レビューメディア「ジグソー」

「IBM」という名の鞍

コストダウンの波に抗った意欲作、それが「プリファード」シリーズ

 

今やIBMといえばクラウドサービスや「Watson」などのAI、メインフレーム「Z」などのハイエンドコンピューティングが主力ですが、コンシューマ市場ではレノボへの事業売却を契機にその名を聞くことも少なくなりました。
そんなIBMですが、かつては「世界標準」と呼ばれるほどのトップベンダーに君臨していました。現在もファンの多いThinkPadをはじめ、現在のOADGキーボードの原点・5576-A01(79F0167)など、優れたインタフェース機器を数多く生み出してきたメーカーでもあります。特に5576-A01の打鍵感は至高と呼ぶにふさわしく「大理石をパチンコ玉で叩くような感じ」という評価もあるほどです。

5576-A01の登場はWindows95が登場する少し前で、当時は高性能に見合うだけのコストをかけることが許された時代でした。
ところがWindowsの普及とともにPCのコモディティ化が進み、性能に直結しないキーボードやマウス等の入力デバイスは真っ先にコストダウンの対象になりました。
やがてPCそのものも低価格化が進み、ついにIBMはPC事業を(更にその後はサーバー事業も)中国・Lenovoに売却。IBMのロゴを冠したPC製品は市場から姿を消しました。

 

IBMキーボードの歴史を紐解く際、名機5576シリーズと並んで私が高く評価しているのが「プリファード・プロ(Preferred Pro)」と呼ばれる一連のシリーズです。42C0120、SK-8825などのモデルナンバーを持ち、左上が大胆にカットされた斬新なデザイン。黒色のメインキーとグレーのFnおよびテンキー周り、そしてIBMの代名詞「BIG BLUE」を連想させる青いEnterキー。東プレのREALFORCE、PFUのHappy Hacking KeyBoardなど日本製ハイエンドと比べても、今なお色褪せない一級品のデザインだと筆者は思います。

(思わず気持ちが昂ぶる、青いEnterキー)


コストダウンで損なわれた快適さを、モディファイで取り戻す

 

今回レビューで取り上げるのはプリファードの系譜でも珍しい製品で、00Y7348というモデルナンバーが与えられています。Lenovo売却までIBMキーボードの主流だったSK-8825のサーバー用で、Windowsキーのデザインが8825と異なります。また本体やキートップの表面加工もシボ加工が適度な粗さを持ち、コストダウンとデザイン、そして使い勝手のバランスが考慮された良品でもあります。入力方式は一般的なメンブレン+ラバーシートですが、手を加えるとデザインに見合った逸品に大化けします。

 

愛用するにあたり、筆者は以下の軽微なモディファイを加えました。

 

 1.全キートップのオイルLube(ルブ)
 2.スタビライザー使用キーのグリスアップ

 3.パームレスト部の加工(アルカンタラシート貼付け)

 4.Enterキーの荷重変更


IBM/Lenovoともに共通しますが、本機のスライダー部分はコストダウンの影響か、組み付け精度が低くタイピング時のノイズを誘発します。またキーのストロークにも若干の引っかかりがあり、ノーマル状態だと気持ち良いとは言い難いです。これを解消するべく、SOFT99のシリコーンオイルを全キーのスライダー部に手塗りしました。
この辺は富士通Libertouchでも実践済みの手馴れた手法です。

 

またEnterやスペース、テンキーの一部にはスタビライザーが付属します。これがカチャカチャ鳴るため、接触部分にKUREのシリコングリースメイトを塗布。つごう2重のルブでほぼ静音化することが出来ました。ストロークも上品なタッチに変わり、ようやくデザインとのバランスが取れて来ました。

 

プリファードキーボードには、表面がゴム調のリストレストが付属します。本レビュー最初の画像に装着状態を載せていますが、長時間タイプで手のひらが熱を持ってくると、どうしても引っかかりが気になります。接合部分にはアルカンタラ調シートを採寸し貼り合わせました。掃除が少しばかり大変になりますが、さらさらした感じで手元が快適です。さらには見た目の質感もアップ。

 

とどめはEnterキーの荷重変更です。外観上のアクセントと合わせて、ここだけタッチを変えました。ノーマルのキーはスライダーでラバーシートを直接押すだけですが、ストロークの押しはじめに少しだけ「溜め」が欲しい。そう思い、Cherry MX用の金メッキスプリング(60g)を装着しました。スプリング追加によって打鍵後の反発も増えますが、タイプ圧が強めの私にはちょうど良く、何よりも「特別なキーを押した」実感が得られます。

(特別なキーのみ、特別な加工を施す)

 

 

このキーボードのメンブレンスイッチですが、どのような加圧構造になっているのか大いに興味が涌いてきます。
打鍵の力が伝わるのは間違いなくスライダー>ラバーシート>メンブレンシートの順ですが、メンブレンに対するアクチュエーションをEnterキーに装着したスプリングで賄うことができないかと考えます。ラバーシートの各キー中央部を穴あけ加工し、スプリングで直接押せるようになれば、入力の構造上はLibertouchとほぼ同一になります。いずれ、検証用のもう一台で試してみようと思います。成功の暁には、全キーへのスプリング装着も試してみたいです。

(ラバードーム中央にスプリングを貫通できれば、もしかして…)

 


「IBM」の3文字に対する畏敬と郷愁


このキーボードですが、Lenovoブランドならば現在でも同形式のSK-8825を比較的容易に入手することが可能です。
それでも「IBM」という3文字に畏敬の念を抱いている世代としては、やはり買収先の現メーカーより往年の名ブランドを選びたくなってしまいます。
それだけに新品の入手は難しく、おのずとユーズド市場(オークションやフリマは勿論、時にはeBay)を探し求める結果になってしまいます。
現在も人気の高いノートPCの定番「ThinkPad X1」やデスクトップ機の中でもひときわ洗練されたデザインの「Think Centre」など、意匠自体の良さはLenovoにもあります。けれど、何かが違う。
かつて「Think」を企業理念に掲げたIBMだからこそ、デバイスを通じて理念や哲学に共感できる。筆者はそう思います。

 

ふと脳裏に浮かぶのは、HHKBの生みの親でもある和田英一・東京大学名誉教授による談話です。

 

「アメリカ西部のカウボーイたちは、馬が死ぬと馬はそこに残していくが、どんなに砂漠を歩こうとも、鞍(くら)は自分で担いで往く。馬は消耗品であり、鞍は自分の体に馴染んだインタフェースだからだ。
いまやパソコンは消耗品であり、キーボードは大切な、生涯使えるインタフェースであることを忘れてはいけない。」

私にとってのIBM製デバイスも、鞍のようなものかも知れません。

(もうひとつの筆者愛用IBM。光るスクロールポイントマウス・MO09BO)

  • 購入金額

    0円

  • 購入日

    2022年08月頃

  • 購入場所

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