誰もが一度は履いたスニーカー
おだやかな陽が差し込む秋の昼下がり。下駄箱の中に眠っていたスニーカーのほこりを払い、近くの公園へ足を運ぶ。はにかむように色づいた木々の中をひとり散策していると、何だかちょっぴりお洒落で行動的な人間になった気がしてくる…「コンバース」。いまやファッションを語る上で欠かせないアイテムとなったスニーカー、コンバースはその定番中の定番と言ってもいい。誕生以来100年余年、数々のプロスポーツ選手やミュージシャン、映画スターたちに愛されてきた歴史を今回は振り返ってみたい。
バスケットと共に歩んだ歴史
「コンバース」の歴史は1908年に始まる。創業者マーキス・ミルズ・コンバースは、森や湿地帯が多く冬は深い雪に覆われるアメリカ・マサチューセッツ州の気候や地理に着目し、モールデンの街に会社を興す。「コンバース・ラバー・シュー・カンパニー」。その名の通り、ラバーシューズを製造する企業であった。「湿地や雪の中でも作業ができるゴム靴は需要がある」という彼のもくろみは当たり、製品の質の良さも手伝って「コンバース・ラバー・シュー・カンパニー」は急成長を遂げる。しかし、商品の売れ行きは冬場に集中するため、マーキス・ミルズ・コンバースは通年販売できる商品の必要性を感じていた。そこで彼が次に目を付けたのが、同じマサチューセッツ州で生まれたスポーツ、バスケットボールであった。
現在、世界の競技人口が4億5000万人とも言われるバスケットボールだがその歴史は比較的新しい。考案したのは、マサチューセッツ州スプリングフィールドにあるYMCA(キリスト教青年会)の訓練校で教鞭と執っていたジェームズ・ネイスミスという一人のカナダ人講師。マサチューセッツ州をはじめとするニューイングランド地方は冬になると雪に閉ざされ、屋外でのスポーツが困難だった。彼は室内でハードに行える球技を模索し、ついには新たなスポーツを考え出す。それがバスケットボールだった。1892年1月20日には、初の公式試合が行われる。当初は体育館の2階席に大きな籠を下げ、ボールにはサッカーボールが使用。当時はプレイヤーの人数に制約はなかったよう。こうして生まれたバスケットボールはすぐに人気を集め、YMCAを通じて瞬く間にアメリカ全土へと広がった。ちなみにバスケットボールが日本に伝わったのは1908年、YMCAの訓練校を卒業した体育教師・大森兵蔵によってである。
さて「コンバース」に話を戻そう。マーキス・ミルズ・コンバースは、まだ生まれて間もないスポーツであるバスケットボールに事業の活路を見出し、さまざまな試行錯誤の末1917年にバスケット用のシューズ「キャンバス・オールスター」を開発する。素材には船の帆や絵を描く際に用いられるキャンバス(帆布)地を使用。板チョコを思わせる独特のデザインを施した靴底『オールスター・トラクションソール』や足首を保護するハイカットのデザインなど、現在の物と機能もフォルムもほぼ変わらぬ、当時としては斬新なバスケットシューズであった。この当時はまだハイカットモデルだけで、ロー(OX)カットは作られていない。
「CONVERSE ALL STAR CLEAN OX GRAY」(zigsowユーザのみ観覧可能)
「CONVERSE ALL STAR HI」 (zigsowユーザのみ観覧可能)
「キャンバス・オールスター」を語る上で忘れてはならないのは、当時のバスケットボールのスタープレイヤー、チャック・テイラー(=チャールズ・H・テイラー)の存在。彼は「キャンバス・オールスター」が誕生した翌年にプロバスケットボール選手としてデビュー。リーグで活躍している間「キャンバス・オールスター」の品質にほれ込み、現役時代を通して愛用した。引退後は、全米の高校や大学を回ってバスケットボールの普及に努める傍ら「キャンバス・オールスター」の素晴らしさを未来のスタープレイヤーを目指す子供たちに広め、シューズの改良についてもさまざまなアドバイスを与えた。その功績を讃えて、1946年からはアンクルパッチ(ハイカットモデルのくるぶし側に付いている円形のパッチ)にその名が刻まれる事になる。ちなみに70年代の物にはヒールパッチにも「チャック・テイラー」の名が入っていた。「オールスター」が別名「チャック・テイラー」と呼ばれるのはこのためで、現在ビンテージとして人気を集めているアイテムの一つでもある。
創業者マーキス・ミルズ・コンバースは1930年に亡くなるが、「コンバース」は1922年からバスケットボールのイヤーブック(ファン向けに全米大学リーグのスコアなどをまとめた物)を発行するなど、バスケット界との関係を深めながら共に発展していく。さらに1940年にはテニスシューズ「スキッドグリップ」を発売。1957年にはローカットバージョンである「キャンバス・オールスターOX」もリリースする。これをきっかけに「コンバース」のシューズはスポーツの分野をはじめ、ファッションアイテムとしても広く支持されていく。1960年代半ばにはNBA選手の9割が「オールスター」を愛用、また「スキッドグリップ」もテニスを楽しむセレブの間で人気を博すなど、「コンバース」の名は一つのステイタスシンボルとして定着していった。
困難の中で手にしたもう一つのブランド
しかし、1968年頃からバスケットシューズのハイテク化が始まり、ライバル各社はレザー製で機能的にも優れたバスケットシューズを続々と発表。「コンバース」もやや出遅れたがハイテクシューズの発売に乗り出し、1969年には星マークと2本のラインがトレードマークの「ジャックスター」を発売し対抗するが、シェアの縮小を余儀なくされる。その後、業績の悪化もあり「コンバース」は1972年に「エルトラコーポレーション」に買収されることとなる。だが、この買収劇は「コンバース」にとって決してマイナスではなかった。「エルトラコーポレーション」は当時、すでに人気を集めていたスニーカー「ジャック・パーセル」を擁するBFグッドリッチを買収し、コンバースのシューズ部門へと統合したのだ。これによりコンバースは大きなブランドを手に入れる事となったのだ。
「ジャックパーセル ストローハット」(zigsowユーザのみ観覧可能)
「ジャック・パーセル」の登場は「スポルディング社」より発売された1935年まで遡る。開発には当時のバドミントンのワールドチャンピオンだったバドミントン兼テニスプレイヤーのジャック・パーセルが参加。快適さはもちろん、テニスやバドミントンなど激しい動きが要求されるスポーツに対応するパフォーマンス性や耐久性が認められ、発売当時からプロ選手たちの間でも人気を博した。50年代に入るとその販売権は「BFグットリッチ」へと移り、さらには「エルトラコーポレーション」を経て「コンバース」の定番ブランドとなる。シンプルなフォルムとヒゲを連想させるデザインのヒールラベルが特徴。また、トゥ部分のラインが微笑んでいるように見える事から『スマイル』とも呼ばれている。
「コンバース」が「ジャック・パーセル」を傘下に加えた直後の1970年代から1980年代、スニーカーは若者たちの代名詞としてアメリカはもとより世界中で大流行する。シネマの中では「ロッキー」のシルベスター・スタローンや「卒業」のダスティン・ホフマンが「オールスター」を履きこなし、日本のポピュラーミュージックでは「虹とスニーカーの頃」(‘79年、チューリップ16枚目のシングルで売り上げ40万枚)や「スニーカーぶる~す」(近藤真彦のデビュー曲でミリオンセールスを記録、オリコン初登場1位、‘80年同名映画主題歌)、「心にスニーカーをはいて」(‘82年全日空北海道キャンペーンソング、白鳥座2枚目のシングル)など楽曲の題材に使われるなど、若さや青春の象徴にもなった。
1970年代以降バスケットシューズ界は各メーカーの台頭により、すでに「コンバース」の独壇場ではなかったが、追随する各社に負けじと素材や機能にこだわったシューズを次々と世に送り出していく。1974年にアッパーにスムースレザーとスエードを使った「ワンスター」、1976年にはスラムダンク・アーティストと呼ばれた伝説のバスケットプレイヤー、ジュリアス・アービングも愛用した「プロレザー」をリリース。1984年のロサンゼルス・オリンピックには「スターテック」、そして1986年にはスター選手であるラリー・バードとマジック・ジョンソンというライバル同士を広告塔に起用したヒット作「ウェポン」を生み出した。その中で、「ワンスター」は質の良さが定評だったが生産時期がわずか2年と短かったこともあり、愛好家たちの間では「幻のワンスター」とも呼ばれている。現在は復刻版が生産されているが生産数は少ない。zigsowユーザーのもちものである「ワンスター」はその中でも希少なベルトクローズタイプだ。
「ワンスター V3 OX」(zigsowユーザのみ観覧可能)
「コンバース」はハイテクスニーカーと「オールスター」や「ジャック・パーセル」などのいわゆるクラシックなスニーカーの2本柱で歩んでいくが、2001年に経営が行き詰まり倒産。日本の商社が資本参加し再建するも2003年にはライバルであったNIKEによって買収されてしまう。日本では2002年に「コンバースジャパン」が設立され、現在国内では日本製コンバースが主に流通している。だが両社とも「コンバース」というブランドに敬意を払い、創業以来の製品の良さを守りながら商品を展開している。
「AS REPAIR-BLOCK HI」(zigsowユーザのみ観覧可能)
2008年、誕生100周年を迎えた「コンバース」は記念アイテムを100種類発表。「コンバース」の歴史を語る上で欠かせない名作たちをベースに、さまざまなカタチに味付けされた作品がリリースされた。上で紹介している、めがねハンターさんのもちもの「リペアブロック HIホワイト/レッド」は、1992年に発売された「バーシティカラーブロック」をモチーフにしたアップデートモデル。アッパー部分に異なる質感の素材を使っているのがユニークだ。
バスケットボールシューズの原点「オールスター」、テニスやバドミントンなどのプレーヤーに愛された「ジャック・パーセル」というスニーカーの歴史に名を残す名シューズを生み出してきた「コンバース」は、毎年カラーやデザインに趣向を凝らしレパートリーを増やし続け、今やストリートファッションの重要なキーアイテムとなった。1917年から現在に至るまでの世界累計販売数は「オールスター」だけでも8億足を超えているという。どんな服装にもコーディネートでき、使い込めば味が出る。「コンバース」の魅力は、未来永劫に我々を魅了し続けるのだ。




