百花繚乱!PDA文化のはじまり
PDA(=Personal Digital Assistant)という概念を初めて提唱したのは、1985年にジョブズを社内から追放したアップルのCEOジョン・スカリーだ。
『携帯に便利で、個人のスケジュールやアドレス、ToDoなどを管理・活用する秘書役をこなせる情報端末』
その思想は1992年のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でアップル・ニュートン・メッセージパッドと共に発表された。
翌年に発売されたニュートン・メッセージパッドには、それまでの端末にはない機能が盛り込まれたアップルらしい野心的な製品に仕上がっていた。縦長にも横長にも画面を切り替えられる液晶スクリーン、赤外線通信、イーサネットを用いたパソコンとの同期機能、FAXや電子メール、スタイラスペンを使った手書き認証…革新的な機能がぎっしりと詰め込まれていた。しかし、このメッセージパッドがPersonal Digital Assistantという言葉を体現している一番のポイントは、あたかもAIが搭載されているかのように入力されたデータを能動的に使い、ユーザーの意図を理解してサポートをしてくれるアシスタント機能だ。しゃべりこそしないが現在のiPhoneに搭載されているsiriのように、どこか未来を予感させる機能だった。しかしニュートン・メッセージパッドは商業的な成功を収めることができなかった。携帯性を謳う割に大き過ぎる、価格が約1000ドルと高すぎるなど、さまざまな欠点を指摘する声もあるが、一番の理由は時代を先取りし過ぎていた点にあろう。当時はまだWeb環境も未成熟であったし、赤外線通信も一般化していなかった。結局、プロジェクトを推進したスカリーがCEOを退任した後、アップルへ復帰したジョブズによってニュートン・プロジェクトは打ち切られてしまう。
ニュートン・メッセージパッドの開発にあたり、手書き機能などの分野でアップルと共同開発をしていたのがシャープだ。シャープは93年、PA-7000の後継となる液晶ペンコム「ザウルス」PI-3000を発売する。8ビットCPUにタッチパネル付き反射型モノクロ液晶ディスプレイを採用。カレンダー兼スケジュール表、ToDoリスト、電話帳、名刺管理、3種類の電子辞書、フォームを選べるメモ帳など機能は充実。スタイラスペンを使った手書き認証は漢字・平仮名・片仮名すべてに対応していた。実はシャープはこれに先立ち、 ハイパー電子マネージメント手帳と銘打ったPV-F1を出していた。大型液晶パネルに漢字を手書き入力できるなど機能は素晴らしかったのだが、価格が128000円と高価であったため売り上げは伸び悩んだ。その反省を踏まえ、PI-3000は65000円と価格を半分に押さえたほか、サイズ・重量もPV-F1の1/2になるよう開発された。PI-3000はビジネスマンを中心に人気を集め、その後もパソコン通信ソフトが搭載されたアクセスザウルス、カラー液晶を採用したカラーザウルスなど製品ごとに進化を重ね、ザウルスシリーズはロングヒット商品となる。
ザウルス、ニュートン・メッセージパッドが誕生した同じ年、モバイルコンピューティングの幕開けを予感させる革新的なノート型PCが発売される。IBMのThinkPad 220だ。当時、パソコンメーカー各社からラップトップPCは発売されてはいたが重量が5~10kgと、どれも持ち運びを想定したモノではなかった。それに対しThinkPad 220は重さ1kg、サイズはA5版程度とかなりコンパクトであった。代償としてメモリは2MB、ハードディスクは80MBと性能面を犠牲にした面は否めなかった。
しかし、ThinkPad 220がユーザーや市場に与えたインパクトは大きい。CMにウルトラマンを起用し「ウルトラマンPC」と呼ばれた、95年発売のA6サイズの極小ノートPC、日本IBMのPalm Top PC 110 や、96年に発売された当時世界最小のWindows95搭載マシン東芝Libretto20など、現在のウルトラブックやタブレットPCへとつながっていくPCたちが、その後も次々と誕生していったのだ。







