造られたものにはデザインがある。
機能は良いのにダサいデザイン、ものの優れた特徴をスポイルする使い心地のカタチ...
そんなモノはいくら良い機能があっても使いたくなくなってくる。
モノの最後の仕上げには人間の感性とフィットするデザインが重要だ。
機能とデザイン、一部のモノでは相反する要素である場合もあるが、この折り合いがついているモノが良い製品だ。
折り合い、というがこのさじ加減はモノがどういったモノであるかでバランスは変わってくる。工業製品、とくに高機能な電気系製品に求められるのはデザインと機能の融合ではなく、機能が要求するデザインの実現。それが良い工業デザインだ。
さらにそれに「使いたくなる」「持つ歓びがある」という側面が加わると秀逸なデザインとなる。
Bang & Olufsen。デンマークのAV製品メーカー。そのデザインは独特かつ先鋭。電話機、スピーカー、カーオーディオ、ディスプレイなどを手がける。ラインアップは決して豊富ではない。1カテゴリーに数種、真に勧めたいモノだけを提供する、そういう企業姿勢。
最近の製品ではリスナーに底を向けた円錐形のスピーカーボックスをアルミのボディでつないだiPod用ドック「BeoSound 8」、レザーのオシャレな取っ手を持つAirPlay対応可搬型スピーカー「Beolit 12」、壁面埋め込み式のスピーカー「BeoLab 15」と「同16」など同社の製品は機能が要求するデザインに唯一無二の存在感と手触りの上質感を兼ね備えており、芸術的評価も高い。同社の製品のいくつかはニューヨーク近代美術館(MoMA)で永久保存デザインコレクションに加えられている。
そんなBang & Olufsen製品はその希少性から価格も高く、入手しづらい。日本全国で10店舗しかない販売店の少なさもこれに輪をかけている(余談:B&O製品は実物を目にすることの少なさ/入手のしづらさ/高額製品と3拍子揃っているため、コピー製品の流通も多いので要注意)。そんな同社の製品の中で最も手が届きやすいのが、イヤホンだ。特にマイク付きイヤホンの「Earset 3i」はApple Storeで販売されており(2013年現在\18,900)、最も入手しやすい同社製品となっている。
この「Earset 3i」は2011年の発売だが、実はこれの原形はもっと古い。現在はシンプルに「Earphones」と呼ばれる2000年発売の「A8(初出時はEarphone 2000?)」がそのオリジン。これにマイクとiPhoneなどで有用なリモコン機能をつけたものが「Earset 3i」というわけだ。何度かのマイナーチェンジ(ケーブルの断線対策などの周辺改良)は受けているようだが、イヤホンというポータブルミュージックプレイヤーによく使われるデバイスが、音楽データのフォーマットや入手経路、再生デバイスの変遷が激しかったこの10年以上をモデルチェンジ無しで生き残っていると言うことが、この製品の唯一無二さと先進性をあらわしている。
このイヤホンは、もともと家具デザイナーでワイア家具でいくつか賞を受賞した後、工業デザイナーとして1990年からBang & Olufsenと仕事をするAnders Hermansenの作品。彼のHPには今もこのイヤホンが自身のデザインであることが謳われている(HPのスライドショーに登場するのはマイク付きの「3i」の方だが)。
デザイナーが自分の「作品」として誇れるモノ。
そんなイヤホンが本品だ。
なにがこのイヤホンを他と分けているのか。それはこの製品の持つ唯一無二のサウンドとそれを実現するデザイン、そしてその動きの上質感からくる所有する歓びにあると感じる。
音響製品のレビューとしては邪道だが、そのデザインを先に見てみよう。
「一見耳かけ式オンイヤーイヤホン」..でもそう捉えるとこの製品の真の実力を理解できない。
イヤホンには(諸説あるが)「オンイヤー型」「インイヤー型」「カナル型」の3種があるとcybercatは理解している(カナル型はインイヤー型の一種ともいえるが、音色としては傾向が異なるのでこの3種で説明する)。
・オンイヤー型はその名の通り、外耳の上に「乗せて」いるイヤホン。耳かけ式のイヤホンはこのタイプ。
・インイヤー型は耳に密着している方式で耳珠と対珠(耳の穴の前の出っ張り)に挟み込むタイプ。プレイヤーの標準添付品に多い。
・カナル型は耳栓方式。外耳道の中に詰め込むように押し込むタイプ。
オンイヤー型は密着感が少なく音漏れも多いが、空間の広がりが得られる。また構造的にドライバー口径の制約が少ない。ヘッドホンのオープン型のイメージに近い。インイヤー型は軟骨のある耳介に密着させるため、低音が比較的響きやすい。カナル型ほどドライバーの口径に制約が少ないのと、装着感に密閉感がないため万人向き。カナル型は外界の音を遮断できるため、比較的小音量でも広い帯域を得やすいが、独特の密閉感があり苦手な人は苦手、ということか。
このイヤホンの外見は、上記3分類ではオンイヤー型のような耳かけ部分を持つ。
-この機構がこのイヤホンの評価が人によって天と地ほど違うことの原因だと思われる-
この耳かけ部分の存在と、インイヤー型とするには厚みがあって耳珠と対珠の間に落とし込めないドライバーハウジングのせいで、このイヤホンをオンイヤー型と捉える方が自然だが、誤解を恐れず言うと本品は「耳介への密着度を調整できる機構を持つインイヤー型イヤホン」であると思う。
耳かけ式の場合は、耳かけ機構とドライバーハウジングの物理的関係性の自由度は少ないのが普通だ。それはあまり大きく動いてしまうと、耳に上手く「乗って」くれないからだ。それにオンイヤー型は外耳道や耳珠のような固定個所を持たず、耳介にぶらさがるような機構を持つため、耳かけ部分の自由度を高めると密着度が低くなり、低域が著しくスポイルされる(さらに音漏れも大きくなる)。つまり耳かけ式オンイヤー型イヤホンは耳介に「引っかけて留める」構造を採っているため、耳かけ部分は弾力はあれど固定されている、もしくは1方向にしか動かないように動きに制限を加えていて耳への固定を実現している。
しかしこのA8は実に自由だ。耳かけの部分は弾力はない代わりに180度近く前後方向に動くし、その耳かけ部の交点から伸びる吊り下げシャフトの伸縮でドライバーハウジングの高さも上下に動かせる。さらにドライバーハウジングはそのハウジング吊り下げ軸に対して回転するように動く。この小さなイヤホンは実に片側3関節を持つわけだ。
そしてこの「自由度」が音色の評価が一定しないことにつながっている。
それはたぶんドライバーハウジングの密着度の差。
この耳珠と対珠の間にはめ込むには厚いドライバーハウジングを多関節耳かけ部を駆使して“通常のインイヤー型のように”密着させて装着させることで実に豊かな低音が生み出されるのだ。
装着の時に耳かけ部分を先にはめてはならない。耳珠と対珠の間にドライバーハウジングを位置させ、それを動かないように、密着させるように上記の3関節を使って固定するのだ。cybercatの耳の形では、耳かけ部分を顔の側面にフィットさせるのではなく、あえて「耳介を外に押し出すように」開き気味にセットした場合に一番密着する。耳介の反発力を使って軸をひねる感覚だ。
これを顔に沿わせると密着度が落ちる。しかし、この事がこのイヤホンに他のイヤホン(カスタムIEM含む)にない特徴を与えている。
-音色と広がりの調整力-
これがこのイヤホンの特徴かも知れない。
A8の音を一言で言い表すのは難しい。それは先に説明した装着感の自由度による調整の広さゆえ。
ユニットを密着させたときはややまるい豊かな低音が、ややユルめにつけたときには空気に溶ける高音の広がりが感じられる。
ただ低音と言っても「重」低音ではなく、あくまで軽い。高音も刺さるような「超」高域ではなく優しい高域。周波数特性はややかまぼこ形で中域に華がある。それに他のインイヤー型に対して密着度がユルめの装着感が生み出す、高域の広がり、「空気感」が加わる。
そんなキャラクターのこのイヤホンにはヴォーカルものがよく合う。アコースティックな音楽は予想通りだが、意外に打ち込みバックのポップスでも中低域のふくよかさとエネルギー感がある中域で相性は悪くない。空気に溶ける高音が映える室内楽や小編成のジャズもいい。一方、さすがにこの大きさのドライバー一発でクラシックの荘厳なフルオケやドラムゥンベースなどの低音命!系はツライ。
どちらかというとモニター系の生々しい音が好きなcybercatだが、
空気感を大切にした歌うヘッドホン
のイヤホン版、と言った感じか。でもそこは口径の小さなイヤホン、包み込まれる低音ではなくふくよかな中低域。ヘッドバンドで両側から押さえつけるのではなく、耳介のみで固定するため、繊細に聞き取れる高域ではなく広がる空気感を伴う中高域。
-一言で言うとリラックスできる音-
そして唯一無二な音色の自由さ。カスタムIEMのように「この付け方以外はまらない」というようなことはなく、押さえる力を加減することでふくよかな低音重視も、空気感が感じられる高音重視にもできる。そしていずれの場合も意外にガッツのある中域が芯を通す。ときどきどうしても「このイヤホンでなくては」という曲があるのが素晴らしい。
ただ、このイヤホンにも弱点はある。それはケーブル。どう見てもカネかけてないだろ、と言う感じの細いケーブルとちゃちなコネクタ部分。発売開始時から改良を受けたとはいえまだまだヤワいケーブル分岐部....その割りにはユニットと一体化して交換、修理がしづらそうな構造....
ネットの情報でも断線事故多数。そして修理すると1万円コースっ!!買い直すよりは安いとはいえ、販売店から遠いユーザーは交通費/輸送費もかかるので尻込みしそうな額。この防止には使用後には添付の本革製のポーチに入れること、そこから引き出す際には決してコードや接合部を持たず、金属のボディを持つなどのケアが必要だ。
ただ、それでも劣化は避けられないようで、いつかは断線するらしい。
一般的にはメーカー修理か買い換えだが、調べるとハウジングを分解してリケーブルするサービスをしている強者もいるみたいw(当然高品位ケーブル、コネクタに変更)
いろんなイヤホンを交互に使っているので、まだそこまで劣化していないけれど、万一の時はそんな改造?もいいな、と思えるほどの唯一無二な音、です。
【製品仕様】
寸法:35mm x 59mm x 14mm
重量:22g
スピーカー形式:ダイナミックスピーカー
タイプ:インイヤー型
接続端子:3.5mm ステレオミニジャック
周波数特性:50 - 20,000Hz
カラー:アルミ+ブラック、アルミ+ホワイト、アルミ+グリーン、アルミ+オレンジ、アルミ+イエロー
コード長:1.2m
付属品:イヤーパッド、キャリングポーチ、マニュアル
デザイナー:Anders Hermansen
B&O製品紹介ページ
オーディオなんちゃってマニア道
セミオープンのような独特の高音域。ただ量的には多くはない。
ふわっとつけると空気感を伴う高音が味わえる。ただドライバユニット自体は低域中心のものなので、際だった美しさはないが。
量もあり、空気感の伴った柔らかい音。
解像度が...とか、分解能が....というより丸みのある暖かなもの。
ふくよかでヴォリュームのある低音。
ただし、きちんと装着ができた場合のみ。うまく密着しないとスカスカ。
フィッティングのさせ方で変幻自在。
きつめに装着するとやや低音が過剰の狭い音場、ゆるめにするとオープン型ヘッドホンのような空間を感じる音。
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購入金額
17,745円
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購入日
2012年11月06日
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購入場所
Isetan Bang & Olufsen
mkamaさん
2013/08/26
今は亡きアキバ「ヤマギワ」で購入しました。
2mの延長ケーブルは付属してませんでしたか?
2年ほど前、ケーブル断線して、伊勢丹の「Bang & Olufsen」で修理しました。
たしか修理費用5,000~6,500円で2週間くらいだった記憶があります。
cybercatさん
2013/08/26
>2mの延長ケーブルは付属してませんでしたか?
なかったですねぇ。
長い歴史をもつ製品ですから仕様変更でしょうか。
>たしか修理費用5,000~6,500円で2週間くらいだった
ネット報告より安価なんですね。でもこのメーカー(為替連動して?)ちょくちょく定価変えますから円安の今は大1枚コースってことなのかな?
supatinさん
2015/01/08
(*・ω・)*_ _)ペコリ
A8美しいですね。(*´ω`*)
随分昔B&Oに憧れたのですが価格的に手が出ず
オーテクの安物でお茶を濁し後悔した苦い思い出が・・
cybercatさん
2015/01/08
これは機能美を感じますね。
上手く装着できたら何とも言えない唯一無二の音が聴けると思います。
ただ入手性が劣悪なんですよねー。
模造品が相当出回っているのでオクなどでは博打になるし、ちゃんとした店のも直輸入品で保障の問題があったり、割高になったり。直営店で購入するのが一番なんですが、なにせ日本に12店舗しかない。その半分近くが東京23区内で、あとは埼玉、静岡、名古屋、神戸、岡山、高知、博多だけですからねー。東北以北の人は買うだけで一苦労。