現在私の環境でレコードを再生する際に、最もよく使われているカートリッジは、audio-technica AT33Rです。
しかし、製造から現時点で16年以上経過していますし、恐らく再生時間も少なくとも数百時間、下手をすればこのカートリッジの針先であるML(マイクロリニア)針の想定寿命である1,000時間くらいは既に使っているかも知れないほどであり、まだ直ぐに交換を要するほどでは無いものの、そろそろ代替機を探すべきタイミングとなっていました。
音質的には以前購入したZYX R50 Bloomなどもなかなか良いのですが、ある程度盤面が荒れた中古レコードでも無難に鳴らすという柔軟性はなく、この辺りで大手老舗であるオーディオテクニカの強みが目立っていました。
先日オーディオ周辺機器・用品を手掛けるSAECの試聴会を覗いてきたのですが、そこで著名オーディオ評論家の方のお話で、今後レコード針は原材料の関係でますます値段が上がるはずというものがありました。AT33Rは発売当時8万円(税別)で、その半額以下という処分価格で購入したものでしたが、今となっては同価格帯でAT33Rに匹敵するほど金がかかったカートリッジはまず見かけません。現時点でも当時よりはかなり値上がりしてしまったのに、それ以上となると庶民にはますます手が出ない領域となってしまいます。そこで現時点で比較的手頃な価格帯で、ある程度しっかりと作られた製品ということで、オーディオテクニカ製品としてAT-ART7、AT33Sa、AT-OC9/III、AT33PTG/II、他メーカーとしてOrtofon MC-Q20、Phasemation PP-300辺りのどれかを買っておこうと思っていました。
その中で、AT-OC9/IIIの実売価格が一部販売店で妙に下がっていることに気付きました。使い古した旧製品との差額交換システムである、所謂「針交換価格」よりも通常の新品の方が安い状態となっていたのです。予算に余裕はないタイミングではありますが、この辺りで手を打っておかないとさらに割高になりそうな気がしたので、多少無理してでも買っておくことにしたのです。
実物を見て初めて気付いたのですが、このAT-OC9/IIIには何故か3年間という長期のメーカー保証が付いています。近い価格帯の他の製品は1年間の筈なのですが…。この辺りは発売時点ではレギュラー製品としてフラッグシップモデルという位置付けだったためでしょうか。
このケースは長らく変わっていませんね。いかにもオーディオテクニカのカートリッジを買ったな、という気分になります。
細身(φ0.26)のソリッドボロンカンチレバーに、極小の特殊ラインコンタクト針(40μm×7μm)という極めて高い精度が要求される組み合わせを、常識的な値段で量産できるのはさすがオーディオテクニカといえるでしょう。並の少量生産メーカーでは、少なくともこの数倍の価格を取らなければとても作れない仕様です。
型番はヘッドシェルに装着してしまうと完全に見えなくなりますので、この角度も写真に収めておきました。
ヘッドシェルは、先日先に掲載したaudio-technica AT-LH15/OCCを組み合わせました。特にシリンダー位置を調整しないでも、オーバーハング長は51mm少々となり、KENWOOD KP-9010の指定値である51.2mmにほぼ合っていますので、このまま使うことにします。
水平方向は大体問題ないのですが、前後のバランスがやや傾いています。要はアームの高さ調整がやや合っていないということです。ただ、他のカートリッジとの兼ね合いもありますので、これも無調整で使うことになります。TechnicsのSL-1200Gのように手軽に調整できる機構があればきちんと合わせるべきであることは言うまでもありません。
予想以上に力感があるが、やや素っ気なさも
差し当たってリード線はAT-LH15/OCCに付属している、AT6101相当のPCOCC線をそのまま使います。プレイヤーは前述のKENWOOD KP-9010、フォノイコライザーはPhasemation EA-200という組み合わせで聴いてみました。ちなみにAT-OC9/III自体にもリード線は添付されていますが、こちらもAT6101相当と思われるものですので、どちらを使っても結果は同じでしょう。
一応合計10時間程度使った後の状態で試聴を行っていますが、もう少し音が変わる可能性はありますので、以下の音質評価はあくまでその時点での印象とお考えください。
まず意外だったのは、低域方向の力強さや深さはAT33Rを明確に上回っているということです。そして高域方向の透明度や緻密さも見事なもので、今まで使ったカートリッジの中でも高域方向の再生能力は間違いなく最上級といえるものです。
ただ、AT33Rはヴァイオリンやピアノ、アコースティックギターに独特の艶や生々しさがあり、それが結果としてとても魅力的な音に仕上がっていました。それと比べるとAT-OC9/IIIは良く言えば万能型、悪くいえば無個性という音に感じられてしまいます。
例えば「I.G.Y. / Donald Fagen」のようにオーディオ的な正確さが生きる楽曲では素晴らしい鳴りっぷりをみせるのですが、「Shape Of My Heart / Sting」ではスティングの歌声も、バックのアコースティックギターの音色も、妙に淡泊に感じられてしまうのです。鳴らし始めよりはある程度時間が経過した後は改善してきているのですが、鳴らし込んでも恐らくAT33Rのような魅力を醸し出すことは難しそうに感じられます。
とはいえ、S/N比の良さやレンジの広さ、解像度の高さなどオーディオ的な正確さはこの価格帯のカートリッジとしては群を抜いているでしょう。ガレージメーカーや少量生産メーカーであれば別ですが、この分野では世界的に見ても大手といえるオーディオテクニカの製品としては、製品の方向性は決してこれで間違っていないと思います。
確かに現時点での音は無個性かつ淡泊ではあるのですが、これはリード線を交換するなどすれば、ある程度は改善出来る余地があります。基本性能が高いだけに、使いこなしで好みの方向に持っていける可能性も充分にある筈です。
今となっては最高レベルのコストパフォーマンス
私自身としては、音質面では必ずしも完全に満足しているわけではないのですが、それでもオーディオ的に質の高い音をこれだけきちんと出せるということは、この製品の基本性能が極めて高いことの証明と考えられる訳で、さすがにオーディオテクニカらしい真面目な仕事をしていると感心させられます。
私が特に感心したのは、一般的にレコードが苦手とするヴォーカルのサ行の音です。AT33Rを含むこれまで使ったどのカートリッジよりも濁り無く綺麗に再生されるのです。コンディションの良いレコードを再生する限りはデジタルソースと比べても遜色ないほどで、ノイズが入っていなければこれがレコードの音だとは気付かない人もいそうな気がします。
また、極めて微細な高精度の針先でありながら、意外と盤面が荒れたレコードも無難に鳴らしてみせるのもオーディオテクニカらしいところです。さすがに丸針のDENON DL-103Rには及びませんが、多少コンディションが劣っている程度のレコードであれば、AT-OC9/IIIでも充分実用レベルで再生してくれますので。
前述した「無個性・淡泊」というのはどちらかというとリード線のAT6101(相当品)のキャラクターであり、他のリード線に替えることである程度は改善できそうな気もしています。これは後日交換して改めてその結果を掲載したいと思います。
現時点で実売価格5万円以下のカートリッジ自体の選択肢は極めて乏しくなっています。その中でしっかりと基本を抑えて作られた、技術的な水準の高い製品というだけでもAT-OC9/IIIの存在意義は極めて大きいものがあります。
気がかりなのはこの実売価格の急な下がり方が、製造打ち切りによるものではないかという可能性を感じることで、そうでは無いことを祈りたいと思います。
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購入金額
49,110円
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購入日
2019年02月15日
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購入場所
逸品館
harmankardonさん
2019/03/05
jive9821さん
2019/03/05
カートリッジはMCでもMMでも、驚くほど個性がはっきり出るものと思っています。オーディオテクニカの製品はあまり極端な個性は持っていない場合が多いのですが、少量生産メーカーなどは高額な製品でも個性が強すぎて使い勝手が悪いものも多くあります。
一般的にアナログへの造詣が深い人ほど、このAT-OC9/IIIのようにデジタルソースに通じる音質を持つ製品を過小評価する傾向があるのですが、このように基本性能が高い製品を比較的良心的な価格で提供しているという事実は高く評価されて良いと思っています。