収録順とは真逆になりますが、まずは「マグダラのマリア」( 1916年作)から。これは一聴してR・シュトラウスの影響を多分に受けていることが感じ取れます。その垢抜けた美しい旋律、語法、和声のあり方などはまさにドイツそのもので、日本的な要素はほぼ皆無です。しかし作曲者自身はそのことに後ろめたさを感じていたのか、いくらでもそのままの勢いで曲を進めることが出来そうなのに所々で「ためらい」のような煮え切らなさを感じさせます。これはあくまでも私の想像ですが、彼自身は今のままではいけない、西洋の模倣ではなく日本の、そして自分自身の独自性を打ち出さねばと思ったのではないでしょうか。
続いて「明治頌歌」( 1921年作)ですが、こちらにはそうした目論見をいくつか垣間見ることが出来ます。
まず冒頭にて雅楽を思わせる音階を使用した旋律が登場します。それは確かに西洋の物とは異なる雰囲気なのですが、その和声はどちらかというと印象派風であまり日本的な風情は感じ取れません。それは例えれば、マーラーが東洋的なものに憧れを抱いて作曲した「大地の歌」を我々東洋人が聴いてもやはり西洋的な響きに感じてしまう、そういったイメージです。
しかも、その後続く音楽はスクリャービンの影響が色濃く、ちょっと明るめにしたスクリャービンのオーケストラ作品といったイメージになってしまっています。後半部分で篳篥(しちりき)が登場してようやく体裁を保ちますが、それが無ければこの曲が日本人の作品だと気付く方はあまりいないのでは、と思ってしまいました。こうした所に山田耕筰の、西洋音楽から脱皮を図ろうとするも中々その影響から抜け出せずにあがく彼の苦悩が映し出されています。
そして最後の長唄交響曲「鶴亀」( 1934年作)にてようやくその試みは花を咲かせます。
この作品はCDの解説にもあるとおり、実在の長唄「鶴亀」にオーケストラをオブリガート(助奏)的に合体させた、いわゆる和洋折衷的な作品です。ここでの主役はあくまで長唄の方で、オケはその雰囲気を助長させるよう黒子に徹します。いわばオケは原曲に合わせて「合いの手」を入れるのですが、それが実に効果的で、引くべき所は引き、盛り上げる所でも決して前に出しゃばらずに影ながら盛り上げます。このようなことは作品を知り尽くした者でなければまず不可能でしょう。また「マグダラ」や「明治頌歌」でも感じたことですが、彼のオーケストレーションは実に素晴らしく、洗練されているのに軽くなりすぎないため響きが非常に充実しています。原曲の長唄が苦手という人も、こちらの曲ならば楽しく聴けてしまう(私が実際そうでしたw)のでは、と思いました。実に情緒豊かな作品で、これこそが山田耕筰が目指していた彼独自のスタイルなのではないでしょうか。
この盤は演奏の方も充分練れており、録音も素直で聴きやすく優秀です。そこいらのメジャーレーベルなんかより遥かに高音質で作品を楽しめます。
日本人の作品だからと私自身も日頃こうしたCDは敬遠しがちなのですが、そうした自分の行為がもったいなく思えるほどこの盤は魅力的です。収録順こそ逆ですが、これは1人の著名な芸術家が自己のスタイルを確立するまでの軌跡を辿ることのできる素敵な1枚です。興味のある方は必聴ですぞ ! !
コメント (7)
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今回のレビューは、かなり悩まされます・・・というのもドビュッシー以外対して知識がないという落ちがある為ですが・・・ さて、2枚目...
lapisさん
2011/02/28
>実在の長唄「鶴亀」にオーケストラをオブリガート(助奏)的に合体させた、いわゆる和洋折衷的な作品です。
武満はノヴェンバー・ステップスで、邦楽器とオーケストラを完全に対立するものとして処理をしていますが、山田耕筰はそれとは全く違ったアプローチをしているようで面白いですね。
げるねおさん
2011/02/28
武満徹ならばきっとこういう日和見的なアプローチは断固として拒絶するでしょうね。トンガっていないタケミツなどタケミツでは無いっ ! という人もいるようですし・・・(苦笑
operaさん
2011/03/01
私にはここまで深い考察が出来ない。。(^^ゞ
げるねおさん
2011/03/01
ありがとうございます。ちょっと長文になりすぎましたが、これが私流のデフォということで何卒ご了承を・・・(汗
思ったより作品が西洋寄りだったので内心ホッとしております。もっと純和風寄りだったならこうはいきませんでしたね。
STUDERさん
2011/03/01
レビューにCOOL!
げるねおさん
2011/03/01
過分なるお褒めのお言葉をいただきましてありがとうございます。このような拙い文章でもご興味を持っていただけると紹介者冥利に尽きます。
このCDは贔屓目抜きに一度は聴く価値があると思います。中でもやっぱり「鶴亀」は色んな意味で面白いですよ~。是非是非 !
げるねおさん
2011/03/02