30数年間で世界中のコーヒー農園を約2,000以上も訪ね歩いた、
世界屈指のコーヒーハンター。豆の買い付けはもちろん、農園の
開発や栽培技術の指導に携わった経験を持つ。2008年11月、
株式会社Mi Cafeto(現 株式会社ミカフェート)設立
「コーヒーは、栽培されている品種で70種類ぐらいあるのですが、植物学的にコーヒーといわれるものは、飲まれていないものの方が圧倒的に多いのです。世界中には僕が見つけるのを待っているコーヒーがあるはずだと思っています」
というのはコーヒーハンター・川島良彰さん。マダガスカルのマスカロコフェアなど絶滅危惧種のコーヒーの原種をジャングルの中から探し出し、種の保全をして約4000本まで増やしてきた実績を持つ。
「コーヒーの原種は数百種類もあります。分類学上の目から始めたらすごい数になるでしょうね。マスカロコフェアを探しに行った時には、寝袋で生活しながら、ジャングルを四輪駆動車で走って川があったらイカダを作って車を載せて渡ったりもしました。本当に木があるのか分からないのに探しに行くんです。だから僕は『コーヒー界のインディ・ジョーンズ』だって呼ばれているんです。」
コーヒー探しは「地政学」という川島さんは、ジャングルへのコーヒー探しの冒険は、様々な史実に基づいて行っている。
「コーヒーはその時代の列強と一緒に世界へ広まって行きました。品種で歴史をたどっていくととても興味深いものがある。僕は行き当たりばったりで探しに行っているのではなく、『この地域だったら○○時代のイギリス系の人が植えたコーヒーの木があるんじゃないだろうか』と調べてから行きます。政治と歴史と地理、そこに宗教も入ってくる時もある。宣教師と一緒に旅をしたコーヒーもあるわけです。そうやって調べて探しに行くのは本当に面白いですよ。」
文字通り世界中を駆け巡って様々なコーヒーを探してきた中で、もう一度行ってみたい産地があるのだそう。以前訪れたことのある「イエメン」と未知の国「ハイチ」だ。
「今は両方とも情勢が良くないのですけどね。14~15年前にはモカマタリの源流を探しに行ったことがあるんです。現地で聞くとモカマタリはマタリ村で採れると教えてもらって、連れて行ってもらったら村の人はみんなマタリさん。標高2500メートルぐらいの乾いた大地にコーヒーの木が植えられていて、手で掘ったような溝に水が流れている。『マタリ』とは『恵み』という意味で、その水が『恵み』なんですね。その頃はまだ会社に勤務している時だったんですが、説得しても理解してもらえなくて持ってこられなかった。だからもう一度行ってぜひあのコーヒーを、日本に紹介したいです。」
「今までコーヒーというと焙煎の話ばかりでテロワール(土壌と風土)の話は誰もしなかった。産地のことが分かっていないからなんですね。おいしいコーヒーが採れるのは、その土地の昼夜の温度差や畑に吹く風の影響、水はけや雨量などを含めた自然環境があって、どんな品種を植えているのかということもすごく重要なこと。そして何といっても生産者の志が大切なんです。そういう生産者と畑を探すことは、そんなに簡単な事じゃないです。でも僕はこれまでの40年近い経験でそういうネットワークを持っていますから出会うことができたんです。」
ミカフェートでは、「コーヒーのために出来ることは全てやる」をコンセプトに、厳しい品質規格で選りすぐったコーヒーシリーズを展開。特級畑で栽培され、あらゆる工程を丁寧に行い、コーヒーのトップ・オブ・トップに位置する「Grand Cru Café(グラン クリュ カフェ)」をはじめ、「Grand Cru Café」を生産する農園から、違う環境に恵まれた別の畑や異なった加工方法・精選方法、違う品種のコーヒーが揃う「Premier Cru Café(プルミエ クリュ カフェ)」、川島さんが世界中のコーヒー生産国で巡り合った生産者の思いを込めた「COFFEE HUNTERS(コーヒーハンターズ)」などがラインナップしている。
「意外に知られていませんが、コーヒーは農産物=フルーツです。例えばワインならば、ロマネコンティを作るブドウの特級畑もあればテーブルワインを作るような畑もあります。一つの農園や畑の中でも品質の違うものが採れ、それによって価格も違います。その要素はコーヒーにもすべてあてはまります。僕はコーヒーにもワインと同じような品質のピラミッドを作りたかったんです。ところが底辺から作ってもなかなか分かっていただけませんから、トップ・オブ・トップとして作ったのが『Grand Cru Café』です。」
「Grand Cru Café」は、世界で9つの特級畑で採れるコーヒー豆を使用。90~100日位の間に6~7回に分かれて咲くコーヒーの花の中から、ピークに咲いて結実した実を大切に育て、本当においしい実の採れる3日間で収穫を行うのだそう。
「完熟と未成熟のフルーツでは味わいが違うのと同じように、コーヒーも完熟度合いが味の違いにもなります。収穫日は木のコンディションとそれまでの天候のデータを見て農園主と打ち合わせて決めるのですが、その時には摘み手も選びます。熟練の摘み手になると、完熟豆だけを木を傷めずに一粒ずつ手摘みしてくれる。これも重要な事の一つですね。」
コーヒーの実は赤くてサクランボに似ていることから「コーヒーチェリー」と呼ばれる。皮の下の果肉(ミューシュレージ)を除去する工程も昔ながらのナチュラルファーメンテーション(自然発酵)を用い発酵槽で10時間以上かけて自然分解を行い、農園で汲み上げる湧水で丁寧に洗うのだ。
「その土地で育った木には同じ土から湧き出る水が合うと思うんです。また湧水のある農園というのは、環境が守られているから水が湧く。開発が進んでしまったところでは水も出ません。つまり『Grand Cru Café』は単においしさを求めるのではなくて、環境を守りながらコーヒーを作っているんです。
また、最近ではコーヒー作りの工程を機械化して効率化とコスト減が図られてきていますけど、そうなると働く人たちが居着かなくなります。僕らが行っているナチュラル・ファーメンテーション(自然発酵)は手も時間も掛かりますが、機械では敵わない品質のコーヒーができるばかりなく、昔ながらのやり方をすること熟練労働者の働く場所を守ることにもなっています。つまり「Grand Cru Café」は単においしさを求めるだけではなくて、環境と労働者の人たちを守りながらおいしいコーヒーを作っているんです。」
天候に恵まれれば約8日間、通常なら10~14日間を掛けて天日で乾燥させたコーヒーは、湿度63%、温度23℃に保たれた真っ暗なサイロで最低60日間休ませて熟成させる。熟成を経た豆は、川島さんが独自に指定したスクリーンサイズのメッシュを用い、一番おいしいサイズの豆だけを選り分ける。
「大きな豆は中が空洞で、小さな豆はほかに比べて火が入りやすい。いずれもコーヒーの味わいに影響します。選別された豆を、密度の選別機で振るって、高密度の豆だけを選り抜きます。」
絶対の自信を持って生産される川島さんのコーヒーは、選別された後もさらに手を掛けて選りすぐられていく。
「大きさと密度で選んだは、変色した豆や虫食い、砕けた豆を、『ハンドピック』をしているんです。熟練の女工さんたちが並んで目視しながら一粒ずつですから、気の遠くなる作業ですね。通常は、この作業を機械で行いますが、豆への負担ないよう『Grand Cru Café』は、手作業だけでやっています。だからこそ『Grand Cru Café』はトップ・オブ・トップといえるのです。」
選別を終えた豆は、麻袋の脂と匂いが付かないよう特殊な袋に入れて包装。日本への輸送は60℃以上にもなる船便のコンテナを使わず、温度管理された状態で最速で日本に届くようすべて空輸をしているのだ。
「丹精込めて農園で作ったコーヒーですから、生豆を保存する方法をずっと考えていました。実は僕のブレーンでもあり『コーヒー「こつ」の科学』の著者でもある工学博士・石脇智広博士にアドバイスをもらいながら、世界で唯一のコーヒーセラーをも彼と一緒に作ったんです。コーヒーセラーは室温が18℃に保たれていて温度変化がなく、コーヒーには理想的な環境。ここには、お客様からお預かりしている生豆が500gずつ小分けされ専用ボックスに眠っていて、ご依頼に応じて焙煎してお届けしています。様々な銘柄や収穫年度の生豆がありますが、どれも新鮮な状態で保管できるんです。そして、おいしいコーヒーをお届けするために、一番のハードルは焙煎してからどんなパッケージ入れるかということでした。そこで行きついたのがシャンパンボトルです。コーヒー豆は焙煎をすると香りと一緒に炭酸ガスを放出します。ガスが出る際に香り出てしまう。だからガスを留めることによって香りも鮮度も保てるのでないかと仮説を立てて、石脇博士と様々な方法で実験もしました。」
発想、実験から販売まで1年がかりで開発したのは、コーヒー業界ではこれまでになかった加圧包装だった。コーヒー豆を詰める際、豆の酸化の原因となる酸素がボトルに残らないように残留しないよう窒素ガスを充てんし、残存酸素を1%以下に抑える。、コーヒー豆から発生したガスが豆に圧力を加えて香りを封じ込めるのだ。川島さんが開発した加圧包装はシャンパンボトルを使う「Grand Cru Café」「Premier Cru Café」はもちろん、圧に対して耐性のあるペットボトルを使う「COFFEE HUNTERS」でも実施されている。栓を抜くとき『ポン』という音と共に漂う芳ばしい香りは、川島さんのコーヒーならではの特長でもある。そしてこれまでに味わったことのない「フレグランス」「アロマ」「フレーバー」を感じることができるのだ。
「僕がやったことは目新しくもなく、格好をつけたわけでもないです。おいしいコーヒーを楽しむために、豆の品質にとって一番いいことをやっただけです。ただ、今まで誰もそこまでやっていなかっただけのことです。」
(インタビュー:2012年11月 ミカフェート元麻布本店にて)