軍艦マーチ(日本,アメリカ,フランス名行進曲集)だ。日本の自衛隊の演奏も良いが、この、ギャルド(フランス陸軍参謀本部所属軍楽隊)の演奏もハイレベルで素晴らしい物だ。日本人の作曲した行進曲が6曲、外国の行進曲が10曲入っている。
話は古くなるが、私の祖父はこの曲が大好きだった。ラジオもプレーヤーも無い頃なので、もっぱら自分で口ずさんでいた物と思われる。知っている方も多いかも知れないが、この曲には「歌詞」もある。「♪ま~もるも~せ~むる~も~」と言う物。昔の人らしく、祖父はいつもムスっとしていたので、普段は、余り嬉しそうな顔をしているのを見た事がない。しかし、私達「孫」にはいつも楽しそうに話し掛けた…。
(歌詞付きの「軍艦行進曲」)
祖父は私達孫の顔を見ると、戦争の事ばかり話していた。いつも、「ゼロ戦がB29を撃ち落とした話」ばかりなので、みんな、まともに聴いた事はない。祖父は、また、「如何にして一介の給仕から士官に出世したか」、こっちが聞きたく無いのを無視して話し続けていた。何時もストーリーが同じなので、こっちもすっかり内容を覚えてしまっていた。一つだけ印象深く覚えているのは、「戦争は終わったが、今にアメリカが日本を占領するぞ!」と言う物。「今にアメリカナイズの波が~」と言い換えると、奇しくも、現在、彼の言う通りになっている…。
祖父の話はそこまでで、ついでに伯父の話。伯父は勉強が良く出来て、師範学校へ行っていたので兵役を免れて居たのだが、いよいよ戦局が怪しくなり兵隊が少なくなると、師範学校生まで戦地に駆り出されたのだそうだ。戦地で特攻隊に所属し「いよいよ、ゼロ戦に乗って出発!」と言う時に戦争が終わったのだそうだ。「1日終戦が遅ければ死んでいた」と言う。伯父はそんな話をするのは嫌いだったので、これは、母親から聞いた物だろう。
伯父は若い頃は物理が得意で(後には、物理の教師になった)、良くラジオを作って聴いていたのだそうだ。時々、憲兵隊が「不逞な輩は居ないか」と巡回しており、家にも良く来たそうだ。すると、伯父はラジオをバラバラにしてしまい、瞬く間に証拠を隠滅していたのだそうだ。しばらくすると、また組み立てて聴いていた…。そんな経験が影響してか、戦後、伯父の家は中国共産党だった。私の父親は社会党だったので、まあまあ、仲が良かったみたいだ。
(平成24年度自衛隊観艦式/護衛艦いなづま出航・軍艦マーチ演奏)
そんな訳で、祖父は軍艦マーチが好きだったが、私は大嫌いだった。自分自身、将来、ちょっと変わった理由で「軍艦マーチが好きになる」とは想像もしていなかった。
そんな伯父の影響を強く受けて、やはり、秋葉原へ出掛け、真空管やらコイルやらダイオードやらでラジオを良く作った。そんなラジオで東京放送の野球中継は良く聴いた。「コバルトの空」は広くスポーツ番組のテーマ曲に使われていた。もっとも、タイトルは当時決まっていたかどうか分からない。レコード化が決まった時に慌てて決めた物だそうだ。ラジオは自分で積極的に聴いたのではなく、父親に付き合わされたのだが、良く夕方聴いたので、この音楽を聴くと夕方の気分になる。
曲目
- 軍艦行進曲(瀬戸口藤吉)
- コバルトの空(レイモンド服部)
- 立派な青年(大沼哲)
- 君が代行進曲(吉本光蔵)
- 大空(須磨洋朔)
- 祝典行進曲(團伊玖磨)
- サンブル・エ・ムーズ連隊(プランケット)
- ロレーヌ行進曲(ガンヌ)
- 第85連隊に敬礼(プティ)
- 連隊の娘(ドニゼッティ)
- 星条旗よ永遠なれ(スーザ)
- ナショナル・エンブレム・マーチ(バーグレイ)
- ワシントン・ポスト(スーザ)
- エル・カピタン(スーザ)
- 士官候補生(スーザ)
- 雷神(スーザ)
※収録された「他の曲」に対する思い出と「変わった理由で軍艦マーチが好きになった経緯」は、今回は「割愛」する。また、機会があったら説明しよう。
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購入金額
0円
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購入日
2000年頃
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購入場所
Amazon
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