レビューメディア「ジグソー」

「覚えていないことを後悔はできない。きっときみのことさえ覚えていないだろう」

本の蟲。
実は結構読書家で、特に若い頃は乱読しました。
ジャンル的にはSF~ファンタジー~ミステリなどからコミックまでイロイロ。
3桁では収まらない蔵書の中からトピックをご紹介していきます。

Marion Zimmer Bradley(マリオン・ジマー・ブラッドリー)、この女流SF/ファンタジー作家が日本に紹介されたのは比較的遅かった。世代としては先にご紹介したAnne McCaffrey(アン・マキャフリイ)

やUrsula Kroeber Le Guin(アーシュラ・K・ル=グウィン)と同世代。前者の“パーンの竜騎士”、後者の“ゲド戦記”と同時期に始められ、本国では高く評価されながら日本にはなぜか入ってきていなかったのがBradleyのSF/ファンタジーシリーズ“ダーコーヴァ年代記”。

本作は出版後四半世紀経ってから開始された和訳化1作目だが、解説にその理由が考察された部分がある。この“ダーコーヴァ年代記”は同じダーコーヴァという星にまつわる物語だが、完全なシリーズものではなく、舞台設定が共通の連作、といった感じの弱い結びつきだ。登場人物の重複も少なく、年代的にも(ダーコーヴァと言う惑星の成り立ちを語る前日譚を除いても)数百年にわたるという壮大なもの。したがってあるキャラクターに感情移入して読み継ぐ、ということがしづらい。さらにその数百年は停滞した数百年ではなく、変化があるものなので物語のカラーとしてもSFから剣と魔法のファンタジー、異文化との出逢いのアドベンチャー風といろいろある。この脈略のなさというか統一感の欠如が和訳が遅れた理由ではないか、ということ。

しかし読んでみるとこの世界の構築はきちんと行われているし、登場人物も魅力的、なによりBradleyの筆致が素晴らしく、グイグイと引き込む力がある。

ダーコーヴァ...Dark Over、闇のとばりと名付けられた惑星での物語、和訳された第一作ではこの星にとっては「よそ者」の地球人の視点で描かれる。

ダーコーヴァの4つの月が48年周期で“合”を迎える。その時トレイルマン熱と呼ばれる死亡率87%に及ぶ疫病が発生する。その疫病に対抗するため、あまり交流が深くなかったダーコーヴァ人貴族レジス・ハスターから地球人に提案があった。この熱病に(人間で言えばはしかのように)子供の頃かかり二度とかからないトレイルマンという亜人、彼らの血液から抗体が作ることができればこれらは解決する、と。この旅に同行してくれるなら、地球人に彼らの秘密、ダーコーヴァのマトリクスカ学を伝授すると。

辺境に住むトレイルマンは住む場所も険しいが、迷い込んだ人間を狩る習性がある。命までは取られないまでも手ひどく痛めつけられ、身ぐるみはがされる。さらに(これはダーコーヴァ全体に言えるが)「遠距離から人を殺傷する武器を忌み嫌う」ため、護身にレーザーガンなど飛び道具を使おうものなら、彼らの協力は絶対に得られない、という困難さ。

このとき地球側のメンバーとして選ばれたのが、ドクター・ジェイ・アリスン。彼は有能な寄生虫学者でこの抗体に関する専門知識も有している。さらに幼い頃飛行機の墜落でトレイルマンの町で育てられた経験があるという条件ピッタリな人物。

ところが、現在の彼はトレイルマンばかりかダーコーヴァ人にも嫌悪感を持ち、トレイルマンがトレイルマン熱の原因なら「トレイルマンたちの町に水素爆弾を」落とせば良いと主張、それを「たんなる害虫駆除ですよ、公衆衛生のためのね」と嘯くような冷血漢。以前不時着した飛行機から幼い彼を保護し育ててくれた彼らに対する親愛はない。

しかし彼には封印していた人格があった。およそ正反対の、山が好きで、トレイルマンの言葉がわかり、部隊を率いていけるリーダーになれる男の顔が。この人格「ジェイスン」が催眠術によって呼び起こされ、荒くれ者のメンバーや男勝りのフリー・アマゾンとして生活する現地の女性ガイド=カイラ、そしてダーコーヴァで最も尊敬を集めるハスター家の跡取りレジスを束ねて、かつて暮らしたトレイルマンの地を目指す。

途中天然の要害に悩まされ、薄くなる空気に苦しみ、はぐれトレイルマンの群れに襲われながらも、自分を育ててくれたトレイルマンの町に到着、長老に対面、ジェイスンは「息子」としてレジスとともに協力を仰ぐ。その説得のさなかジェイスンはなぜ自分が医者を志したのか思い出す。少年の自分を人間界に戻すために町まで連れて行く旅に死の危険を賭して志願した高地生まれのトレイルマンたちが空気が濃くなっていくうちに、苦しんでいくのを見た。「自分のために他人がこれほどの苦しみを受けたのだから・・・・・、自分も他人の苦しみを治すために生涯を捧げよう」というのが、彼が医者を目指した原点だったのだ。無事、供血者をつのることに成功し帰路につくが、旅の間に心を通わせるようになっていたカイラに対しても「この旅の間だけ呼び出された人格」であることが引っかかり積極的になれない。

冷徹なドクター・アリスンに対して理解を示したジェイスン。同胞を救うためにはトレイルマンたちを率いて帰る必要がある..しかしそれは血清学の専門家「ジェイ・アリスン」が呼び出され「ジェイスン」が「消える」ことを示している。最後の夜、カイラに求愛されながら「このわずか一週間で、ぼくは、ジェイ・アリスンがこれから生きていく、うつろで不毛な長い年月よりも、はるかに多くを生きた。これがぼくの生涯だ。もう、ジェイ・アリスンを恨むことはない。」と心を決めるジェイスン。

果たしてジェイスンはこのまま消えるのか、トレイルマン熱は撲滅できるのか、レジスと築いた友好関係による地球人とダーコーヴァ人との交流は?そしてカイラとの愛は?

SFやファンタジーの形は借りているけれど、ひとを描くことに重点が置かれている。生き生きと動く彼らの描写は是非読んでみることをオススメする。ただ現在絶賛絶版中。古本屋か図書館で出会えれば是非。再版キボンヌ。
  • 購入金額

    280円

  • 購入日

    1986年頃

  • 購入場所

17人がこのレビューをCOOLしました!

コメント (2)

  • お富さん

    2012/10/03

    ダーコーヴァ年代記は私も読んでみよう読んでみようと思いながらも本棚の肥やしになってしまっております。
    cybercatさんのご紹介を拝見して、これは読まねば!という気持ちになって参りました。
    そして、とにかくどれも表紙が綺麗なんですよねぇ〜。
  • cybercatさん

    2012/10/03

    お富さん、コメントありがとうございます!!
    >本棚の肥やしになってしまっております。
    なんともったいない!
    血眼で探している人もいるというのに..ww

    >これは読まねば!という気持ちになって参りました。
    ダーコーヴァの世界へようこそ!
    お富さんの旅に幸あらんことを!

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