っ向から張り合う音にも魅力を感じますが…。
AT-ART7はどうしてもロック系の楽曲でハイハットの音がやや引っ込んでしまう(この辺りの帯域がやや落ちる)傾向がありますので、例えば「The Seventh One / TOTO」のようなソースではAT-OC9/IIIに及びません。ただ、ヴォーカルの質感やエコー成分の淀みのなさなど、空芯型のこの製品ならではという良さは確かにあります。
出力が小さく、ノイズが乗りやすいことに注意
音質面では十分に魅力のあるAT-ART7ですが、空芯型MCカートリッジならではの弱点があります。
この製品の定格出力電圧は0.12mVと極めて小さく、0.4mVのAT-OC9/IIIよりも大幅に音量を上げる必要があります。そのため、AT-OC9/IIIでは気にならなかったようなノイズ成分がかなり気になってきます。実はKOJO Crystal Eを使っての飛び込みノイズ対策に本腰を入れたのも、このAT-ART7で今まで以上にノイズが気になるようになったことが影響しています。
プリメインアンプ内蔵のフォノイコライザーでは恐らく本領を発揮させるのは困難でしょう。本音からいえば私が使っているPhasemation EA-200でも、良質な昇圧トランスを挟んで使った方が正しいような気がするほどです。現実問題としてはなかなか難しいところですが…。
また、現在のリード線KS-Stage301EVO.IIでも勿論全く悪くはないのですが、以前組み合わせていたKS-VWS-Tempest.I/SR-NVKの鮮烈な印象が残ってしまっていて、どうしても何かもう一歩という気がしてしまっています。このカートリッジを本気で使いこなそうとすると、またかなりの出費を強いられそうですので、程々のところで踏みとどまっておこうと思います。
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購入金額
55,600円
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購入日
2021年03月28日
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購入場所
ヨドバシカメラ
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