主に第二次世界大戦を描く劇画家小林源文。SFなども書いたりしているが、ドイツの特に戦車隊の話で有名『カンプグルッペzbv』『黒騎士物語』『パンツァーフォー』等々。
墨とペンで書かれる世界観は独特。特に墨で書かれた煙は戦場の砂っぽさや爆風や黒煙をリアルに感じることができる。
■小林源文の太平洋戦争観
palebladeさんのレビューにもあるように小林源文は日本軍をあまり高く評価しておらず、特に二次大戦後半はまったく愚かとかんがえているようだ。それは数少ない日本軍を扱った作品で示されている
小林源文の考える「もうすこし太平洋戦争が続いていたら」というシミュレーションはかなり暗くリアリティがある。『日米太平洋決戦』収録の「帝都決戦」においては、米軍は本土に上陸し、首都が陥落寸前。局地戦闘機震電が実戦配備されていて、敵の爆撃機を迎撃に向かうが、日本は既に促成パイロットばかりで技量が低すぎるのであっさり返り討ちにされ、地上ではかき集めた日本軍戦車隊もシャーマン戦車に手を焼き、日本側は対抗手段が肉薄攻撃しかなく塹壕から飛び出してシャーマン戦車に向かって肉薄対戦車攻撃を行うしか対抗手段がない。梱包爆薬を抱いてシャーマンのキャタピラに飛び込む女学生や、まともな対戦車兵器でも刺突爆雷(パンツァーファウストをコピー量産できなかったので発射機構がなく整形炸薬を棒の先につけたもの)がせいぜい。
さらに沖縄戦のように軍人に指揮されて竹槍で突撃することになり泣きながら突撃する女学生たちといったふうでとにかく悲惨。
「ああきっとこうなるね開発力が高くても大量生産できないものね。しかも特攻でベテランパイロットも多数失っているから、いまさら高性能戦闘機ができても乗るのは促成訓練しか受けていない少年兵だもんね」と読んでいるとそう思えてくる。
※「帝都決戦」は『GENBUN MAGAZINE vol.004』にも収録
それ以外はそこまで悲惨なものばかりではなく、夜間戦闘機月光の斜め銃開発秘話のようなものや、戦艦大和の特攻を描いたものなどが他の作家とのアンソロジー本などに収録されている。あとは太平洋戦争といえるのかどうか疑問だが『東亜総統特務隊』(完全フィクション)なんかもある。
■太平洋戦記ZEROの特色
元々作者はリアリティ志向だったが学研の歴史群像の約十年の連載ではバルバロッサ作戦・ブラウ作戦・ツィタデル作戦・アフリカ軍団・ヴィットマン戦記・ノルマンディー1944・ザームラント1945といった作品群でヨーロッパの東部戦線・西部戦線・アフリカ戦線を描いた。その間学研側との対立があった結果一応キリのいい形で学研の連載はやめたようである。
GENBUN MAGAZINEが書きたいことを書くことがモットーなようだが、それはきっと学研がいろいろ口出して来たりしていてうっぷんがたまってたんだろう。僕の勝手な予想では学研のポリティカルコレクトによるセリフ修正や描写修正指示などが多くあったに違いないなと思っている。
それが確認できるのが、21世紀になってから、大日本絵画や日本出版でていた作品を加筆修正して『新装版』と銘打ったものがある。『炎の騎士 ヨーヘンパイパー戦記』『装甲擲弾兵』などにおいて差別的な表現などがかなり削られていたり修正されていたりする。人海戦術で突撃してくるソ連軍歩兵をMGやらで待ち伏せていっきになぎ倒すシーンなどで「まるで屠殺だ」→「まるで殺人だ」などなど。まあほかにも何か所もあるし、新装版を持っていない日中戦争などの描写も含まれている『東亜総統特務隊』なんかはかなり修正個所も多かったことだろう。
たしかに日本出版や大日本絵画では誤植が多かったが、それが直る代わりに小林源文らしい憎しみ満ちた重々しい戦場の世界観が大幅に失われているような気がする。
マンガにしろ劇画にしろ小説にしろセリフをいじられるってのは作者にとって不本意なことだろう。
■GENBUN MAGAZINEについて
書きたいものだけを書くためにGENBUN MAGAZINEという出版社かつ同人雑誌を刊行した。彼がCat Shit Oneシリーズの連載は今も続いていること考えると、どう考えても学研との対立があったとしか思えない。
またお蔵入り作品の『御巣鷹山の夏』もGENBUNMAGAZINE別冊で出た。
これはJAL123便墜落事故のドキュメンタリーで自衛隊による遺体回収が軸になっており、生々しすぎて出版社はなかなか取り扱ってくれなかったものだ。
このようにかなり込み入ったなまなましい話も自費出版であるからこそできるといえる。
ほかに、アマチュア時代の小林源文の作品や、劇画家志望者向けの教室コーナーなどかなり充実した内容になっている。
■GENBUN MAGAZINE ZERO 太平洋戦記について
そのなかの連載作品『太平洋戦記』だけを抽出し、さらに描き下ろしを加えたのが、この『太平洋戦記ZERO』である。
ほんとすごい画力。本人は独学とはいうもののとにかくデッサンの技術を修練したという。だからこそこのリアルさがあるのだろうと思えてくる。メカも風景は1コマだけでも素晴らしい美術作品だ。
これは「開戦編」であり
葛原和三 一佐(陸自幹部学校戦史教官)のまえがき
act-01 「トラトラトラ!」が事実上の海軍編で 1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃やZフォース(ふつうZ艦隊というが)を扱った事実上の海軍編であり、それに開戦前後の日米交渉や、日本の国内政治と戦争指導体制などがドラマチックに描かれる。
act-02 「マレー上陸作戦」とact-03 「シンガポール攻略作戦」がほぼ陸軍編
act-04 「第二弾作戦」がふたたび海軍編である
その後に関村正 氏による「太平洋戦争における、日米戦争計画の比較」といういかにも『丸』とかに載ってそうな論考である。 ※奥付には関村雅尚となっている
そして奥付とサイン(直販サイトで頼むと作者が暇をみつけてサインを書いてくれる)
■太平洋戦記が表現するもの
ちなみにこの論考は穏やかながらどうにかこうにかして日本が勝利するという架空戦記ブームを批判しているように読み取れ、さすが小林源文の雑誌なだけあって同じ意見の人物が寄稿している。
またあまり具体的に解説されているわけではないが太平洋戦争自体は日米の「ボタンのかけ違い」としており、「米国によって日本は戦争に引きずり込まれた」という一方的な見方も否定しているようだ。
それに続く国防方針(仮想敵国の変遷)と、日本国内の派閥対立 政府⇔陸軍(統制派×皇道派)⇔海軍(艦隊派×条約派) という複雑な内部対立を解説したうえで、日米の戦争計画の変遷比較を行っている。 そこに日本海軍潜水艦による漸減作戦などの位置づけも解説しており非常にわかりやすい。
政治問題や、開戦直前の外交交渉はほとんどないものの冒頭の架空戦記の話を削ればそのままテレビ番組にできるほどわかりやすい。
さて、話は飛んで小林源文の劇画表現は学研連載であったような解説が添えられた劇画という風になっている。戦術・人物・メカの解説コマは多くの場合は下段に配置されているのでストーリーのテンポの邪魔にならないので素晴らしい。
それらの解説も最新の研究成果を取り入れており、2002年に見つかった行方不明になっていた甲標的の話も入っている。ただし学研が歴史群像で扱ったときは重巡(?)に魚雷一発命中とされていたが、小林源文は命中説はとっていない。(そもそも歴史群像のデータ引用はディスカバリーチャンネルからでその番組中では命中していないという結論だったので当然っちゃ当然だが)
惜しいなと思えるのは、開戦時にはハワイ周辺に日本の潜水艦が多数出撃していた点を書かなかったことと、最新説をたくさん取り入れているのにハルノートが最後通牒であったとする方の説しか扱ってない点は残念だったが。
傾向としては、軍事劇画だから、内政の検証は新説も取り込んでいるが、外交関係はそもそも深く描写していないという感じがする。(まあ外交を書かれすぎたら動きのない文字だらけの小説みたいな作品になっちゃうからつまらないだろう。そう考えると末尾の解説でちょうど完成してるのか!と思った。)
■購入先
一応同人誌という扱いなので一般書店では売っていない。ただ取り寄せれば可能かもしれない。
通販の場合は、作者サイトのショップからか、Amazon.co.jpなどから購入可能。
ぜひ新品を買ってほしい。あとAmazonで買うぐらいなら直販がおすすめ。マーケットプレイスだと利益の一部がアマゾンにいっちゃうので、どうせなら最大限作者にいくべきだからだ。
また業者さんむけに卸すことも可能とのことなので、書店関係者さんは夏の太平洋戦争フェアなどに合わせてこれを仕入れたりしてくれるといいのになあとおもう。
-
購入金額
2,100円
-
購入日
2011年05月10日
-
購入場所
ZIGSOWにログインするとコメントやこのアイテムを持っているユーザー全員に質問できます。