山水電気から1998年に発売された、実質的に同社最後のオーディオグレードCDプレイヤーとなった製品です。
山水電気は1983年頃からCDプレイヤーを発売していますが、サンスイのブランドがCDプレイヤーの中で存在感を放つようになったのは1988年発売のCD-α717 EXTRAにNTTと松下電器(現パナソニック)が共同開発した1bit DAC、MASHを搭載したことからでした。サンスイでは当時D/Aコンバーターのビット数を競う風潮に一石を投じる1bit DACであるMASHを、本家の松下電器(Technics)以上に大々的にアピールして発売したのです。逆にTechnicsブランドでは1bitのアピールに消極的で、初の搭載モデルとなったSL-P777では「18bit 相当」という表記となっていました。
それ以降MASH搭載はTechnicsではなくサンスイの代名詞という印象となり、CD-α717DRやCD-α917XRという名機に繋がっていきます。
しかし、MASH以外の1bit DACが各社からリリースされるようになり、またオーディオ自体が下火になっていったことでサンスイのCDプレイヤーは勢いを失いつつありました。そのような状況下で結果的に最後のピュアオーディオ向けCDプレイヤーとなったのが本機CD-α607という製品になります。
発売された当時、CD-α607は色々と物議を醸した製品でした。希望小売価格98,000円という価格とは思えない圧倒的な物量と、その割にごく普通の音しか出てこないという実力がどうにもマッチしないといわれていたのです。
この個体は先月ジャンクで仕入れてきたもので、「CDを読み込まない。トレイが動作しない場合がある」という表記となっていました。しかし購入前に簡単な動作確認は取らせていただけたのですが、私が触った限り不良箇所は見つかりません。ジャンクとしては割高ですが、山水電気の思い出に欲しいと思っていた製品ですので購入してきました。
コンディション確認のため天板を外してみましたので、次からこの製品に投入された圧倒的な物量を紹介していこうと思います。
こんなに金をかけていたら儲かるわけがない
天板を外すと真っ先に目に入るのは、本体中央に配置されたドライブ部です。ここは正直さほど金はかかっていません。同時期の下位モデルCD-α507と同一のメカといわれています。
電源トランスは10万円クラスのCDプレイヤーとしては大型のトロイダルトランスですが、その下のシャシーが銅の色であることが注目点です。
実はこの銅の色はメッキなどではなく純銅シャシーなのです。銅だけでは柔らかく強度が出せないため、二重構造として鋼板の上に2mmもの厚さの銅板を貼っているとのことです。天板も同様に鋼板に0.68mmの銅板を貼り、リアパネルはさすがに鋼板製であるものの両面純銅メッキとしています。
このシャシーだけでもかなりのコストがかかっているのは間違いありません。一般的に純銅シャシーといわれるものは銅メッキ板を使っているわけで、金属のコストが桁違いに高い構造となっています。
D/AコンバーターはBurrBrown PCM1704Uが左右独立で使われています。スペック的には1bitではなく、24bit/96KHzに対応していて、当時のエソテリックなどハイエンド製品でよく使われていました。
写っている範囲のコンデンサーはELNA製SILMICや日本ケミコン製ASFであり、殆どの場所にこのようなオーディオ専用の高品位コンデンサーが採用されています。
電源周りでは50v 4700μFのSILMICが2本使われています。今ではこんな大容量のSILMICなど出ていないではないでしょうか。仕入れ原価でもかなり高価だったのではないではと想像されます。
銅テープが貼られたチップが恐らくHDCDデコーダーで、HDCDではない通常のCDでも、このチップのデジタルフィルターが使われていると推測されていて、これが物量に見合わない程度の音質に止まる大きな原因といわれています。
それにしても、ここまで紹介した部品のコストだけでも、10万円クラスのCDプレイヤーで使って利益が出るのか心配になるほどの金額です。こんな製品を作っていたら経営破綻するのも納得せざるを得ないというか…。
圧倒的物量に反して、平凡でしかない
発売時期は違うものの、ほぼ同じ価格帯であったNEC製CD-10と比較試聴してみました。
CD-10はバランス出力にも対応しますが、今回はアンバランス接続でSANSUI AU-α707DRに接続しています。ケーブルはSUNSHINE SRC-Reference 1.0です。CDは「The Dream of the Blue Turtles / STING」を主に聴きました。
少し聴いただけで両者の特徴は明確に把握できます。
まずCD-α607はデジタル回路の世代が新しいことが奏功しているのか、特に高域方向で緻密かつ滑らかさを感じます。スティングのヴォーカルも少し柔らかめですが、いがらっぽさのようなものがないのは好印象です。
一方、CD-10は高域方向の粗さが少し感じられますが、ベースやバスドラムの力感・重量感でCD-α607を明確に上回りますし、音場の左右の広さこそ大差ないものの前後感がはっきりと出てきます。ヴォーカルは若干ハスキーっぽくなりますが、バックの演奏よりも前に出て歌っている感がありますし、口の大きさが無駄に大きく感じられない良さがあります。
この両者の満足度を100点満点で表すとすると、CD-10が78点であればCD-α607は72~3点でしょうか。CD-α607の音は特に弱点らしい弱点を感じさせないものの、特に長所も感じられないのです。あまりに普通です。
ただ、HDCD対応を売りとしていただけあり、HDCD対応ディスクを再生すると印象が一変します。実は家に持ち帰って最初に再生したのは、最悪傷が入っても良いディスクということで選んだ、中古盤の「TIME NOTE / 奥華子」でした。これはHDCD表記は特にないのですが、J-Popにありがちな隠れHDCDディスクなのです。
これで3曲目の「ガーネット」を聴くと、先ほどのスティングとは打って変わってヴォーカルが前に出てきますし、何となく表情が乏しかったスティングと違って細かくニュアンスが表現されるのです。CD-α607は「HDCD対応CDプレイヤー」というより「HDCDプレイヤー」なんだな、と理解させられました。
HDCDでの音を聴いてしまうと、通常のCDでもう少し何とかならないのかという思いがより強くなったため、丁度買ってきたばかりのSUNSHINE製マグネシウムインシュレーター、MG-Spencer Lを足下に入れてみました。
こうすると何となく全員が奥まった場所で演奏している感は薄まり、ある程度の躍動感も出てきます。一応この製品の脚もサンスイ自慢の楕円型インシュレーターではあるのですが、それほど出来が良いわけではないのかも知れません。
ただ、MG-Spencer Lを挟んだ音であっても、標準状態のNEC CD-10を上回る魅力を発揮するかというとなかなか難しいところです。「悪くはないんだけど決め手もない」というところです。
HDCDデコーダーを搭載していなければ…
この製品の音を聴き、内部構造を見る度に思うのは、HDCDデコーダーを搭載していなければどんな音になっていたのかということです。
サンスイも過去に多くの名機を輩出したメーカーですし、この製品も過剰とはいえ必要な部分に正しくコストがかけられています。決して素人では無い彼らがこれだけの物量を使ってこの程度の音しか出せなかった原因は、HDCDデコーダーを搭載したことぐらいしか考えられないのです。
HDCD自体が隠しコードというCD標準規格から見れば禁じ手で実現されているわけで、かなり過剰なデジタルフィルターがかけられていて、それが通常のCDの音を劣化させていると考えると辻褄が合います。
出来ればHDCDデコーダーを搭載せず、デジタルフィルターの設計もきちんと自前で行ったCD-α607を見てみたかったところです。そうすればクラスの枠を遙かに超えた名機となっていた可能性も決して低くはないと思います。
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購入金額
13,200円
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購入日
2023年06月08日
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購入場所
HARD OFF
kaerkiさん
2023/07/24
中の基盤も「使われていたの?」ってくらい埃ついていないですね。
jive9821さん
2023/07/24
この状態で買ったまま掃除もしていないのですから、かなり
綺麗な個体でした。
ジャンクの理由であった読み込み不良やトレイの不具合も
全く発生していませんし、その意味では良い買い物だった
と思います。