実家に忘れてきたので再度購入。
高校生の時に読みふけっていた覚えがある。
1960年末期、学生運動の盛んな京都の大学で、当時学生であった高野悦子さんが自殺の前までに書き付けた日記と自作の詩が主な内容である。
改めて二十歳を超えて読みなおしてみると、あの頃は感じ取れなかった衝撃があった。
若さゆえの人間関係への憤り、自分が何者であるかのという問いと不安、それを国家という大きなものに対してまるでぶつけるかのように学生運動にかかわる彼女は、本当は詩を愛する、繊細でか弱い、感受性の豊かな一人の少女であったように感じる。
他者に投影することでしか自己を確立できず、金もなく、理解してくれる人もなく不条理に存在し、生きていかないといけないこと。そんな実存的な不安と、年頃の女性らしい、失恋やバイト先での人間関係といった日常の不安。これらがないまぜとなって現れる。
時折書きつらねられる詩は、卑近な言い方をすれば彼女の鋭い感性とそれを生じさせるほどの孤独感、その時の時代性をよく表現している。
彼女と同じ年齢の時、こんなこと考えたこともなかった。
「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である。」
彼女は孤独から出発し、そして孤独に散ったのだなあと思う。
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購入金額
529円
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購入日
2017年03月16日
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購入場所
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