【編集部】 読者の中には、松平さんのことを知らない方もおられますので、宜しければ少し、前職のオーディオクラフト社時代の話をお伺いしたいと思っているのですが。
【松平氏】 はい。
【編集部】 オーディオクラフト社では、主にどのようなことを行ってこられたのでしょうか
【松平氏】 設計ですね、一言で言うと。ちなみに設計はカートリッジからスピーカーまで、本当にいろいろとやりました。
【編集部】 スピーカーまでおやりになったのですか
【松平氏】ええ。しかし、それは失敗に終わったと言っても良いでしょう。デモをするところまでは辿り着いたのですが、結局満足のゆくものは仕上がりませんでした。その他、アームもやりましたし、ターンテーブルの設計、もちろんカートリッジも手がけました。それらの中には世に出たものもあれば、そうでないものもあります。
【編集部】 まさしく音の入り口から出口までですね。やはりエミネントに合わせるアームはご自身の設計したものがベストですか
【松平氏】技術は日進月歩ですので、私が今、一番信頼しているアームはワンポイント軸受けのものです。高質量をもっており、高い精度で作られ、剛性も十分に確保されているものが理想です。最近のアームでは、グラハムエンジニアリングのアームは評価できるものだと思います。
【編集部】ワンポイント軸受けのアームはほかにもありますが、何故グラハムエンジニアリングのアームが優れているのでしょうか
【松平氏】 これはやはり技術の蓄積もありますが、振動をしっかりと考えた上でその対策も行った構造だからです。実はアナログが上手く鳴らない、という方の殆どは振動対策がしっかりなされていないことが多い。この場合の振動というのは、スピーカーからの音圧ではなく、地面からの振動です。もちろんスピーカーから来ている振動も影響を与えますが、それ以上に遠く離れた場所で通る電車やトラックの振動エネルギーが大地を伝わって、カートリッジの針先にまで及んでいるのです。だからこそ、ターンテーブルを完全にフローティングする、もしくは、それに組み合わせて徹底的に質量を投入して振動モードを吸収、分散してあげる必要があるのです。
【編集部】 それほどまでに小さな振動でも、音には影響するものなのですか
【松平氏】 通常のレコードの溝というのは、数ミクロンという単位ですので顕微鏡を使わないと見えないようなものです。その世界では、本当に小さな振動エネルギーですらも大きく影響を与えます。カートリッジは、如何にしてその小さな世界に刻まれている溝を余さずに音として変換するか、というのが仕事ですから、決して馬鹿には出来ません。たとえば音が悪いと思っている方はターンテーブルの下にインシュレーター(インタビューではゴムと表現)を挟むだけで、音は見違えるほど変わるはずです。