基本的に私はオーディオ機器のBluetooth接続には否定的で、ワイヤレスイヤフォンやワイヤレスヘッドフォンの類もごく僅かしか所有していません。特にイヤフォンでワイヤレスとなるのは、現在でも使えるものはプレミアムレビューで使わせていただいた、Klipsch R5 Neckband程度です。
しかし、仕事関係のルートから、とあるワイヤレスイヤフォンを使ってみて欲しいということで、ある製品が持ち込まれました。折角きっちり使うのであればレビューとして記録しておこうということで、今回はAIP EAR DEVIL AP-TW55Hを取り上げます。そのような都合で化粧箱等は無い状態でしたので、中身の紹介に絞って書くことにします。
EAR DEVILというネーミングが意味するところは一目瞭然ですね。耳から生える悪魔の角というところでしょう。
同梱物です。製品パッケージとは異なっていると思いますので参考程度でご覧ください。白く細長い箱の中には、充電用のUSB type A to type Cケーブルとイヤーピース(SS、S、M)が入っていました。何故か大きめのイヤーピースが一切ありません。私は適合サイズがS~Mなので問題ありませんが…。
この製品は今時の流行であるTWS(完全ワイヤレスイヤホン)なのですが、一般的なTWSとは異なりイヤフォン本体側にタッチセンサー等で操作する機構がありません。説明書によるとSIMピンでリセットボタンを押すことで音量調整だけはできるようですが、再生/停止程度はあっても良かったのではないかという気はします。そもそも操作する度にSIMピンを取り出すというのもなかなか面倒ですし…。
内蔵しているドライバーは5.8mm径のダイナミック型1基で、HDドライバーと称されてはいるのですが、再生周波数範囲等のデータは特に明示されていません。対応コーデックはSBC/AACとなります。
まずは普段Bluetooth機器の動作チェックに使うことが多い、SONY WALKMAN NW-A105HNで音を出してみます。
接続設定は充電器からイヤフォンを取り出し、数秒後にNW-A105HNから新しい接続先として表示されたら、「ペア設定する」を実行するだけです。
ペアリングに関してはとてもスムーズで実行も速いので、とっつきやすい方ではないでしょうか。なお、iOSでも手順は全く同様です。
イヤーピースと自分に合った装着が重要
まずは最初にペアリングしたSONY WALKMAN NW-A105HNで聴いてみます。最初は添付されていたイヤーピースのSサイズを組み合わせて、製品のイメージ通り角が上に向くように装着してみました。後でiOSでも聴くため、ハイレゾファイルは避け、MP3やCDクオリティ(16bit/44.1kHz WAV)等で聴いてみます。
取り敢えず試聴に使ったのはこの辺りです。
しかし、「Music」の1曲目「Viva La Vida」を聴いた時点で、率直に言えば頭を抱えました。ヴァイオリンの音が弦を引っかき回したかのような刺々しさですし、低域もスカスカです。念のため「Chicago XXXVI "NOW"」の1曲目「Now」を聴きましたが、ホーンセクションの音がプラスチックのトランペットで吹いているかのようです。
思わず投げ捨てたくなるレベルでしたが、改善策はないかと思い、イヤーピースの交換を試してみました。AZLA Sedna Earfit Crystal等何種類か試してみましたが、最も可能性を感じたのはSpinfit CP100でした。Spinfitは元々ねじ込んで位置を調整するタイプであり、何とか自分の耳とフィットする装着位置が見いだせることが多く、今回も色々試しているうちにしっくりくる位置が見つかりました。ただ、結果的に落ち着いたのは
角がほぼ真下を向くという、製品イメージとはかけ離れた装着法でした…。
この状態で聴くと、当初のスカスカというイメージは消え、思いの外フラット基調の音にまとまります。とはいえ、WALKMANではコーデックがSBC固定となり、ヴァイオリンの音のざらつきが大きく、David Garrettの音色を楽しめるところまでは行きません。「Now / Chicago」ではホーンセクションの音はそこそこきちんと出てきますが、ハイハットやシンバルの音がザラザラで「いかにもBluetooth」という域を脱することはありません。
そこでコーデックとしてAACを利用できる、iPhoneで改めて聴くことにします。iPhone XS Maxと接続して聴いてみましょう。
また、Bluetooth向きのソースと考え、ダイナミックレンジが狭いJ-Pop・アニソン系の音源として「HAPPY PARTY TRAIN / Aqours」も加えます。
元々多くの場合、SBCよりはAACの方がBluetooth臭さがいくらか薄れる傾向があるのですが、AP-TW55Hではその傾向がより顕著なようです。
「Viva La Vida / David Garrett」が辛うじて「ヴァイオリンを弾いている」という感触を得られる程度の音色になりますし、「Now / Chicago」では高域方向の聞き苦しさが薄まり、1曲通して聴いていられる程度にまとまります。率直に言えば、NW-A105HNで聴いているときには1曲通して聴くのは苦痛で、ワンコーラスですぐに止めていました。まあ、私がBluetoothの音への嫌悪感を強く持っているだけであり、普通のユーザーであればそこまで不快感は感じられないと思いますが。
そしてやはりというべきか、アニソンである「HAPPY PARTY TRAIN / Aqours」はBluetoothで聴いたときの不快感がそれほど強くありません。高域方向の濁りとヴォーカルが細身になる傾向はありますが、トータルバランスでいえば普通に聴けるという水準です。
そしてiPhoneで聴く限り、レンジ感は狭めであるものの、出ている帯域のバランスはかなりうまくまとまっていますし、変な強調感が感じられない音質傾向には好印象を受けます。このクラスの製品では低域を盛ったり、高域の低い方(3~6kHz辺り)を強調して「出ている感」を演出する製品も少なくないのですが、AP-TW55Hではこの価格帯では有線イヤフォンでも珍しいくらいに「作っている」感がありません。
とはいえ、一般的なAndroidスマートフォンよりは音質に配慮されているはずのAndroid WALKMANでの音には、どうしても納得いかないものがあります。そこでDAPのグレードを上げ、私のメイン機であるCayin N6iiと組み合わせてみることにしました。
過去このDAPで試聴したBluetoothイヤフォンがKEF Mu3とNoble Audio FoKus Proですので、さすがにそれに太刀打ちできるとは思いませんが、どこまで迫れるかというところです。
意外なことに、NW-A105HNとは異なり、こちらもSBC接続となっているのですが、AAC接続のiPhoneと互角程度のまともな音が出てくるのです。
どうしてもBluetoothらしい高域方向の濁りやざらつきはあるのですが、NW-A105HNでは殆ど感じられなかった音場表現がある程度は出てきますし、間接音の描写もまずまずあります。当然普段聴いている有線接続で価格も2桁万円というイヤフォンと比べられるレベルではありませんが、有線接続の5千円~1万円クラスのイヤフォンとであれば、Bluetoothの劣化分を除けば互角以上に勝負できそうなほどです。
特に「Now / Chicago」ではハイハットやシンバルの濁りの部分に目をつぶれば、それ以外の音色は1万円以下クラスのイヤフォンとしては水準以上ではないでしょうか。使い始めの投げ捨てたくなったひどい音とは雲泥の差です。
組み合わせるプレイヤーやイヤーピース、そして自分の耳とのマッチングによって極端に印象の変わるイヤフォンというのが今回の感想でした。きちんと実力を引き出すことが出来れば、1万円以下クラスのTWSとして十分に良質な音であると評価できます。そこに至るまではかなり手こずると思いますが…。
操作がほぼできないのはやはりマイナス
何といっても唯一無二という形状のイヤフォンであり、構造的に難しかったのかも知れませんが、イヤフォン本体で出来る操作は音量調整のみで、それも所謂SIMピンが必須というのはどう考えても使い勝手に難があります。
この形状ですからタッチセンサー等を仕込むのは困難だったのかも知れませんが、最悪物理スイッチでも良いので再生/停止程度は出来て欲しいところです。手元で使っているスマートフォンであればその場で操作できるという考えなのかも知れませんが、スマートフォンでは別の作業をしていて、音楽はDAP等で再生しているというパターンも考えられるはずです。
折角のTWSなのに、音を出す以外の全てはペアリング先依存というのは、ちょっと割り切りすぎているかなというのが個人的な印象です。
音質は価格の水準は十分クリア。独特の形状と操作性をどう考えるか
というわけで、1万円以下クラスのTWSとして、自分なりに追い込んでいくという条件さえ付ければ音質は水準以上といって良い仕上がりでしょう。
とはいえ、このクラスにはDENONのサウンドマイスター仕上げであるAH-C630Wという強力な存在があり、音質的にもこの製品を超えられているとはさすがに言えません。Apple Air Pods系の形状を受け入れられる人であればAH-C630Wも受け入れられるでしょうからね。
この極めて個性的なデザインに魅力を感じられれば十分に購入に値するとは思いますし、逆にこれが受け入れられなければ音質的な魅力を感じられたとしても選びにくい製品ではないでしょうか。仮に許容できたとしてもデザイン的に重心が偏りやすく、きちんと装着するためには自分にきちんと合うイヤーピース選びは必須です。付属イヤーピースは中低域の密度感が乏しく、私が使う限りでは選択肢とはなり得ませんでした。
音質的な美点はこのクラスとしては珍しく変な強調感や作為的な音作りが感じられないことで、ややレンジが狭く感じること、Bluetoothらしい濁りやざらつきがあることは弱点ですが、この辺りは普段からBluetoothで音を聴いている人であれば許容できる範囲でしょう。
この製品の特徴は
・クラスに見合わない素直な音
・個性的な形状
の2点に集約されていて、それ以外はバッサリと切り捨てられています。例えば曲送りくらいはイヤフォン側のタッチ操作で、と考えている人にはそもそも選択肢となり得ないわけです。
ノイズキャンセリングもなければ高音質コーデック(aptXやLDAC等)への対応も無し、更にいえばマルチポイントはおろかマルチペアリングすらないというないない尽くしですから、音を聴いて価値を感じられるか否かが全てという製品でしょう。
この製品を試聴してみようと思う方は、まず普段使っているイヤーピースを数種類用意して、付け替えながら装着具合が良いものを探してみましょう。耳にしっかりとはまり、首を動かしても装着にずれが生じないものを選んでから音を聴いてみれば、この製品の真価を引き出せるのではないかと思います。
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購入金額
0円
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購入日
2022年06月16日
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購入場所
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