レビューメディア「ジグソー」

「そのまま、また目覚めても安全なときがくるまで眠らせておいて」

実は結構読書家で、特に若い頃は乱読しました。
ジャンル的にはSF~ファンタジー~ミステリなどからコミックまでイロイロ。
3桁では収まらない蔵書の中からトピックをご紹介していきます。

もう2年間以上にわたって断続的にご紹介しているMarion Zimmer Bradley(マリオン・ジマー・ブラッドリー)の連作、ダーコーヴァ年代記。この数千年にわたる年代記は大きくいくつかの年代に別れる。女史亡き後(1999年歿)もその世界観に魅せられた有志によって書き続けられている年代記にはもう少し時間的な広がりがあるけれど、もともとMarion Zimmer Bradleyが著したのは、4つ(細分化すると5つ)の時代。その中でも最後の時代(細分化した場合2つ)こそが彼女が書きたかった時代。

それは“Against the Terrans~地球帝国との衝突”と称される時代で、ダーコーヴァの貴族であるコミンとそれが代表するダーコーヴァ文明が異世界人である地球と衝突(文明的・経済的・軍事的)する様を描いたもの。超能力(ララン)を持つコミン華やかなりし時代を“Recontact~再接触時代(Against the Terrans: The First Age)”とよび、ダーコーヴァをダーコーヴァたらしめていたコミンが、部族内闘争と近親交配、そして地球帝国の経済力の元、徐々に衰退していく様を描いた後期を“After the Comyn~コミンの崩壊 (Against the Terrans: The Second Age)”と呼ぶ。今までご紹介してきた中では1作を除いてすべてこの“Against the Terrans~地球帝国との衝突”の時代が描かれており、「ドライ・タウンの虜囚」

が“The First Age”のトップで、「惑星壊滅サービス」

で“The Second Age”が終焉を迎える。ラランを基礎とする独自の文化を保っていたダーコーヴァが徐々に高度な科学文明を持つ地球帝国に文化的・経済的に併呑されていく様は、まさに20世紀後半の先進国による経済的侵略を想起させるし、男系社会で伝統と血統を重んじるダーコーヴァにあって、そこここに輝く女性が生き生きと描かれているのはウーマン・リブ時代の作家である彼女ならでは。あくまで異世界であるダーコーヴァも超能力であるラランも「人」を書くための舞台装置であり、彼女にとってはそれ以上ではなかった。

その後ファン(と編集者)の声に押される形で、そもそものダーコーヴァの成り立ちの時代である“The Founding~植民”に属する唯一の本、「ダーコーヴァ不時着」

が書かれた。そこで、今まで語られていた“Against the Terrans”の時代のダーコーヴァ人がなぜ地球人に酷似しているかという種明かしや、超能力を持つに至った経緯、奔放ともいえる性風俗の理由などが説明されるが、本書にはその次の時代が描かれている。「次」とは言ってもすでに不時着からは約千年が経過しているという設定。時代は“The Ages of Chaos~混沌の時代”と呼ばれる。ダーコーヴァに不時着した植民宇宙船の子孫が得た超能力を最大限に発展させた時代。超能力を基礎とした文明の光と影が語られる。

以前ご紹介した「ヘラーズの冬」

で登場人物ロアーナ・アーデスは語る。「コミンの歴史の中にも、こうした<ちから>を遺伝形式として定着させようとして選択交配していた時期があったわ。強力な専制政治が行われていてね・・・あまり胸を張ってふりかえれる時代じゃないわ」と。

その、時代の物語。

この時代の貴族(コミン)には<ちから>があった。それは経済力でも軍事力でもなく、ララン=超能力という<ちから>が。そしてこの時代の領主にはその<ちから>を後の世に伝えることが、より強く、より多く伝えることが求められていた。かくして、ラランを持つ家系は混ぜ合わされ、その形質を強化していったが、それとともにラランを根付かせようという行為によって命を落とすものも出てきた。それは一部は致死遺伝子と結びついているラランを持つ子は無事に生まれることが少なかったし、強いラランを持つ子の誕生の時にその母親が命を落とすこともあった。また無事に誕生してもラランと性徴が同時に開花する思春期の「入境」とよばれる症状に耐えて成人するものはさらに少なかった。

山岳地帯を治める領主、ミカエル・アルダランは「強大なラランの力で人は天候を操り、城と街道を建設し、偉大な精神の能力を開発する」「種族の進歩を考えなければ、人間はただの動物だ」という考えの持ち主であり、これは当時コミンの間で普通の感性だった。ただ、コミンの子は育ちづらい。出生率の低下、「入境症状」を耐えきれないもの...そして、親族間の争い。

ミカエルにはスカスフェルを治めるラカール・アルダランという弟がいた。領主には「ラランを後の世に伝える」という重要な役目がある。ラカールには息子がいるが、ミカエルには息子が育たなかった。正妻との間にもうけた子供は入境症状を耐えきれず、すべて喪われた。唯一残ったのが妾腹の娘、ドリリス。そこでドリリスにラカールの息子ダレンを婿に迎え、ラランを繋ぐ計画がされていた。親同士で決められたこの縁談を当然のこととして刷り込まれて育てられたドリリスだが、まだ思春期も迎えていない少女だった。

ドリリスの母は貧しいながらコミンの出。ただその出自のロックレイヴン家はコミンの交配計画からは外されていた。その天候を操る力は強大だが、力が致死遺伝子と結びついていたためだ。はたして母は産褥で命を落とす。その母の連れ子であるドナル・デルレイと兄妹のように育つドリリスだが、思春期間近になり、若くして亡くなった正妻の子と同じ道をたどらせないよう、コミンの超能力の研究所とも言われる<塔>から監視者レナータ・レイニアーが呼ばれた。

厳しくレナータから指導を受けるドリリスだったが...一筋縄ではいかなかった。それは領主ミカエルの唯一残った末娘ということで、父親の寵愛を受け我儘に育ったからだけではなかった。彼女にはその我儘を通す方法があったのだ。

ロックレイヴン家の<ちから>を受け継いだドリリスは天候を操る力がある。彼女は本格的なラランの目覚めの前からその<ちから>を発揮し、彼女が怒ると雷鳴が鳴ったり、叱った人間が苦痛を覚えたりしたためだ。それを抑えるすべを、そしてやがて来る「入境症状」を乗り越えさせるすべを伝えようと、レナータは感情を抑えるすべを教えようとするがドリリスはそれに反抗し、それは力と力のぶつかり合い、どちらが強いのかを力比べして確かめるような猛獣に対する調教の様相を呈していた。そんななか、ドリリスの兄ドナルと彼女の指導役レナータとは恋に落ちていく。ドナルは性格もよく、能力も高いが領主ミカエルとは血のつながりはなく、妾姫であった母の連れ子にすぎない。一方レナータは<塔>の中でも格式の高い<ハリの塔>の監視者。そんな身分の違いに結婚を決めきれないうちに、レナータに子が宿る。

一方、田舎の慣習でまだ若いドリリスとダレンとの婚約のお披露目が行われる。まだ早すぎると子供っぽい恰好をさせ時期尚早であることを印象付けようとした周りの配慮に対して我を通し、無邪気に大人っぽい恰好をしてその場に現れるドリリス。弟として本家を継ぐ資格がなかったラカールからはドリリスを早くモノにしてしまえとふくめられていたダレンはドリリスの大人びた姿を見て、幼いと聞いていたが十分大人だと、ことに及ぼうとするが、男女の求愛(しかも強引な)が理解できなかったドリリスはパニックに陥り、ダレンを雷で打ち据えて絶命させてしまう。この件で本家を狙う弟と跡継ぎが娘しかいないミカエルの亀裂は決定的になる。跡継ぎが娘しかいないミカエルは、反目するラカールに領地はやりたくないとドリリスとドナルの結婚を思いつく。ラランを保つためにと、父親違いや母親違いの兄弟姉妹の婚姻が忌まれながらも認められてきたのを利用し、お気に入りのドナルを生まれくる子供の後ろ盾にしようというのだ。

ドナルにとっては自分の妹としか思えないドリリスを正式な配偶者とし、より位の高いレナータを妾姫扱いにするということは考えられなかったが、ドリリスは彼が思うよりは成熟していた...。この一人の男を想う異父妹とその指導者、そして自分の領地をドリリスの子供、しかもお気に入りのドナルの血が入った子孫に譲るという考えに凝り固まったミカエルとその地位を狙うラカールという込み入った人間関係にさらにもう一つ別の人間模様が絡み合う。

ミカエルの客人として館に滞在していたオーラート・ハスター。彼は王権の簒奪を狙うハスター家のデーモン・ラファエルの弟であった。オーラートの<ちから>は予知のちから。ただ、ありうるかもしれない未来が無限に目の前に広がる、というその<ちから>は本人にとっては苦痛でしかなく、ハスター家の権力争いには加わらず、学究の徒として暮らしていた。しかし彼もデーモン・ラファエルの政治の道具として動かされることになる。権力欲のない彼は不承不承それに従うが、産褥で死んだ兄の配偶者として自身の妻カサンドラ・アイヤールが狙われていること、またその未来が暴君となった兄が大地を荒廃させる血塗られたものであることを予見し、兄とそして運命と対決をせざるを得なくなってくる。

ミカエルとラカール、デーモン・ラファエルとオーラートの兄弟の争い、それに巻き込まれる形のドナルとレナータ、オーラートとカサンドラの愛、そして強烈な<ちから>を持つドリリスの想い..これらが絡み合ったまま、超能力とそれによって強化された武器が使われる戦争へと突入していく...
高度な超能力文明を築いてはいたが人間は変わっていない
高度な超能力文明を築いてはいたが人間は変わっていない
「持つ」ものは、それを護り、自分のものに、自分のものだけにしておきたいのだろうか。その愚かさをすべて喪くしてから悟る。粘着弾といった超能力で物理法則を強化したり曲げたりした超兵器を使用する文明を築いても、自分の血が残るか否か、統治者に最適な人物が自分の子供か否かで判断を曇らせてしまう老君。そして自分が欲するすべてを得ることを可能にしてしまった幼い少女の一方通行の想い。そんな愚かしい人間模様を描いた作品。

異文明の衝突の部分以外を書くと単なるあまたのSFとおなじになってしまう、となかなかこの時代のエピソードを書くのを肯わなかったというBradley。しかし、見事に「人間」が描かれている。ただ扱うテーマと結末が重いため、スッキリとはいかず、どぉんと胸に響く作品となっています。兄と弟、親と子、そしてラランを持つ集合体としてのコミン。そんな「血」が語られる作品です。
  • 購入金額

    960円

  • 購入日

    1988年頃

  • 購入場所

13人がこのレビューをCOOLしました!

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