ガラパゴスの何がわるいっ!?
~ケータイ文化を彩った名機たち~

外来種に淘汰されていくのか

内閣府の2011年度の調べで世帯普及率が92.9%と、いまやもっともポピュラーなコミュニケーションツールとなった携帯電話。デジタルムーバが登場した1993年度時点ではその普及率はわずか3.2%だったのが、J-PHONEがボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)へとブランド変更した年でもある10年後の2003年以降、常に90%以上と高い数字を維持している。
その爆発的な普及の陰には、海外の多くの国々で行われていた周波数オークションを介さず、携帯電話事業者に周波数帯を無償で貸与し、その浮いた費用をインフラ整備に充てさせた産業振興策や、1円ケータイに代表される端末の普及のために行われたインセンティブ制度など様々な理由が考えられる。その善悪は別として、日本は世界有数の携帯電話先進国になった。しかしキャリア間の激しい顧客獲得競争に伴い、端末の多機能化・高性能化は進み、通信仕様も世界基準を外れた独自の進化を遂げることとなる。いわゆるガラパゴス化だ。それは国内の携帯電話機メーカーの海外における競争力を奪い、また海外メーカーにとっては日本市場参入の障壁となるなど数々の問題を生み出した反面、日本独自の「ケータイ文化」を育んだ。今回は華やかなガラケー元禄時代に誕生した個性的な名機たちを歴史と共に振り返ってみることにしよう。

携帯電話の夜明け


ムーバ DII(zigsowユーザーのもちもの)

日本における携帯電話の歴史は電電公社(日本電信電話公社)が民営化し、NTT(日本電信電話株式会社)が誕生した年に始まる。1985年9月にNTTがレンタルを開始した「ショルダーホン100型」だ。電電公社はこれに先立つ1979年に都内23区内(80年に大阪エリアで、81年に首都圏エリア)で自動車電話サービスをすでに始めていたのだが、この自動車電話を自動車から離れても利用できるようにした。バッテリー部分をショルダーバックのように抱えて使用。総重量は約3kg、受話器だけでも500g近くとノートPC顔負けの重さだ。しかし、ごついバッテリーの割に8時間かけてフル充電しても連続通話時間は約40分と、電力的にコストパフォーマンスは良くなかった。ちなみにこの「ショルダーホン100型」、保証金は20万円、基本料金は2万6千円。さらに高額な通話料も必要だったため、街中で利用している人を見かけるのは稀であった。携帯電話という言葉が初めて使われたのは87年に登場したハンドヘルド型の電話機「TZ-802型」からだ。バッテリ部分の小型化・省電力化に成功し、総重量は900g、10時間の充電で連続待ち受け時間約6時間、約60分の通話が可能だった。そして89年には640gとさらに小型な「TZ-803型」が登場する。こうして着実に携帯電話の軽量化を進めてきたNTTだったが、同じ年、モトローラ社が出した端末「マイクロタック」に衝撃を受ける。重さは300gと自信を持って送り出した「TZ-803型」の1/2。さらに移動電話事業に新規参入したセルラーグループ(現・auグループ)がこの「マイクロタック」を採用したことも危機感を助長した。NTTはNEC・富士通・松下通信工業(現・パナソニック モバイルコミュニケーションズ)・三菱電機らと共に、モトローラの「マイクロタック」を凌ぐ小型携帯電話機の開発に乗り出す。そして2年後となる91年、その努力が結実。「TZ-804型 ムーバ」シリーズの誕生だ。シリーズ中もっとも最小の製品で220gと、世界最小・最軽量の携帯電話の誕生であった。この研究が礎となり、小型で高性能という日本の携帯端末の歴史が花開く。ちなみに登場当時の「ムーバ」はまだレンタル制で、加入料4万5800円、保証金10万円の他にレンタル料と回線使用料合わせて毎月1万7千円が必要だった。写真の「mova DⅡ」はアナログタイプ後期。重さ180g、連続通話約80分、連続待受時間が約30時間と、ようやくバッテリー残量を気にせずに利用できるようになった。