しかし、私の知る限り、3DCGこそ、才能ある個人が集まって絶えず改修していていく現在のBlenderの形こそが、本来あるべき形だと思う。
以下、私自身の経験と記憶をベースにしているので、間違いや勘違いも甚だしく存在することをお許しください。
コンピュータグラフィックスと映像制作は、切っても切れない関係がある。
おいらが初めて、3DCGと呼ばれる映像と出会ったのは、高校の頃だったと記憶している。
それは劇場版アニメ「ゴルゴ13」だった。
当時、世界有数のスパコンを有していた大阪大学の協力で制作された、世界初の3DCGアニメ。
といっても、実際はワイヤーフレームがころころと展開する程度の映像に、ゴルゴのシンボルといえる棘を被りM16を持ったスケルトンや、スカルイメージがレンダリングされている程度だったと記憶している。何よりも、この作品で出崎統という監督の存在を知った。いや、正確にはこの時は名前など意識していなかったが、後の「ブラックジャックOVA」で再認識したといった方が良いだろう。
さて、その前年に映画「TRON」が公開されていた。全面的にCGが本格的に多用された映画として注目を集めていたが、作品的には・・・ もとい、CG的にはイマイチで、あまりインパクトを受けなかった気がする。やはり、ワイヤーフレーム中心の空間演出が中心だったと記憶している。
時を同じくして、ゲームの世界も3DCGの波が押し寄せる。やっぱりワイヤーフレームだが、なかなか良い感じの動きをしていたと記憶している。中でも、ATARIの「STAR WARS」は大好きだった。1プレイ100円が当たり前の当時、場所によっては200円とられた気がするが、気のせいだろうか? 「Use the Force, Luke」や「The Force Will be with You」などのセリフが心地よかったww
その後、CGも少しずつ面の表現が施されていったように記憶している。
おいらが記憶しているのは、LightWaveの登場だ!
当時、手軽にノンリニア編集が可能になるとしてアメリカを中心にVideoTaosterなるAmigaのDTVが話題になった。残念ながら、Amiga自体もVideoToasterも、日本ではあまり普及しなかったが、少なからぬ憧れの気持ちを持っていたのを覚えている。このVideoToasterシステムに添付され、後のILMなどに影響を与えたと聞く。何よりも、モデラーとレンダラーが別のアプリケーションになっていたため、非力なMacintoshでも使え、比較的安価でコストパフォーマンスに優れたものだった。
しかし、そんな3DCG戦国時代に生き残ったのは、3dMAXやMAYAだったように記憶している。
2000年代に入り、ゲーム業界がポリゴンCGに傾倒していく中、ゲームでは3dmax、インダストリアルデザインの世界ではMayaがユーザーを広げていった。当時の自動車メーカーで3DモデリングはほとんどのメーカーがMayaを使っていたのではないだろうか。
2005年、3DCGソフトの世界に大きな変化が生まれる。AutoDeskによるMayaの買収だ。
ハイエンド3DCG制作の現場をほぼ二分していた、3dmaxとMayaが、3dmaxのAutoDeskに買収され、インダストリアルデザイン、3DCADのAutoCADに統合されていったのだ。この流れを快く思わなかったのか、その頃からBlenderの名前が聞かれるようになっていった。
遅ればせながら、おいらがBlenderを使うようになったのは、この2~3年の出来事だが、非常に出来の良い3DCGだと思う。
・無料で配布されている
・日本語にも対応した
・モデリングから、レンダリング、ムービー作成、ラジオシティ対応など、これだけで何でもできる。
商品サンプルとして、一升瓶を作ったりしたww
バックライトを設定していないので分かりにくいが、ちゃんと中が空っぽの状態で、瓶の感じがきちんと表現できている。(と、自己満足)
まだまだ使いこなせてるとはいえないレベルだが、モデリングの柔軟さやアプリの動作の軽快さがお気に入りなのだ。
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購入金額
0円
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購入日
2013年頃
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購入場所
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