私がカナル型のイヤフォンを本格的に使うようになったのは、JH Audio × Astell&Kern Michelleを購入した2017年4月からでした。
それまではあまりメインとなる1本を定めていませんでしたし、世間で出回っていたカナル型に納得出来ずaudio-technica ATH-CM7Tiというオープンエアタイプのイヤフォンを中心に、素材違いのATH-CM7やSENNHEISER MX760等をローテーションしながら使っていました。Michelleを入手したことで初めて軸となるメイン機という存在が出来上がったわけです。
Michelleは現時点でも十分満足しているほどに気に入ったイヤフォンでしたが、メインとして使ったのは約1年間となります。何故かといえば、Michelle入手から1年後、私にとってはより魅力的だったイヤフォン、64AUDIO U4を入手したからです。
U4は露骨なローブーストモデルで扱いにくさはあるのですが、格安処分品を見つけた際に展示機で試聴させていただいたところ、それまでに使ったイヤフォンとはヴォーカルや楽器の質感が別物に良かったのです。一聴して多すぎる低音を押さえることさえ出来れば素晴らしい音になるだけの下地があると直感しました。
その後ケーブルやイヤーピース、最終的には64AUDIO独自のapexモジュール(後述)の入れ替えなどあらゆるカスタマイズを重ねた結果満足度の高い音が得られ、結果的に約6年メインのイヤフォンとして使い続けることとなりました。勿論現時点でもU4は快調で、積極的に入れ替えるほどの理由はありませんでした。
私はポタフェスやヘッドフォン祭などのイベントには頻繁に足を運んでいて、気になる製品は価格を問わず音を確かめていますから、当然これまでにU4の音を明らかに凌ぐような製品には何度も出会っています。ただ、私は家の中ではヘッドフォンやスピーカーを使うためイヤフォンの使用頻度がそこまで高いユーザーではありませんので、実売価格で10万円を超えるようなイヤフォンはいくら気に入っても買うつもりはありませんでした。そこに使う予算があるのなら他に回すという考えです。そうなると「U4より良いけどここまでの金額は払えないな」というものばかりだったわけです。
私が誰かに「U4の入れ替えなら何を買う?」と質問されたの答えは、ここ数年「Technics EAH-TZ700か64AUDIO U6t。でもどっちも10万円を完全に超えてるから現実的には買えないと思う」でした。逆に言えばこのどちらかが新品で10万円を割っていれば真剣に買うつもりでいたということです。
そして今月に入ってそのまさかの事態が起きました。ヨドバシカメラの通販サイト「ヨドバシ.com」で、64AUDIO U6tが10万円を割る価格で数日間だけ販売されたのです。ヨドバシカメラのポイントは万単位で貯めていましたから、これなら負担額はもっと軽くなるということで、念願叶ってU6tを入手することが出来ました。
私にとってはU4,U3,U2に続く4本目の64AUDIO製イヤフォンです。基本的に高額な製品が中心なブランドなのですが、最下位のU2以外は全て新品購入です。まあ、全てヨドバシカメラで半額以下の処分価格で売られた際に購入している訳ですが…。
パッケージ裏に正規代理店のミックスウェーブ発行の保証書が貼付されていますが、実際にサポートを受ける際には保証期間終了後も含め購入証明が必要となるので注意が必要です。以前U3が故障した際にレシートを引っ張り出すのに苦労しましたので…。
単品価格で1万円超えのapexモジュールが3種類同梱
早速開封の儀と行きましょう。
U4/U3/U2の時代は割合小型のシンプルな箱だったのですが、他社が高価な製品で過剰なまでの演出をすることが多くなった影響でしょうか。それなりに立派な箱に入ってくるようになりました。まあ、qdc WHITE TIGERの竹箱のような凝り方ではありませんが…。
箱を開けてみましょう。
演出の仕方が何となくAstell&Kernっぽいような気がしなくもありません…。
イヤフォン本体はケーブル装着済みで収納されています。U4なども基本的に黒一色でしたが文字やメーカーロゴは白でした。しかしU6tではフェイスプレート内の64AUDIOロゴが銀色である他は黒またはダークグレーで統一されています。シックといえばシックですが少し味気ない感じは正直ありますね。
セミハード型のイヤフォンケースが付いてきますが、ここに添付品が収納されています。
ケースの蓋部分にすっぽり収まる形で、このイヤーピース保管具が用意されています。用意されているのは
・TrueFidelity Foam Ear Tips
・SpinFit Silicone Ear Tips
・Silicone Ear Tips
の3種類であり、これがS/M/Lの3タイプ用意されています。私はU4では元々Silicone Ear TipsのSを使っていたのですが、後によりしっくりくるものを求めてAcoustune AET07やAZLA Sedna Earfit VIVIDのSサイズを組み合わせていました。
しかし試しにU4で使っていたSedna Earfit VIVIDをつけてみると、U6tはシェルがU4よりもかなり大きくなっている分装着感がしっくり来ず、結局現時点ではAZLA Sedna Earfit XELASTECを組み合わせています。恐らく純正を使うことは無いような気がします…。
こちらはapexモジュールです。apexは「Air Pressure Exchange」の頭文字を取って命名されたもので、イヤフォンが発生させた音圧(=空気圧)をある程度外部に逃がすことで耳の疲労蓄積や難聴のリスクを軽減すると共に、この外部に逃がす空気量をモジュールによって可変させることで音質的なチューニングを可能とする、64AUDIOの独自技術です。出荷状態ではapex m15 modulesと呼ばれる-15dBのノイズアイソレーションを可能とするモジュールが本体に装着されています。写真左側の銀色はapex m20 modules(-20dBアイソレーション)、右側の黒色は「apex MX modules」(-10dBアイソレーション)となっていて、遮音効果が高いモデルほど低域が強く出るようになっています。ちなみにapexモジュールを抜いた状態で音を出すと低域方向がスカスカになります。要はapexモジュールを利用することでイヤフォンを密閉型ではなく半開放型にして、その開放具合をモジュールによって変化させているということです。実際私は外出時にapex m15 modulesを装着したU4をよく使いますが、他の密閉型イヤフォンと比べると外の音が聞こえやすいことがわかります。私は外出時に使うイヤフォンでは状況がわかる程度に外の音が聞こえるべきという考えですので、apex対応のイヤフォンはその意味で好ましいと考えています。
これ以外にはクリーニング用ブラシとケーブルクリップが同梱されています。希望小売価格20万円クラスのイヤフォンとしては割合少なめで、実用最低限の添付品という感じでしょうか。
一見普通のイヤフォンだが様々な技術が駆使されている
64AUDIOのイヤフォンでは先述のapexが最も特徴的な技術ではありますが、この世代となってから更にいろいろな技術が投入されるようになりました。特に重要なキーワードは「tia」と「LID」です。
まず「tia」はTubeless In-Ear Audioの頭文字から命名されたもので、BAドライバーを搭載するイヤフォンでは必ずと言って良いほど存在する音導管を排除して、チューブレス構造によりドライバーが発した音を耳まで直接届けるように作られたものを指します。これは主に高域方向での音質改善が顕著であることから、高域側ドライバーで採用されることが多くなっている技術です。「音導管を廃すことで音導管内部で起こる音の共鳴問題やフィルター(ダンパー)を使用する事による音の減衰問題など、音質を劣化させる要因を排除することができる」と説明されています。またtiaドライバー以外のBAドライバーについても、単一の大口径音導管に接続することで不要な振動を排除できると共に、この音導管をアコースティックチャンバーとして機能させ、音質的なチューニングも行うようにしているとのことです。
次に「LID」ですが、これは「Linear Impedance Design」の略で、接続されるアンプやプレイヤーに関係なく、インピーダンス特性を一定に保つように設計されていることを意味します。実際私がよく「ドライバーが多すぎるイヤフォンは音のフォーカスが定まらない」と評することが多いのですが、これは単に物理的な配置だけではなく、このインピーダンス特性の乱れから音の位相が狂ってしまうことでそう感じることが多いようなのです。実際ほぼ同じ技術で設計されている64AUDIO製BAドライバー18基搭載のU18sは私の耳に特に不自然には感じられませんでした(U4と同世代のU10などでは不自然さを感じていました)から、このLIDの聴感上の効果は大きいものがあるのではないかと思っています。
私が64AUDIOの最近の製品を大体どれも気に入っているのは、apexを筆頭とするこれらの技術がきちんと製品の出来に活かされるようになったことが大きいと思っています。
U4の持っていた良さは引き継ぎつつ、グレードは大幅に上がった
まず率直に言いますが、ケーブルについては標準添付品は使いません。最初に音出しをした時点ですぐにわかりましたが、このケーブルは低域方向を妙に「盛って」しまうのです。これではU6t自身の素性の良さが活きませんから、ファーストインプレッションを書く時点ではBrise Audio ASUHAを組み合わせました。イヤーピースはAcoustune AET08です。プレイヤーは私のメインDAP、Cayin N6ii/R01を使います。U6tのapexモジュールはm15のままです。
実は私はU6tが正式リリースされる前、カスタムIEMのA6tの試聴用サンプルとして存在していただけの時代からU6tの音は高く評価していました。実際にU6tがコンシューマモデルとして正式リリースされるまでに細かいブラッシュアップ等は行われていると思うのですが、基本的には私が使っているU4の順当なアップグレードという感じです。アナログレコードから起こしたソースのヴォーカルや楽器の質感をとてもよく表現するのはどちらも共通ですが、より音場が広く立体感も出てきますし、U4と比べても間接音がリアルかつ豊かなのです。濃厚な空間でありながら解像度も十分にあり、AdPower Sonicでチューニングした状態であってもU4はU6tに及びません。
写真では「Aria / Champlin Williams Friestedt」を再生していますが、ジョセフ・ウイリアムスのヴォーカルの実在感が大幅に向上していますし、コーラスに肉声感が出てきて音の説得力がまるで違います。
ただ、残念ながら幾つか問題点も見えてきました。まず率直に言ってASUHAとU6tの相性は決して良くありません。双方が強めに表現する帯域が重なってしまう結果、中低域の辺りに妙に厚みが出てきてしまうのです。念のためapexモジュールをMXモジュールに替えてみましたが、apexモジュールで変化する帯域とはきちんと合わないようで、今度は妙に音場の濃厚さが減衰してしまいます。また、イヤーピースもAET08ではシェルの耳への収まりがあまり良くなく、簡単にずれてしまいます。
そこでケーブルをU4と組み合わせていたWAGNUS. Petit NEUTRON Lilyに、イヤーピースもAZLA Sedna Earfit XELASTECに交換します。またエージングを兼ねて長時間連続再生するため、PCに接続しているUSB DAC、Chord Hugoで再生する形とします。
ある程度の勝算があってこの組み合わせに替えたわけですが、これは見事に正解でした。XELASTECにしたことで装着が一気に安定しましたし、ケーブルを交換したことで若干情報量は減ったものの音場は濃厚さだけではなく見通しの良さも出てくるようになり、また中低域の妙な厚ぼったさが綺麗に解消しました。
普段イヤフォンでそれほど楽しめるとは思っていない「The Newest Play Bach Volume.1 in Digital Recording / Jacques Loussier」の様なソースでもしっかりと音楽の世界に没頭できるだけの音を出してくれますし、「ICONIC / David Garrett」のヴァイオリンの質感も今までのイヤフォンではとても望めなかった次元に達しています。U6tはU12tの弟分として開発されたと説明されているのですが、個人的にはU12tよりもずっとしっくりきます。
当然普段よく聴く洋楽ロック「TOTO IV / TOTO」「Born For This Moment / Chicago」辺りは何度も聴いてみましたが、長時間リスニングで使うヘッドフォン、SENNHEISER HD650 / HD6XXと比べても全く引けを取らない快適なリスニングサウンドですし、それらのヘッドフォンよりは圧倒的に緻密な、高性能イヤーモニターらしい音が楽しめます。傾向としてはリスニング向けの音であるのは間違いありませんが、きちんと聴き込めばオーディオ的な性能も十分に出ています。自分でチューニングを追い込みさえすればモニターイヤフォンとしても十分使えるはずです。
ただ、性能が大幅に上がったことによる副産物もあります。それは再生機器のクオリティに対して今までに無くシビアになってしまったということです。
上記のChord Hugoであれば素晴らしい満足度なのですが、私が所有するDAPの上位クラス(Cayin N6ii/R01、Cayin N6ii/T01、Astell&Kern SE100、iBasso DX300)のどれに繋いでもHugoからの落差が極めて大きくなってしまいます。今までのイヤフォンでもさを感じないわけではありませんでしたが、ここまで絶望的に違うかと思わされてしまいます。
更にいえばケーブルのWAGNUS. Petit NEUTRON Lilyも傾向的な相性は文句ないのですが、部分部分で何となく安っぽさが出てしまいます。これは先日ヘッドフォン祭miniのWAGNUS.ブースで約倍額のケーブル、NEUCLEONを使わせていただいたところ、Petit NEUTRON Lilyと同等の相性の良さを保ちながら性能を大きく上げることが出来ましたので、将来的にはこの辺りのケーブルが必要になりそうです。
カスタマイズ必須。標準添付で固めても本領が発揮できない
ここまでで明らかなように、まずケーブルを替えない限りは「64AUDIOって昔からやたらローブーストだよね」で終わってしまう危険性があります。低域の量感が不足しているイヤフォンと組み合わせると64AUDIO純正ケーブルも結構良く鳴ってくれますので、そのようなイヤフォンに使うために置いておくと良いでしょう。
apexモジュールはもっともバランスの良いapex m15が装着されていますが、ケーブル次第でこれとapex MXのどちらを使うか決めると良いでしょう。低域マニアの人でなければapex m20を使う機会はあまり無いと思います。WAGNUS. Petit NEUTRON Lilyではm15で良かったのですが、Beat Audio VermilionではMXの方が好相性でした。ただMXはU6t本来の持ち味である濃厚さを削いでしまう傾向がありますので、使いどころは意外と難しいですね。日本では単品販売されていないm12モジュールがあれば面白そうなのですが…。
清水の舞台から飛び降りた価値はある
より高性能なケーブルを入手するまで完成形ではないのですが、現時点でも私が所有するイヤフォンの中では最も私が望む音に近いレベルに達しているのはU6tです。J-Pop・アニソン系の音を聴くのであれば必ずしも理想型ではないかも知れませんが、私が普段聴く音楽の範囲であれば上位製品と比べても理想に近いのはこちらというほどにしっくり来るのです。
表現力が非常に高いので小音量でも十分に音楽に浸ることが出来ますし、音量を上げて本気で聴けばオーディオ的な性能も十分に高いことが理解できます。実はこのイヤフォンを持って足を運んだヘッドフォン祭miniで、とある代理店の方の依頼でかなり本気で音質評価を行ったのですが、ほんの僅かな差異をU6tは見事に描き出してみせました。
販売店のポイントも併用したとはいえ、私にとってはかなり重い金額ではありましたが、その金額を払ったことに後悔はない程度に満足できました。生憎この販売価格はほんの数日で終わってしまい、現在は通常価格となるほぼ2倍の値段となってしまいました。もう一度この価格帯で販売されるとすれば、この製品の製造が打ち切られた後でしょう。
私にとって最も長期間常用し続けた愛機であるU4に取って代わることが出来る存在は、このU6t以外に無かったんだろうなと改めて確信できました。
新しいイヤフォンを欲しいと思わなくなった
私としては過去最高額のイヤフォンでしたが、U6tを入手してからは色々なイヤフォンを試聴して「良いな」と思う製品に出会っても、それが「欲しい」という欲求には繋がらなくなった気がします。
ここしばらくは64AUDIO U4とUnique Melody MAVERICKの2本をメイン用途と位置付け、qdc TrESやJH Audio Michelleを試聴用などという使い分けをしてきたわけですが、最近はほぼ全ての用途でU6tを使っていて、U6tを持ち出していない時に限り鞄に常駐している前メインU4を引っ張り出すという感じです。たまに気分を変える時にqdc WHITE TIGERを引っ張り出してくる程度で、「これ以上入手してももう使う場面を思いつかない」という状態になってしまったわけです。
大枚をはたいてU6tを買ったことで、イヤフォンで無駄に散財することがほぼ無くなり、結果的にはむしろ出費を抑えられて金銭面でもプラスの効果が出ています。
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購入金額
99,800円
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購入日
2024年02月04日
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購入場所
ヨドバシ.com
harmankardonさん
02/24
M20とMXは,密閉と開放くらい異なる音色になるので,面白いです.私もM12が欲しいとおもっています.
高価なケーブルではありませが,64Audio LEGACY PREMIUM CABLEとの相性はいいです.
U6tで決して終わりにならないと思いますよ.
jive9821さん
02/24
どうしても64AUDIOはローブーストのイメージが強いのですが、
本質は空間表現や質感の確かさではないかと思っています。
U4での経験上、いかにフラット方向に近づけて使えるかという
ことで真価を発揮させられるか決まるように思います。
m12モジュールは面白そうなのですが、日本市場ではNioの前期
ロットに入っていたくらいで、入手がかなり難しいんですよね。
64AUDIOの直販ではごく普通に売られているのですが…。
音だけでいえばU6tは決して頂点ではありませんが、私の
イヤフォンの使い方からしてこれ以上高価なものを買うことは
ありません。所詮外出時にしか使わないものですからね。
まあ、もっと上位の製品がこれ以下の価格で売られていれば
その限りではありませんが…。