レビューメディア「ジグソー」

"人工的生命の輝き"と"シュルレアリスム"



東信氏によるアートブック「Encyclopedia of Flowers―植物図鑑」。

世界屈指の規模を誇る日本の花市場や、遠く遥かアマゾンの熱帯雨林やアジアの湿地帯、
厳しい自然環境に原生する植物を、季節を越えて東京に集められたものを、
フラワーアーティストである東信氏が独自の哲学により生けた植物を、
椎木俊介氏がその生気を逃さず撮影している。

アートブックとしては一般的な物に比べて一回り小さいB5変型、
ページ数は500ページを超える大ボリュームで、持ってみるとずっしりと重い。
並製本(ハードカバーでは無い)で、品のある洋書のような雰囲気の装飾となっている。

この手のアートブックは、通常A4サイズ以上のハードカバーと、
それに見合う豪勢な装飾、そして買うのを躊躇する程の高額な値付けがされているのが
普通だが、本書はたった3360円で手に入れることが出来る。

アートブックのジャンルに当てはまる本書だが、
実の所、アートブックとしては、見開きで印刷されているため見づらくなっている写真や、
印刷での余白の使い方に甘さが感じられる。
植物図鑑としても、見ての通り写真一つ一つに植物の名前が
書かれているわけではないので実用用途では使えるものではないだろう。
(巻末にリストが載っているが実用的では無い。)

とどのつまり、アートブックでもなく植物図鑑でも無い。
本書はアーティスト、クリエイターの発想の手助けになるように作られた
リファレンスブックなのだ。

製本方法や内容量や索引、そして値付けから見ても、

"ただのアートブックとして飾って欲しいのでは無い"

"辞書のように使い倒して欲しい"

という気持ちが伝わってくる。

この点だけを持ってしても、東信氏の本書への強い拘りを感じる事ができる。




 と、まあ、ここまで東信氏の気持ちを代弁しておいて何だが、
この手の本のレビューは少し苦手だったりする。

 作品に対する解釈や、感じ方は人それぞれで、
自分の感じた事が他人にとって共感できない事象である可能性があり、
かつ、著者の気持ちと剥離している場合もままあるからだ。
結局の所、現物をその人が見るしか正しい感想を得ることは出来ない。

そんなことを言ってしまえば、レビュワーの意味などまるで無いという事になってしまうが、
少なくとも私程度の文才だと、事実そうだから仕様が無い。

なにより、自分なりの考えを多少なりとも表現しなければいけない為、
自分の勉強不足を露呈するようで少し気恥ずかしいことも挙げられる。
(これが一番の理由かもしれないが・・・苦笑)


 ここでグダグダと言っていても本書の魅力には辿り着けないと思われるので、
サンプルを幾つかお見せしながら書き綴っていこう。


個人的に本書「Encyclopedia of Flowers―植物図鑑」を理解及び楽しむ上で、
重要な手がかりとなった「序文」。
フラワーアーティストである東信氏の花への向き合い方について書かれている。

命題、"殺して生かす"。

刻一刻と萎れていく花を生けるとき、その花の命をいかに引き出し、
際立たせるかという点に著者は心力を注いでいるという。
日本古来の生け花と異なる"狂おしいほどの生命のありよう"を表現したいのだ。


例えば、此方。


-黄金比の破壊と再構成-

常日頃、日本の植物を見ている私たちにとってすれば、まさにあり得ない光景だ。
ありとあらゆる世界中の花々が所狭しと並び、
それぞれが強烈な個性を放ち、"私たちは生きている"と叫んでいるかのようだ。

綿密に錬られた構成なのだろう。ちょっと、自分がデザインをやってる風に、
配置の比率など見てみようと思ったが、複雑過ぎて心が折れてしまった。笑
ただ一点言えることとして、少なくとも黄金比などの比率配置ではないということ。
なぜなら、不安定で躍動的といった強烈なインパクトがあるからだ。

もし、植物一本だけを写真に納めた場合、こうはいかない。
植物は"黄金比"で成り立っている。

安定してい静的で、見ていて心が安らぐ。
それが本来の植物の形状であり、黄金比の効能だ。

黄金比とは、人が見て最も美しいと感じる比率のことで、
古くはパルテノン神殿やピラミッドといった歴史的建造物、
もしくは美術品の中に見出すことができる。

黄金比をなぜ人間が美しいと感じるのか。
それは、人間の生まれ育つ環境、地球の自然界には、
黄金比で満ちあふれているからに他ならない。
それは自然自体が黄金比で成り立っているから、人の目に最もしっくりくるのだ。

さて、先ほどの写真に話を戻そう。
配置されている植物一つ一つは黄金比で構成されているというのは説明したとおりだ。
では、なぜこうも強烈な個性と"生の躍動"を感じるのか。
それは、構成が黄金比でない無秩序(カオス)になっているからだ。
黄金比からわざと外すと不安定さが生まれ、そこには人の心に残る何かが生まれる。
私もポスター製作など依頼されたとき、黄金比と無秩序のバランスに気を配るようにしている。
情報媒体においては双方ともに偏り過ぎては駄目なのだ。

その点、紹介した写真は、計算された無秩序のように思える。
それゆえ、"生の躍動"を感じるのではないだろうか。


此方の写真も面白い。


アンスリウム/アマリリス/ポピー/ダリア


                                               タッカ/バラ

                                             -超現実世界-

一見、どこにでもある花に見えるが、実のところ幾つもの花のパーツを重ね合わせ、
人工的な花を創り出している。これは、一種の"シュルレアリスム"だ。

シュルレアリスムとは、不条理な世界、事物のありえない組み合わせなどを
写実的に描く画法のことであるが、まさに上記写真はそのシュルレアリスムの画法と当てはまる。

むしろ現実世界の物体を本当に組み合わせているのだから、
絵画よりも、用法としては更に当てはまっている。
シュルレアリスムの和訳"超"現実世界の通り、植物も重ね合わせることで、
通常の植物の組み合わせよりも、強烈な個性を感じさせられるのだ。


そして此方。


暗闇の中に浮かび上がる毒々しいまでの花の造形。
如何にして生命を表現できるのかを著者が探求しているように強く感じられる。

生命の光を強く輝かせる方法は、いま有る既存のフラワーアレンジメントと類を異するものだ。
それは人工的であり、少なくとも日本の自然界にあるものでは無い。

「切り花」の中に""を見るのが華道とすれば、
東信氏のフラワーアレンジメントは""だ。



本書、全編通して、カオス、シュルレアリスム、毒といった作風が見て取れるが、
そのその不安定な作風が生命の輝きを確かに強くしていることは間違いない。
これが、序文にある著者の「殺して生かす」ということなのだろう。
植物に対しての考えを改める契機になる"劇薬"のような一冊だ。

アート、デザインなど様々なクリエイティブな業種に働いている方へ
この劇薬を飲んでみることをお勧めする。

消化出来なければ""、昇華出来れば""。

どちらにしても、自分の中で何かしらの化学変化が起きているだろう。

コメント (10)

  • リーダーさん

    2013/01/27

    むは・・・
    アートブックからここまでのレビューが生まれてくるというのも
    なんというかすごい・・・
    超Cool です!
  • cybercatさん

    2013/01/27

    表現が素晴らしいですね!

    カオスの美。
    混沌の中の美しさ。
    >刻一刻と萎れていく花を生けるとき、その花の命をいかに引き出し、
    >際立たせるかという点に著者は心力を注いでいるという。
    >日本古来の生け花と異なる"狂おしいほどの生命のありよう"を表現し
    >たいのだ。
    自然界では同じ場所にはあり得ない花々の共演。

    自然を箱庭的に象徴的に切り取るのが生け花ならば、この本は花々の自己主張を後押しし、けしかけ、戦わせたもの、という感じがしました。
    一度書店で観てみたい本となりました。
  • きっちょむさん

    2013/01/27

    >>リーダーさん
    コメントありがとうございます^^
    超Coolだなんて、とっても嬉しいです。

    でも、浅学を露呈してしまったような気がして、
    恥ずかしい限りです^^;
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