所持する音楽データに対する私利私欲．．．イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。時代を拓く人。芸術の分野にはそういう人物がいます。それは大衆芸術と呼ばれている分野にも。母音が多く、リズムに乗せにくい言語である日本語のラップの最初期、この人がいなければ、現在のJ-POPは少し方向性が違っていたかもしれないと言われるほど、日本語の歌に影響を与えたアーティストがいます。そんなアーティストの転換点となった作品をご紹介します。

佐野元春。日本の音楽界に、洋楽テイストを流し込んだ重要なプレイヤーの一人。デビュー作

からして、ロックンロールやオールディーズの薫り高い、日本人離れした楽曲が詰まっていたが、それまでの60's～70's路線から決別し、当時NYのクラブシーンの最先端の音を取り入れたのが彼の4thアルバム“VISITORS”。ビートが強く、ダンサブルで、ソリッドで、音が近くて、そして日本語はさらに記号的に歌われた。それまでの彼のロマンチックでちょっと懐かしい感じの楽曲とは全く異なり、グイグイえぐるように迫ってくる音。

当時は、それまでの方向性と大きく違う「音」にかなり戸惑ったのを覚えている。

そんな作品のリリース20周年を記念して造られたのが、“VISITORS 20th Anniversary Edition”。全曲リマスタリング対応なのに加え、当時同時発売された12インチシングルの内容を同梱。さらに当時の貴重なライヴ映像や、日本未発表を含むPVを収めたDVD、各界著名人の寄稿文まで含んだ、記念盤だった。

アルバムのリリース時は、自分の期待した方向性と違ったため、その時購入したアナログLPをあまり多くは聴かなかったのだが、懐かしくてCDを入手してみた。すると、前作までの作風への思い入れや、当時の期待などをそぎ落として聴き直すと、実に良い作品だった。

「COMPLICATION SHAKEDOWN」。まず、この曲で度肝を抜かれた。それまでのバンドサウンドから、一転して打ち込み＋ラップのヒップホップサウンド。バタバタとした低ビットなデジタルドラム音。ブリッとしたシンベにチープなハンドクラップによるダンサブルなリズム。サックスソロやギターソロも、かなりアナーキーなラインで「美しさ」とは無縁。それに乗るヴォーカルも全く違う。もともと日本語を記号的に歌うことが多かった元春だが、この曲は完全にラップ。それまでのセンチメンタルな甘さを含んだ声ではない、実に「アメリカした」声音。この曲を最初に持ってきたのが、新しいモノへの挑戦、という元春の覚悟を感じる。

「TONIGHT」はファーストシングルに選ばれた楽曲。ドラムスは打ち込みだが、ベースはヒト（Ivan Elias）で、生のブラス隊が入っていることで、一番今までの元春路線。バーンと鳴るピアノと8分音符で刻むミュートギターがノリを出している。あい変わらず記号的に日本語を操る元春だが、この曲ではまだ旧来路線の範疇。♪明日のことは誰にもわからない／だから僕の手をとって／目を閉じないで♪と歌詞カードにありながら、実際には♪明日のことは誰にもわからない／So take my hand／目を閉じないで♪などと、自然に日英チャンポンで歌うところは彼らしいが。

オリジナルアルバムにない最後の3曲は、同時発売された12インチアナログシングルからの曲。この中では、「WILD ON THE STREET (Special Extended Club Mix)」が超タイトなリズム（ベースはIvan EliasでドラムスはOmar Hakim）と上物に加わった深いエコーとの対比があってノリノリ度？が大幅アップ。強調されたパーカッションとともに、かなりのイケイケサウンドに。

同梱されたDVDは、品川プリンスで行われたライヴから2曲、当時では珍しく、国外で創られたMVが3曲、そして音楽朗読詩というか淡々とした音楽に乗せて元春が詩をつぶやく「N.Y.C. 1983〜1984」が収められる。

品川プリンスのライヴは生のブラス隊が入るが、ヒップホップな「COMPLICATION SHAKEDOWN」ではドラムスは半生半打ち込み。ドラマーは立奏と言うスタイルでパーカッションのよう。一世を風靡したSIMMONS（六角形のパッドを持つエレドラ）を叩きまくり、リバースサンプリングのシンバル音など懐かしの音色が、元春のラップを彩る。

品川プリンスでのライヴは、ブラス隊は生

その当時では時代の先端を行っていた元春の「COMPLICATION SHAKEDOWN」だが、その未公開のPVも収められている。昔の松竹青春映画のポスターのようなカットや白黒映像のダンスホールシーンなどが挟まれ、時代が新旧入り交じったような造りのPVの中に、今となってはアンティークなブラウン管のディスプレイの装置が、「現代側」という感じで出てくるのが時代を感じるけれども。

PVの中では「現代側」のカットなのだが．．．

この作品、“VISITORS”は佐野元春にとって、そして日本の音楽シーンにとってエポックメイキングな作品だったので、何度もリイシューされているが、自分はリリース当初はアナログレコードで入手し、あまりの元春の激変ぶりに聴く頻度が低く、その後アナログ盤が再生できない環境だった期間があったこともあり、すっかり「聴かないアルバム」になってしまっていた。それが発売20年後の“VISITORS 20th Anniversary Edition”の発売を識って、懐かしくて入手、聞き直してみると、驚くほど良かった。

CDの一部はアナログレコード装丁の縮小刷になっている

当時リリースされた12インチシングルなどの資料。ディスクはピクチャーレーベル仕様。

リリース当初、インターネットもなく、NYやロンドンなどの音楽の中心地から日本などの音楽後進エリアにブームが伝わるには数年を要した。今なら、彼のすごさが、新しさが完全に理解できる。

20年の時を経て、やっとcybercatが真価を完全に理解した、（cybercatには）早すぎた作品です。

【収録曲】

<CD>

1. COMPLICATION SHAKEDOWN
2. TONIGHT
3. WILD ON THE STREET
4. SUNDAY MORNING BLUE
5. VISITORS
6. SHAME ─君を汚したのは誰
7. COME SHINING
8. NEW AGE
9. TONIGHT (Special Extended Club Mix) -Bonus Tracks-
10. COMPLICATION SHAKEDOWN (Special Extended Club Mix) -Bonus Tracks-
11. WILD ON THE STREET (Special Extended Club Mix) -Bonus Tracks-
<Bonus DVD>
1. COME SHINING (Live re-mix version)
2. COMPLICATION SHAKEDOWN (Live re-mix version)
3. TONIGHT (music clip by Bob Lampel)
4. NEW AGE (music clip by Tim Pope)
5. COMPLICATION SHAKEDOWN (未発表PV music clip by John Samborn)
6. N.Y.C. 1983〜1984

「TONIGHT (music clip by Bob Lampel)」