「植物図鑑」というタイトルと表紙を見たとき，これは面白そうだと直感した．

そして実物を手にしたとき，少し拍子抜けした．

キャッチーな表紙だ

これは普通の人が思い浮かべるところの図鑑ではない．

図鑑とは一般に，生き物の特徴をとらえた写真と

生態を説明した文章とでつくられる．そこへくると，この本はちがう．

冒頭に著者の植物（花）に対する思いがのべられた後は，

フラワーデザインの写真がつづく．最後に学名がならべられて終わりだ．

フラワーデザインの数々

巻末の学名リスト

ぱらぱらとページをめくりながら思った．

いったい，この本はどのように楽しむのだろう．

手がかりを求めて「花の生と死のはざまで」と題された序文をよんでみた．

これは面白い．

花を切り刻みながらも，見る者の心のなかにその生命をいかにひきだすか

という難問に向かいあってきた一人の花屋さんの格闘が目に浮かぶ．

著者も述懐しているように，花卸売市場に騒然とならぶ花たちには

「自然」の有り様というものがなく，人が介在した「商品」としての評価

だけがついて回るのだろう．そのなかで，花の命を最大限にひきだそう

とする著者の姿勢に（僭越ながら）共感を覚える．

もっとも本書の数々のすばらしい写真を見ても，

フラワーデザインとかフラワーアレンジメントといった現代の造形美から

みずみずしく激しい命を感じとることは（残念ながら）私には難しかった．

良し悪しというよりも感性にずれを感じる．現代美術に疎いとされる

日本人の一部も，もしかすると似た意見をもつかもしれない．

では私のような読者にとって本書はつまらないのか．

私は一枚一枚の写真をじっくり見るなかで，自分なりの楽しみ方をみつけた．

（序文にもあるように）本書には，人の目というフィルターを通して

きれい・面白い・奇抜な花たちが世界中から集められ，一堂に勢揃いしている．

鉱物でもそうだが，ぱっと見て綺麗で風変わりな石というものは沢山ある．

でも例えば書棚に置きたい石や指輪にできる石，じっくり眺めたい石となると，

実はかなり種類が限られてくる．人のニーズや市場原理というものは

欲の象徴として批判をあびることも多いが，そうした言わばエリート品種を

素人がみつけるうえで意外に役立つのではないだろうか．

本書には 1600 ものエリートたちがページを賑わせている．

ページをめくる．面白い花をみつける．末尾のリストで名前を調べる．

インターネットや図鑑でもっと詳しい情報をえる．これは楽しい作業だ．

たしかに本書は作品集という色合いがつよく，図鑑としては

自己充足的ではないかもしれない．でも，現代においては

情報のソースは沢山ある．この本は，お気に入りの花を見つけ，

自分で補完してゆく新しいタイプの図鑑といえるのかもしれない．

もちろん，フラワーデザインの良さがすっと理解できる方は

図鑑という枠にとらわれず，もっと素直に楽しめばいい．

それが本書の本来的な楽しみ方であることは言うまでもない．

最後にいくつか目にとまったページをあげておきたい．

まずは，黒背景にオレンジのダリアとコウモリランがはえる一枚．

炎の祝祭

夜の炎のようで面白い．

とくに右手のコウモリランが炎のダイナミックな動きを想像させる．

つぎはアール・ヌーボー調のカーブが個性的な一枚．

アール・ヌーボーのテーブルランプ

螺旋階段のようなチランジア・ドーラティが面白い．

最後は（上と同じく）複数の花をあつめて

ひとつの花，ひとつの株に見たてた作品．

赤のルートシェア

（ルームシェアをもじってみた．ルート＝根っこ）

残念ながら，このように多様な花弁をもち，

人を楽しませるために生まれてきたような花は

世界中をみわたしても存在しないことを私は知っている．

知っているということは時につまらないことだ．

同時にこのことはフラワーデザインの可能性を示唆しているのだろう．

P.S. 青幻舎 様および zigsow 様，関係者の方々に感謝します．綺麗な写真を

　　（私の稚拙な写真テクニックのせいで）うまく表現できていないことに

　　お詫びしたいと思います．

　　本文では，感じたことをそのまま書きたいので

　　です・ます調から（傲慢に感じますが）だ・である調に変更しました．