所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。バンド経験者からすると、音楽の醍醐味の1つは人と人のインスピレーションの交流です。一人のプレイヤーが仕掛ける今まで採ったことがないソロフレーズのライン、それに呼応する他楽器、さらにリズムも反応し、より新しい展開へ発展する...そんな一瞬の呼応があると、ステージやスタジオで、笑顔でプレイしたものです。そんな瞬間のやりとりと、作編曲された曲の精密・正確な再現と、この2つの間のバランスはジャンルによって異なります。ロック・ポップスとジャズという再現と即興それぞれに力点があるジャンルの中間にある「フュージョン」というジャンルの中でのそれぞれのグループ(アーティスト)に期待される立ち位置、というものを感じた作品をご紹介します。
T-SQUARE。言わずと知れたジャパニーズフュージョンのビッグネーム。1980年前後のフュージョンブームを支えたバンドで、彼ら以前のバンドは全て消滅か解散、活動休止しており、同時期人気を三分したバンドの中でも、CASIOPEAは一時期(2006~2012年)活動停止時期があり、NANIWA EXPRESSも1986~2001年の解散期間があるため、継続して活動している日本のフュージョングループでは最長の歴史がある。
彼らの立ち位置は、他の2グループと比較するとポップでロック色が強い。つまり、わかりやすいメロディや構成で、親しみやすさを出しながらも、実は高度なことをやっているという曲が多い。テンションコードやスケールの選択が面白く、理論的に作曲しました、という感じが強いCASIOPEAとも、粘るビートを根底に各人の熱量を力でぶつけあってできあがったような、猥雑なエネルギー溢れるNANIWAとも違う、きちんと計算された様式美、水戸黄門のような「収まるところに収まる」据わりの良さが、T(HE)-SQUAREの特徴。ジャズの即興性よりは、よく練られたポップスの方程式が芯にあり、そこに各プレイヤー個人の高い演奏技術が曲を彩る。
そんな彼らの2010年リリースの36枚目のアルバムが本作、“時間旅行”。
このときのメンバー構成は、2020年現在T(HE)-SQUAREの歴史で最長となった組み合わせで、リーダーでギター担当の安藤正容、最初期のメンバーで、一時期離脱していたが、出戻ってフロントマンを務めるサキソフォニスト伊東たけし、一時期バンド形態を解消して、安藤と伊東のデュオユニットだった時代からT-SQUAREを支えるキーボーディスト河野啓三、そしてあの“手数王”菅沼孝三に師事した新人類ドラマー坂東慧。これに、もはや準メンバーと言って良いほど最近は固定のサポートメンバーになっているベーシスト田中晋吾が加わる。
ただ今は15年もの期間固定のこのメンバーも、この頃はこのメンツになって5年。この作品に若干の迷いが感じられるのは自分だけだろうか。
オープニングナンバーの「Fantastic Story ~時間旅行~」。まさに王道のT(HE)-SQUAREサウンド。明快で覚えやすいEWIのメロディライン、サビになってギターがユニゾンで加わり、メロディラインに張りを出す。ハーフオープンハイハットの4つうちでリズムはロックの方程式に乗っていながら、流麗なピアノラインが美しい、まごうことなき「スクエアサウンド」。でも意外なことに作曲者は、比較的新しいメンバーである河野。ただ、河野は加入前から「T(HE)-SQUAREのファン」だったらしく、そのぶんよく研究がされているということなのか、実に落ち着くオープニング。
続く「Morning Delight」は、曲そのものはやはり「スクエア」なのだが、音が新しい。メロディラインを執るシンセの音がチープなゲームミュージックのような音。この曲だけ、ベースの田中が参加しておらず、シンベなのも風合いが違う。途中で出てくるサックスの音やヘヴィめなギターの音もあまり空間系エフェクトのお化粧がなく、ソリッドな感じ。一方そのハードめのギターソロのあとを受けるキーボードソロは「ザ・シンセの音」という感じのちょっとかわいらしい音なので落差が面白い。これは坂東クンの曲。
今までのと違って、ラシクないのが例えば「Cosmic Pancake」。「スクエアの方程式」に乗っていない。比較的わかりやすいリズムに、ゴージャスなコードによる味付け、その上に明快なメロディが乗ってイントロやサビと言った目立つ部分はサックス(もしくはウインドシンセ)とギターのユニゾン、というのが彼らの「必勝パターン」なのだが、この曲は結構違う。リズムは4拍目裏にスネアが入るような複雑なリズムで、無論坂東くんの正確無比なリズムでノリの崩れはないのだが、頭で考えなければならない感じ。メロディも担当が結構あやふやで明確でなく、Bメロのリズムが弱くてギターのみが目立つ部分を挟んで、サックスとギターのユニゾンのサビに行くのだが、いつもは音色の相性も良く、タイミングもバッチリでまさに1つの楽器のようなユニゾンとなっているのだが、2つの楽器が完全に感じられ、ダブリングのような「別々感」が感じられる。実はこれがメインコンポーザー安藤の曲。
今までの「T(HE)-SQUARE路線」は若い二人に任せて、ベテラン二人は新境地開拓ということなのかもしれないが、いつもの水戸黄門的様式美がなく落ち着かない(伊東の曲も、そう)。
どうしたのかと思っていたら、彼らへのインタビュー記事でなんとなく答えがわかった。どうやらこの作品、今までのようにデモソングの完成度を上げずにモチーフを持ち寄って、そこから練り上げて製作したらしい。今までの彼らは、作曲者がほぼ完璧なデモテープを作成してきて、そこからブラッシュアップを図るという感じで曲を創っていたらしい。それが本アルバムでは、自由度を増すために、あえて完成品のデモテープを作らず、主題だけを持ち寄ってその場で作り上げるという手法を採ったらしい。
しかし、T(HE)-SQUAREはフュージョンバンドの中ではもっともジャズ的インプロヴィゼーションから遠い立ち位置で、どちらかと言えば完成された楽曲を高いテクニックで再現する、という面が優勢なバンド。なまじアレンジを現場で行ったために、多少の新規性と引き換えに安定感と緻密さまで喪ってしまった感じ。なんとなく、T(HE)-SQUAREへ抱く予定調和が崩されたというか、落ち着かないというか。水戸黄門の印籠が出てくるまえに、助さん格さんが大暴れしすぎて悪玉親分を早々に気絶させてしまう感じというか。
フュージョンというジャズのテイストが入ったジャンル。フュージョングループの中には、毎度のソロが違うような即興性重視のグループもある。一方、T(HE)-SQUAREはポップスの方程式に乗ったインストバンドの側面が強い。
それは各人の持ち寄る楽曲の完成度に支えられていたんだなぁ、と感じた作品でした。
初回盤三方背BOX仕様。左端のは「SQUAIRLINE」のステッカー
【収録曲】
1. Fantastic Story ~時間旅行~
2. Morning Delight
3. A Little Way Off
4. Ocean Express
5. Behind Lavender
6. Cosmic Pancake
7. World Star
8. Wild River
9. AiAiSa
10. MJ
「Fantastic Story ~時間旅行~」
「T-SQUARE」というバンドの立ち位置からは...
求められるのはこの路線ではないのかも。
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購入金額
3,045円
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購入日
2010年頃
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購入場所
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