一時期3ヘッドカセットデッキは色々と所有していましたが、導入第1号機となったのはこの製品でした。
1987年発売の製品で、この年には各社からそれまでの印象を大きく覆すような力作高級カセットデッキが多数発売され始めます。
それまで何故かカセットのメカ部をデッキの右側にレイアウトすることにこだわっていた日本ビクターは、オーソドックスなレイアウトと大量の物量を投入したこのTD-V711を、ヤマハはそれまで10万円を大きく超える価格帯に展開していたK-1X系を踏襲しつつ、よりリファインしながら大幅に価格を下げたKX-1000を、そしてパイオニアは先代のCT-A7Dよりもさらに価格を下げつつ内容を大幅に強化したT-818をそれぞれ投入し、高級カセットデッキ界に新風を送り込みました。
これに追随する形で他社も次々と力作を投入したことから、1988年~1990年辺りには各社を代表する名機が数多く生み出されることになったのです。もっとも、それ以降はオーディオバブルの崩壊もあり、この分野はあっという間に衰退していき、デジタル化への波と合わせて高級カセットデッキ自体が姿を消すことになってしまいましたが…。
私が今でも使っているのはその時期の名機の一つである、EXCELIA(AIWA) XK-009ですが、カセットデッキを2台体制で使っていた頃には、もう一台としてTD-V711を組み合わせていました。
他に使っていた3ヘッドデッキの内、現在でも家に残っているものについては後日改めて取り上げたいと思います。
随所に見られるこだわり
カセットホルダー内に見られる「sa/am」という文字は、磁気ヘッドの素材を表しています。saとは「Sendust-Alloy」のことで、当時最良の磁気特性を持つといわれていたセンダストヘッドを録音側に採用していることを表しています。一方のamとは「Amorphous」(アモルファス=非晶質)を表し、素材の組成自体は一般的にオーディオ用として用いられていたパーマロイに近いものの、原子が不規則に並ぶことで高い結合力による強度と、優れた磁気特性を両立することができる性質を持つというもので、これを再生ヘッドに採用することで、それぞれの用途に最適な特性を発揮するという理屈でした。
センダストは特性の優秀さは認められていたもののコストが高く、採用するカセットデッキは限られていました。実は日本ビクター自身も後継機となるヒットモデルTD-V721以降はセンダストを採用せず、改良型アモルファスヘッドである「ファイン・アモルファス」ヘッドを録音・再生の双方に採用するようになります。
また、電源や筐体、基板設計にもこだわりをみせた結果、本体重量約10kgという重量級のカセットデッキとなっています。もっとも、これは本体底面に取り付けられた、剛性の強化と重心を下げることを目的とした1kg以上となる高密度パーチクルボード「SOLID BASE」による部分も小さくはありませんが。
各所に豊富な物量と凝った構造を施した結果として、旧世代のカセットデッキとは一線を画す情報量を得ていたといえます。もっとも明確な弱点もあり、ノイズリダクションを全てOFFにしたときには高域方向もかなり緻密に出てくるのですが、DOLBY NR用のICがあまり良いものではなかったらしく、DOLBY BまたはCNRを併用すると明らかに高域方向の緻密さと立体感や密度を失ってしまいました。この辺りはDOLBY NR併用でむしろ真価を発揮する、前述のXK-009とは対極でした。
また音質的な次元が高く凝ったメカであったことの弊害として、ヘッドの調整に対して恐ろしくシビアなデッキでもありました。通常多くの3ヘッド機では構造的に録音・再生のヘッドが独立していても取り付けは一体で行われるコンビネーションヘッドを採用することが主流だったのですが、このデッキは完全に独立した3ヘッドであり、録音ヘッド・再生ヘッド双方に厳密な調整をする必要がありました。結果としてメーカーのサポート部門ではデッキの実力に対して十分な調整をすることが出来ておらず、現在使っているこのデッキも自力で調整を追い込んで(16KHzのテストトーンで調整)います。出荷時点での調整も決して厳密ではありませんでしたので、真価を発揮出来ないまま使われたこのデッキも多かったのではないかと思います。
きちんと調整さえされていれば、総合的にXK-009には及ばないものの、かなり近い次元に達することが出来た製品であり、絶大な人気を誇った評論家、故長岡鉄男氏が絶賛したのも肯ける力作です。
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購入金額
85,000円
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購入日
1988年頃
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購入場所
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