レビューメディア「ジグソー」

ポップスとクロさのバランスはちょうど良い名盤だが、このときすでにクボタの目は外を向いていた

所持する音楽データに対する私利私欲...イヤ私情私見あふれるコメント、音楽の杜。こういった分野のものは「好み」ですし、優劣を付けるのもそぐわない気がしますので、満足度の☆はあくまで私的な思い入れです。今でこそ、インターネットと動画サイトの興隆で「世界的に売れる」ということは地理的条件が少なくなってきましたし、一部のジャンルでは日本が音楽界の先端を行っているものもありますが、20世紀末はまだ日本は「音楽後進国」でした。そんななか、日本の中であきたらないアーティストは海外に挑戦したものでした。当時の日本人としては飛び抜けてクロい感性を持っていたアーティストの海外挑戦前夜の作品をご紹介します。

 

久保田利伸。日本のJ-POPにクロさを持ち込んだ男。今では考えられないが、それまでかなりマイナーな存在、あるいは「洋楽」として外から入ってくる存在だったダンス/ブラック系ミュージック。それまでフォークソングにポップス、あるいはそれらにロックを絡めた「ニューミュージック」が、日本の流行歌界のメインストリームだったが、彼がファンクやソウル、ブラコンのテイストを日本語の歌に持ち込んだ。日本語を記号的に発音し、母音が多く切れが悪い日本語を、ダンサブルに、ビート感強く歌うようにした彼がいなければ、EXILEのようなダンスグループも生まれなかっただろう。そんな彼は日本語とブラックミュージックの融合を果たしたあと、アフリカ系音楽や中南米音楽にも手を広げていった。常に他国のミュージックシーンを見ていた彼が、ダンスミュージックの本場、アメリカでの活動へと軸足を移していくことはある意味当然の流れでもあった。

 

そんな彼は、1993年から居住地をNYに移しており、1995年にアルバム“SUNSHINE, MOONLIGHT”で全米デビューする。彼のアメリカでの活動はその後約10年続き、アメリカのソウル系TV番組に出演するまでになったが、本作リリースはそのデビュー前夜。1992年の“Neptune”

から2年半ぶりのオリジナルアルバム。それまで毎年オリジナルアルバムをリリースしていた彼からすると大幅に活動がスローダウンした時期で、それは全米デビューに対する準備のためだったという。

 

1993年にリリースされたシングルは、ベストアルバム“the BADDEST II”

に収められたが、1994年は散発的にシングル2枚しかリリースがなかったので、それらを含む形でリリースされたのが本作、“BUMPIN' VOYAGE”。

 

日本語ポップスと、ブラックミュージックの高いレベルでの融合が聴ける盤となっている。

 

Sunshine, Moonlight」は、この年後半の全米デビューアルバムのタイトルにも選ばれた曲。ガリガリのビート強調でアップテンポなダンスミュージックが選ばれるかと思いきや、意外に脱力系の軽い曲となっている。当然全米デビューアルバムでは英詞で歌われたが、こちらに収められているのは日本語詞版。盟友柿崎洋一郎のアレンジとすぐ分かる、ヴォコーダーを使ったコミカルな雰囲気を持つ跳ねるリズムが楽しい。一見(一聴?)シンベかとも思えるファンキィなワウベースは、終末期のWeather Reportに在籍した故Victor Bailey。

 

淡々としたリズムの上で、鋭いNile Rodgersのギターカッティングと、Kim Burseが入れる女声DJコールが、静かなグルーヴを形成するCOOLな「女 D.J. "Fonk"」は、まさにアメリカ向けの楽曲。ちょっと収まり悪く、最後がぶち切りで終わるところなどは、それまでの日本の曲ではあまりなかったかも。コーラスとはいえないような、でもラップとも違う緩い感じのセリフ、♪Funk Funk Funk It Up♪のリフがクロい。

 

ラストの「夜に抱かれて~A Night In Afro Blue~」は、リリース的には一番古く、TVドラマの主題歌だったこともあって、一番旧来のファンが「安心できる」それまでのクボタ。ただし、ビートが効いている方向性ではなく、COOLなミディアムテンポのソウル系楽曲。サビの部分のメロディラインの取り方がクボタらしいセンス。インパクトが高い音作りではないのに、妙に琴線に触れる。

 

かなり「今までの」ポップス傾向をそぎ落として、クロさのバランスをあげてきたが、それでもまだ「日本人向け味付け」を残してあって、とっつきやすい。そのせいかチャートでも1位を記録している。

 

ただこのあとクボタはアメリカでの活動を重視していき、特にこのアルバムの翌年にまた日本リリースのシングルを拾い上げる形でアルバム“LA・LA・LA LOVE THANG”をリリースしてからは、日本での活動量がグッと下がってしまう。

ジャケ写含めてクボタの視線は国内には向いていなかった...
ジャケ写含めてクボタの視線は国内には向いていなかった...

 

その意味では「前期久保田利伸」の、日本での活動の集大成のアルバムともいえるかも知れません。

 

【収録曲】

1. PaLaLeYa ~さよなら~
2. Sunshine, Moonlight
3. 君はなにを見てる
4. Za-Ku-Za-Ku Digame
5. 女 D.J. "Fonk"
6. Too Lite 2 Do
7. Not Yet !
8. 6 To 8
9. Dive Into The Base
10. さがしてた忘れもの
11. 夜に抱かれて~A Night In Afro Blue~

 

「夜に抱かれて~A Night In Afro Blue~」

更新: 2019/10/19
必聴度

「日本ポップス界にいた久保田利伸」の最後の作品

ポップさとクロさのバランスが万人向けかつ、高い次元で釣り合っている

  • 購入金額

    2,800円

  • 購入日

    1995年頃

  • 購入場所

17人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (2)

  • 北のラブリエさん

    2019/10/24

    いいですよね、これ。
    "VOYAGE"ってくらいだからこの頃はねこさんのおっしゃるとおり航海の準備をしてたと思います。
  • cybercatさん

    2019/10/24

    この後日本ポップス界では、「時々ドラマの主題歌を歌う人」みたいになってしまいましたので、あまり名盤という話には上がりませんが、和と洋のバランスはいい塩梅のアルバムだったと思います。

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