続々と登場したファミコンの兄弟たち
ファミコンの魅力を語る上で忘れてはならないものの一つに、その拡張性の高さや豊富な周辺機器が挙げられる。発売当時はグラフィック、操作性の点で他のゲーム機を凌駕したファミコンだったが、コストを下げるために余分な機能は省かれていた。それを補完するため、またより高度の楽しみ方を提案するために、サードパーティを含めて実にさまざまな周辺機器が開発された。
その第一弾がファミコン誕生の翌年である1984年2月に発売された「光線銃シリーズ」だ。2月に「ワイルドガンマン」、4月に「ダックハント」、6月に「ホーガンズアレイ」と矢継ぎ早にリリース。定価はソフトと銃がセットで8,500円だった。コントローラの替わりに付属の銃を使ってプレイするというユニークなシステムを採用していたが、残念な事に光線銃を使ったソフトは以降リリースされなかった。
同じ年に発売されたのがBASIC言語を組み込んだROMカセットとキーボードからなる「ファミリーベーシック」だ。こちらは定価は14,800円。メインである「ゲームBASICモード」では、あらかじめ定義されたキャラクターを使って比較的(あくまで比較的)簡単にゲームが作れる他、音楽製作や占いなどの機能も付いていた。パソコン雑誌などに自作のプログラムが公開されるなど、プログラムに興味のあるユーザーの間ではそれなりに盛り上がったが、メインターゲットと考えていた小中学生にとってはやや難易度が高かったのか、思ったように支持されず大ヒットには至らなかった。
周辺機器の中でもひと際異彩を放っているのは、1985年7月に発売されたのが「ファミリーコンピュータ ロボット」だろう。ロボット本体の価格は9,800円。遊ぶには別売りの専用ソフト「ブロックセット」(価格4,800円)または「ジャイロセット」(価格5,800円)が必要。光線銃シリーズの技術を応用して、プレイヤーが画面上でゲームをプレイする事でテレビ画面上から発せられる光信号をロボットが読み取り、ブロックを積んだりコマを動かしたりする。仕組みとしてはユニークだったが、その2ヵ月後に発売された「スーパーマリオブラザーズ」の大ヒット(累計販売本数680万本以上!!)の陰になってしまった感がある。
さて、今では3DのTVや映画もさほど珍しくなくなったが、1987年当時はまだまだ新鮮な技術だった。この年、東京ディズニーランドにはマイケル・ジャクソン主演の立体映画アトラクション「キャプテンEO」がお目見えし大いに話題を呼んだのだが、時を合わせるかのように任天堂が送り出したのがファミコン用の3Dスコープ「ファミコン3Dシステム」(価格6,000円)だ。仕組みとしてはスコープ内の液晶シャッターで画面上の映像を高速で点滅させ、左右の目に独立した情報を送る事で3Dでゲームを楽しめた。しかし対応ソフトが少なかった事やスコープを掛けながら長時間プレイすると目が非常に疲れた事などからこちらもそれほど普及はしなかった。
こうした周辺機器とソフトは決して商業的な大成功を収めた訳ではないが、その常に新しい技術をゲームに取り入れていこうという任天堂の遺伝子は、その後に発売するWiiやニンテンドー3DSへとしっかりと受け継がれている。





