本書は、「ロボットは東大に入れるか(東ロボくん)」というプロジェクトを立ち上げた、
新井紀子氏による、プロジェクトの経過や、それに付随するライバル達(受験生)の分析などを纏めたものです。
タイトルは、センセーショナルに「VS」の文字が踊り、
帯には「人工知能は、すでに、MARCH合格レベル」とまで記載されています。
人工知能の進化は、大学入試のライバルとして、驚異的なレベルに達している。
人間らしい知性を手にし始めている。
と、錯覚してしまうかも。
そこで、帯の背面側にある言葉が、響きます。
「AIが神になる? ……なりません!」
「AIが人類を滅ぼす? ……滅ぼしません!」
「シンギュラリティが到来する? ……到来しません!」
この本には、二つの主題があるように見受けられます。
それは、AIの限界について。
そして、そのAIが大学入試(模試)でライバル達を上回るという意味。
という事で、結構なネタばれを最新書籍で行うという暴挙をしようと思いますw
AIに出来る事は、数学で出来る事のみ。
序文の最初の見出しは、「私の未来予想図」
そこでは、数学者である新井氏の、というよりも、数学者が、コンピュータをどのように認識しているのか、が書かれています。
それは、とても、シンプルな事です。
コンピュータとは、計算機であり、計算機は計算しか出来ない。
AIがコンピュータ上の実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはありません。
コンピュータの速さの問題や、アルゴリズムの改善の問題ではありません。
大本の数学の限界なのです。
以上、抜粋。
多くの事象、現象の解析、予測など、数学を用いる事で大きく前進して来たのが人間の歴史(というと壮大すぎるかも?)です。
その中で、数学の、大きな考え方は、三つ。
・論理
・確率
・統計
複雑な公式や計算式、多くの数字を扱う数学ですが、その数学が出来る事は、三つだけ、という事になるそうです。
しかし、その中には、人間が感じている感情、意味は含まれていません。
それらは、数値、数式で表す事が出来ない活動であるから、との事。
また、確率や統計は、既に起きた現象についての検証や解析であり、未来予測は可能でも、未来を創造する事には向いていない、らしい。
非論理的な期待と、見当違いの幻想
第一章に、興味深い文章があります。
まあ、見出しからして、「AIはまだ存在しない」ですけれどもw
人間の知的活動を摸した、或いは、摸しているように見えるレベルの知的活動を表現出来るものを人工知能(AI)と呼ぶのであれば、人間の知的活動の全てが四則演算で表現出来る事が、そのゴールという事になるようです。
その実現方法は、二つ。
・人間の知能の原理を数理的に解明して、工学的に再現する。
・人間の知能の原理は解明で来ていないけれども、工学的にいろいろ試している内に偶然、人工知能が出来てしまう。
多くの研究者は、前者の方法が原理的に無理だという事を感じているそうですね。
それは、脳をモニタする事が不可能だからです。
センサーを埋め込んでも、例えば、文章を読んで理解するという活動が分かる訳では無く、その時に血流と電気信号がどうなっているのか、だけであるから。
そして、健康な人間の脳にセンサーを埋め込むことは、現在の世界では許されることではないので。
その為、知能の科学的解明の為の、スタートラインにすら立てていない現状では、何をかいわんや、ですね。
後者について。
この方法で人工知能は実現できるという場合に、好まれる言説が、
「飛行機が飛ぶ原理は、数学的には解明されていない。しかし、現実として飛行機は飛んでいる。」
だから、
「人工知能も、いずれそういった工学的優位によって実現されるはずである。その後で数学者はその原理を好きなだけ研究して解明すれば良い」
との事。
新井氏は、前述の文と文を繋ぐ「だから」に、「非論理的な」との補足をしています。
そして、「可能性としては否定できないですが、それは、銀河系のどこかに地球に似た惑星があって、私たちよりも知的に発達した生物がいるかもしれない。という事を否定できないのと変わりません」と続けています。
もちろん、今、この瞬間に革新的な何かが発見されて、工学的な試行錯誤が実を結ぶ事が無い事も否定出来ませんよね。
ただし。と新井氏は更に続けます。
現在主流のディープラーニングは統計的手法であり、それは、過去の分析で未来を予測する技術であるという事。
その精度を深める為には、膨大なデータ(ビッグデータ)が必要になります。
裏を返すと、データの数が少ない部分の精度は、全く期待できないのです。
そう、つまりは、ディープラーニングでは、過去に例をみないものの分析は出来ない訳です。
すなわち、全く新しい可能性や選択をする為には役に立たない事が多いのです。
この手法では、工学的優位が人工知能の実現に対して極めて影響力が小さい事はお判りになるでしょうか。
サンプルが天文学的な数存在している場合は、コンピュータの性能は高ければ、高い程有利です。
しかし、サンプルが極端な話、全く無い場合はどうでしょうか。
分析も計算も、実行のしようがないですよね。
そうであるにも関わらず、人工知能の実現、発展に関して。
「コンピュータの高速、高性能化が、ビッグデータの収集を加速させ、更には処理の高速化で、人間の考えもしない事に到達する(知的活動を超越)日が来る」
という、幻想が一定の支持を集めてしまっているようです。と語っています。
実は、私自身も、そういう漠然としたファンタジー的な人工知能像を持っている一人でした。
また、数式の演算を含むような問題においても、コンピュータの性能向上が解答能力向上に繋がらないというお話も、衝撃的でした。
それは、
『東ロボくんがなかなか能力向上しないのは、ハードウェアの性能が足りないからではないか、というご指摘を受けることがあります。
実際に、スパコンの使用権限を提供いただける事になりました。
研究者にその事を伝えた結果、誰も、使用を希望しませんでした。
使い道がない、と。
とある数学チームの指摘は興味深いものでした。
「そこそこの能力のサーバーを使って、5分で解けない問題は、スパコンを使っても、地球滅亡の日まで解けない」
たとえば、こんな問題です。
「平面上に四角形がある。各頂点からの距離の和が一番小さくなる点を求めよ」
実際に図で描いてみるとわかりますが、人間だったら、「答は、対角線の交点だな」となんとなくわかります。証明もそれほど難しくありません。交点以外の点を取ると、必ず、各頂点からの距離の和は、二本の対角線の和より長くなります。
なぜ人間がこの問題を簡単に解けるのかはわかりません。
これをAIに解かせると、応答がなくなります。スパコンを使っても同じです。
理論計算をすると、宇宙が始まってから、現在までよりも長い時間がかかる事が分かりました。』
という文章です(一部抜粋、抄訳しています)
AIが膨大な時間を掛けて計算を始めるのは、人間が直感で、四角の真ん中だろうなあ、と思う、その感覚が無いので、四角形の外側にも点を求めて証明の為の演算を繰り返すからなのかもしれませんね。
だったら、この問題では、四角形の外に点を求めないように設定すれば良いじゃん、と思った方。
それは、人間が問題に合わせて、AIを問題別に調整するっていう事ですよね。
東ロボくんは、模試ではあるものの、センター試験、二次試験を受けて東大に合格しようとするプロジェクトです。
試験会場で、問題毎に調整するという事は、人間で言えば、問題毎に得意とする人と交代するのと変わらないと思います。
カンニング、替え玉の極致でありますし、それは、人工知能の実験プロジェクトではなく、問題回答プログラムのテストに過ぎないでしょう。
人工知能というものを実現しようとする意味では、東ロボくんが問題文を入力されてから、解答を出力するまでの過程には、人間が介在しない事が絶対条件です。
道のりの険しさが分かります。
その上で、いかんともしがたい壁が東ロボくんに立ち塞がりました。
「入試にはビッグデータが存在しない問題がある」
英語リスニング、漢文、古文がそれに当たります。
リスニングは単純に実施回数が少ないので、過去問が殆どありません。
漢文と古文は、既に廃れてしまった表現方法なので、新しく著述された文章がありません。
集めるべきデータが少なく、作成する事が困難なので、ディープラーニングという、ビッグデータによる統計で割りだして解答を求める、という方法が使えない訳です。
これでは、リスニング、漢文、古文の解答は、恐らくは、サイコロを転がすような運試しにしかなりません。
東大合格圏は、場合によっては、センター試験90%以上の得点率ですので、上記の三科目の期待値が90%になる見込みが無いようでは、
「東大に東ロボくんは合格できない」
と、結論するしか無い訳です。
これは、新井氏が予測していた、そして、目的としていた「AIに出来る事、出来ない事、限界を公開する」という事に合致しており、プロジェクトは成功と言えます。
この成功という判断の辺りは、納得出来ない人も多いかもしれません。
でも、本書を読むと、なるほどなあ、と良く分かるのです。
AIの限界を知る一方で、「VS」の意味する所の恐ろしさ
長々と書いてきたのは、本書前半部分のAIの限界が何故存在するのか、というお話。
東大の合格判定を貰う事は、数学理論上、不可能であるという結論が出ています。
しかし、そういう限界がありながらも、東ロボくんは、MARCH、関関同立への合格判定を取得しています。
その事実が意味する所は?
帯で、否定した危惧は実現しないのですが………。
もし興味が湧きましたら、是非、ご自身でお確かめ下さい。
最後に。
本書は、所謂ハウツー本ではないのですが、普段の考え方を見直す切っ掛けになる指針が多く散りばめられていると感じました。
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購入金額
1,620円
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購入日
2018年03月04日
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購入場所
楽天ブックス
MAGNETさん
2018/03/07
あと、愛や友情などの「感情」や「ヒラメキ」もAI(コンピュータ)では無理なんでは、と思いますし、将棋でコンピュータに勝負し将来全敗になったとしてもそれはあくまでも処理能力が上がったからであってコンピュータ同士の将棋なんて面白みは薄いでしょう
人口知能の「知能」とはあくまでも人間に関わる「かけ橋」であって、道具の域を超えることは無いでしょうか?
私は思います「知能とは本能(肉体、生と死、愛…)あればこそ」であり、知能指数の知能とは意味が違うと…
ターミネーターに出てくるロボットもAIはありません。
「人間って素晴らしい」ですね!
それと、「飛行機って数学的に解明されていない」って考えたら恐ろしい話です…
「空力学」で証明されているとばかり思っていました。
L2さん
2018/03/07
飛行機の…、の部分に付いては、数学上の数式だけで安全に飛ぶための設計等を全て検証出来る訳では無く、風洞実験等を行っているという意味であるそうですね。
工学的には正しく飛ぶ条件を解明出来ているのですが、数学という論理で言うと、「ジューコフスキーの仮定」が、現実にはこういう風になっているから、存在しているとする、という事で条件を設定しているので、定式化出来ていないっていう見方も出来る、という部分と、そもそも、物理学は仮説を立て、それを証明しながら、進んできたので完全に解明しきれない現実を証明しようとし続けている、というお話が合体して大きくなった感じの説なのかなあ。
と、思っています。
遠い未来に、新しい数学の論理が発見、発明されれば、AIも新しいステージに上がるのでしょうけれども。