その曲目ですが、まずは大バッハ、これは含まれて当然でしょうがその直系に当たるブクステフーデ、この方は言わずと知れたバッハに多大なる影響を与えた方が含まれております。しかも両者とも「前奏曲とフーガ」というこだわりが。またもう一方ではヴィドールとメシアンの作品も採り上げられていますね。先の組み合わせが北ドイツ・オルガン楽派、後者がフランス・オルガン楽派と呼ばれており、時代も前者がルネサンス~バロック、後者がロマン派~現代音楽とに分かれています。このチョイスは明らかに意図されたものでしょうし、奏者のこのアルバムに懸ける意気込みの表れでもあるのでしょう。
では内容に入りましょう。まずはブクステフーデから。「前奏曲」の部分は案外と早々に打ち切られ、次のフーガ部分が全体のメインのようです。しかしそのフーガもひたすらに登りつめるのではなく、中間に抒情的な部分を据えた構成となっており、ここが後述するバッハの作品とは大きく異なります。
それに対しバッハは前奏曲部分も充実したつくりで、それ自体が単独の作品として完結させられるほどの密度の高さを感じさせ、その後のフーガもブクステフーデのものよりも緊密な構成となっております。しかし両者ともコーダ(終結部)の劇性の高さは共通したものがあり、一貫性を感じさせます。
次にフランス楽派のヴィドールの作品を。このコラールの重厚な響きを聴いていて思い浮かぶのはやはりあのセザール・フランク。ヴィドールの師であり、フランス・オルガン楽派の創始者でもある彼の影響を色濃く感じさせます。時折聴かせる濃い翳りや重苦しさはまさに師ゆずりです。
対してメシアン、彼はヴィドールの弟子のトゥルヌミールの更に弟子でして、孫弟子といったところです。(そのトゥルヌミールには「神秘のオルガン」という全曲で12時間を要する超大曲が存在するそうで、いつかは聴いてみたいと思っている作品の一つです)この世代になると時代はもう前衛音楽、一聴するとヴィドールとは全くの別物といった感じです。随所で轟く不協和音などがそのあらわれでしょうが、よくよく聴くとこちらもコラール的旋律、それも下降旋律が幾度も頻出します。これはおそらくキリストの降誕―天上界から下界へ降りてゆく様―を象徴しているのでしょうが、そうした比較的オーソドックスな手法は受け継がれているようです。また、メシアンにはあの人気曲「トゥーランガリラ交響曲」に代表されるように、現代音楽作曲家としては非常に親しみやすい作品を書いていますが、こちらのオルガン曲も響きこそ少々斬新ですが旋律・リズム処理や構成などはとてもわかりやすく書かれています。
このアルバムにはもう1人、ガストン・リテーズという方の作品も収録されており、私も初めて聞くお名前と作品だったのですが中々面白い曲だと思いました。
まずは「前奏曲」。これは非常に純粋でかつ内省的な、寄る辺無き悲しみを表現したかのような美しい一篇です。それに対し「前奏曲と舞踏フーガ」では曲想が一転、ユーモラスで前衛的な響きが支配的なエネルギッシュな作品となっています。で、後者の作曲年を見てみると1964年、この時代を見ただけでピンと来た方はかなりの「通」ですね。そう、あのアヴァンギャルド旋風が吹き荒れた時代であります。想像ではありますが、この時代の流れにこの方も洗礼を受けてしまったのでしょう。しかしこちらも斬新ではあってもあのシュトックハウゼンやブーレーズのような難解さはカケラも無く、むしろ新鮮な響きが楽しくもあります。
さて演奏の方に参りましょう。さすがコンクール優勝者、どの曲も技術的には全く問題ナシ。ですがやはり他のアーティストと比較してみたくなるのがクラシック好きのサガでして、バッハの「前奏曲とフーガ」のみをあの「神様」ヘルムート・ヴァルヒャのモノ録音と聴き比べてみました。そこで感じるのはやはりヴァルヒャの偉大さで、気迫・集中力そしてフーガの構築力や密度などは正直相手になりません。まあ、まだまだ新人のアーティストと「神様」を比較するのはナンセンスの極みだということは重々承知してはいるのですが・・・。しかしこれも、こういった新人の方が必ず通る道なのです。他者と比較され、自分がどう成長すべきなのかを見定めてより高みを目指す、それが芸術家の使命なのですから。
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2011/03/06
私は前例を出したり他との比較を行えるような引き出しが無くて。。(^^;
げるねおさん
2011/03/06
クラシックは作品自体の魅力も大切ですが、他の演奏と比べて聴くのが最大の醍醐味だと思っております。演奏者によって全然違う聴こえ方がすることもあるので楽しいですよ~w
lapisさん
2011/03/06
誰もが簡単に比較出来てしまうというのも厳しい時代ですよね^^;
そして、アーティストにしてもレーベルとしても、楽器やホールの違いを言い訳には出来ないけれど、オルガンという楽器はどうしてもその辺の差も出てきてしまうという。。。
よく考えたら、教会付きではないオルガニストは、音作りとかの面でかなり苦労をしたりするのかもしれませんね。
yookano794さん
2011/03/06
げるねおさんの知識と経験に基づいた説明のお陰で、引き出しのない私でも、少しは理解できるのかな、と思います。
しかし神様と比べると、露骨に差が出ちゃうんですね〜。当たり前といえば当たり前ですが、ヴァルヒャやマリー=クレール・アランは、日本だと普通に良く聞かれる奏者でしょうし、比較されるのもやむなしと思います。
これが、オルガン=礼拝にて演奏される楽器、な地域では、また事情が違うのでしょうけれど。
げるねおさん
2011/03/06
クラシックの場合ポピュラーとは違って同曲異演があるのが普通ということもあって、愛好家の興味の対象となるのは主に演奏者の解釈や響きの違いだったりするというのもやむをえない事かもしれません。実際、演奏家はそれぞれが持つ個性を前面に押し出して覇を競い合う、という行為を昔から繰り返してきていますし、そういった個性はもはや技術的なものをとうに越えたところに存在するものだと個人的には思っております。
でもたしかにオルガンの場合はホールや楽器そのものの差が大きく影響されるのは事実でしょうね。実際ヴァルヒャは聖トーマス教会付きのオルガニストです。しかし録音に用いられたオルガンや会場は別の場所ですし、そういった条件を乗り越えることも演奏者に与えられた使命なのでは、と言うのは酷なことでしょうか。オーケストラ演奏の場合も会場によって音作りを変えますし、指揮者の場合はそのオーケストラ自体が変わりますから。
ですが、今の演奏家に課せられたものはおっしゃるとおり本当に厳しいものだと思います。先人があまりに偉大すぎることや、前にも書きましたがあまりにも聴衆が完璧を求めすぎることなどなど・・・。新人演奏家には同情を禁じえません。
>yookano794さん
こちらこそ、ありがとうございます。でも私の持つ引き出しなどたかが知れていますョ。実際、途中途中で「yookano794さん、タスケテー!」って思いましたし・・・(笑
リヒターやヴァルヒャ、ラミンといった方々は演奏活動そのものが聖なる行為ということもあって、他のコンサート演奏者とは精神的なものからして根本的に違うのでしょうね。レコーディングされた演奏を聴いても与えられる感銘度がまるで違いますし。
私は宗教というものは全く信じていないのですけど、こうして残された演奏からは大いなる感動を受けることが出来る、その幸せを深く感謝しております。
>オルガン=礼拝にて演奏される楽器、な地域
そういう所で弾かれるオルガンの響きにもまた他とは違う味わいがありそうですねぇ。いつか生演奏で聴いてみたいものです。
げるねおさん
2011/04/04
それは仏シャルランに遺されたメシアンの「主の降誕」他を収録したレコードの紹介でした。operaさんもお書きになられていますが、彼はヴァルヒャ同様盲目のオルガニストでありながらも優れた技巧の持ち主だったようです。
これでリテーズもフランス・オルガン楽派とのつながりがあることがわかりました。