京都の中にある大学にて、勉学に勤しんでいるような、そうでもなかったような頃に購入した書籍。
それが、この「図解 仏像のすべて」です。
仏教系の大学でしたので、普通の国文学科でも、仏教史や、それに付随した教養科目があったりしました。
その授業の一つに、「仏教美術」の講座がありました。
教科書として指定されたのが、この本ですね。
「仏教美術」と、言いつつも、専ら、仏像に備えられた特徴と、その由来についての講義でした。
仏(如来)と菩薩の違いとか、結構、興味深い。
授業の内容は、あんまり覚えていないですね(苦笑)
いや、まあ、宗派の教師資格のある講師が担当されていたので、大抵は、講義というよりは説法みたいな感じだった気がします。
記憶に残っているのは、仏像は装身具をみれば、何を表しているのかが分かる、という事。
・仏(如来)は、装身具を殆ど身に付けていない。
悟りを開いた仏陀の姿を元にしている事、そして、物質世界から解脱している存在である事、を示す為に袈裟のみであるようです。
光背と呼ばれる後光のみを背負うのが一般的でしょうか。
大日如来(毘盧遮那仏)だけが、装身具が多い例外ですけれども。
・菩薩は、豪華な装身具を身につけたインドの貴族のような姿が多い。
悟りを開き仏になる資格があるが、衆生を救う為に現世で奉仕する存在であるので、在家の姿をしているとの事。
豪華な装身具は、現世に存在し続ける為の枷であると同時に、人々を救う力を秘めた宝具でもあるのです。
ちなみに、地蔵菩薩だけが、如来と同じように、素朴な姿、所謂、日本人の想像する僧侶の姿をしているのですが、実は、伝来の間に、道教などの影響を受けて坊主頭の僧侶姿になった為、本来は豪華な装身具を身につけた姿をしています。
そういう訳で、装身具の有無、特に宝冠を身につけているかどうかが見分けるコツですね。
興味がある人や、仏教をしっかりと学んでいる人以外は、この辺りは曖昧だったりしますよね。
実は、弥勒菩薩は、菩薩であるにも関わらず、仏(如来)の姿で作られている事があります。
これは、弥勒菩薩だけが、如来になる未来を予言されているからという。
見分けるのムツカシイデスヨネ。
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購入金額
1,300円
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購入日
1994年頃
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購入場所
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