MCカートリッジという極小の世界に情熱を注ぎ込んできた松平氏の人生を変えた幻のコアとの出会い…そしてハイパーエミネントの完成。40数年レコードの溝に挑み続けてきた氏の集大成がここに。
【前編はこちら】
【zigsowラウンジ編集部(以下編集部)】そのように微細な世界で、究極を目指す姿勢から生まれたのがエミネントシリーズだと思うのですが、これらを作っていく課程においては、やはり高精度な機械などをお使いなのでしょうか?
【松平氏】いえ、実は初めは他社に負けたくないという思いから、治具を使ったりして数ミクロンの狂いも生じないように作ったりしたのですが、結局のところこれは手、指先が一番でした。
【編集部】と、いうことは全て手作業でお作りになっておられるのですか?
【松平氏】個々のパーツは違いますが、カートリッジとして見た場合は、そういうことになります。量産品というわけではありませんから、針先や筐体ひとつ取ってみても、ひとつひとつ違いがあります。その違いを指先で調整して行かないと、結果的に求めるような良い音にはなりません。これを、治具などを使って決まり切ったやり方で作ると、逆にばらつきが出てくるんですね。
【編集部】まるで一つ一つが工芸品というか…芸術作品のようですね。
【松平氏】特に芸術作品と考えたことはありませんが、とにかく10個作って半分しか出荷できない、ということもあります。たとえば外装ですが、56s*1より52s*2のほうがアルマイト処理が良くできる。それは簡単ではないが、非常に良い音が出た。だったらこちらを採用します。それよりももっと良い75s*3がある。そうなるとそちらを選びます。しかしハイパー(エミネント)にその表面処理を採用する際、加工屋さんから言われました、「50%は不良を覚悟してくれ」と。これはまだ研究段階の技術だったんですね。でも、それをやってみて音を聴いたら、これしかないと思った。そうするとたとえ不良が多くても、やっぱりそれで作るしかないんですね。すべては音を優先した結果です。
【編集部】それでは相当の不良パーツ在庫を抱えることになるのではないでしょうか?
【松平氏】まあ、それも仕方ありませんね。とはいえ、やはり最後の表面処理の段階で駄目だとがっかりします。切削、荒処理、前段階加工まで上手く行っても最終処理ですべてが無駄になる。その繰り返しですよ。元から半分以上不良になる覚悟で臨んでますよ。だからいつまで作り続けられるかは、本当のところ分かりません。特にハイパーエミネントは、とてつもないリスクを背負っているので、実際は今後、どれだけ作り続けられるかは分かりません。
【編集部】そのハイパーエミネントを含むエミネントシリーズなのですが、そもそも、そのようなリスクを冒してまで作ってみようと思ったきっかけは何なのですか?
【松平氏】これは一言で言うと、ある材料との出会いですね。そもそも一番初めにカートリッジを作ろうと思ったのは、岡俊雄先生に「モノラルカートリッジを作ってみろ」「フルヴェンの5番を鳴らして見せろ」と言われたのがきっかけなんですね。しかし当時高出力を出すためにはコイルを巻くしかない。しかしコイルを巻くと音がなまる。インピーダンスが低くて、磁気飽和せずにすばらしい音を出すためにはどうしたらいいのか。そればかりを考えていました。前職では知人のトランス開発者と共に試行錯誤を繰り返していました。それでもなかなか出来ない。ある日、これなら良い、とそう思える試作が出来た時には、会社側も今更カートリッジではないだろうと。そんな中、定年が訪れたんですね。その後リタイアしている時に、少々病気になりまして入院をするんです。その時、病院でじーっと天井を眺めながら、決意したんですね。そうだ、あのコアがいいというのならばやってみようと。そして退院後、設計図面を引き、試しに作ってみたところ、今まで聴いたことのない音が聴けたんです。これはいける。そう確信しました。そして最初は友人、知人に聴いてもらい意見をもらったりしているうちに完成したのがエミネントです。
【編集部】そのコア材料というのは、どのようなものなのですか?
【松平氏】実のところ、このコアは果たして本当にどのようなものなのかは、私も分かりません。基本的にはパーマロイの延長線上である。ニッケル合金の一種なのですが、現在このコアの開発者はもういません。材料も今手持ちのものしか無いんですね。いろいろな方が、ちょっと検査させてくれといっては持って行くのですが、未だにこれがどのような材料なのかは明らかになっていません。
【編集部】まさしく幻のコア材料なのですね。
【松平氏】そういうことになります。