時代をリードしてきたAppleの“作品”たち Vol.2
──スティーブ・ジョブズとその魔法──

NeXTとピクサー~遠回りの10年間~

スティーブ・ジョブズを評して『人々が望む物、望むであろう物を生み出す天才』と呼ぶ声がある。それはおそらく正解なのだが、その原動力は“世間がアっと驚くモノを作ってやろう”というシンプルなモノ。凝ったイタズラで周りをビックリさせるのが好きだったという少年時代の延長線上に、彼が世に送り出してきた製品がある。そして、アっと言わせるためには妥協しない生来の完璧主義がたたり、彼は1985年に半ば追い出されるカタチでアップルを去る事となる。もちろん、彼がいない間の10年もアップルはさまざまな製品を世に送り出すのだが、それらを辿る前に、まずはアップルと離れていた間のジョブズを追ってみる事にしよう。

アップルを辞めたジョブズは同じ年、Macintoshチームにいたスーザン・ケア(Macintoshのアイコンや書体の大半を作ったデザイナー)やバド・トリブル(後のアップル・ソフトウェア・テクノロジー担当副社長)らMacintoshチームにいた5人の技術者と共にコンピュータ会社NeXTを立ち上げる。目指すところは、ハイスペックなRAMに高精細なディスプレイ、そしてパワフルな演算能力を持ちながらも安価なそれまでにない高等教育向けのワークステーション。このアイデアはノーベル化学賞を受賞したポール・バーグ博士と会食した際、教育現場が実験をシュミレーションできるスペックを持ち、低予算で購入できるコンピュータを欲している事を知り生まれた。しかしそれはアップル社から顧客を奪う事を意味していた。


NEXTSTEP(zigsowユーザーのみ閲覧可能)

完成したコンピュータはボディにマグネシウム合金を使い、一辺30cmのマットブラックで統一された正立方体という独創的なデザイン。RAMは64MB、256MBの光磁気ドライブを搭載。ジョブズのこだわりで当時一般的だったFDドライブは付けられなかった。また最先端をいく技術を盛り込んだ独自のOS「NeXT STEP」のほか、電子ブックのはしりであるオックスフォード版シェイクスピア全集や辞書がインストールされていた。特に「NeXT STEP」は後のMacやウインドウズOSに与えた影響も大きく、どのシステムでも共通にできるドラッグ&ドロップやウインドウドラッグ、作業状況の可視化など現在のPCではごく当たり前となっているGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)を盛り込んでいた。こうして1988年10月にお披露目された「NeXT cube」はおおいに注目されたが、商業的には成功を収めることはできなかった。ビル・ゲイツ率いるマイクロソフトを始めとしたソフト会社がアプリケーションの開発に二の足を踏んだこと、高機能のOSを快適に動かすだけの能力がCPUに欠けていた事、そして発表当時の価格が6500ドルと予定よりも高くなってしまったことなど理由はさまざまだ。

ジョブズが「NeXT」と同時に手掛けた事業に「ピクサー」がある。1985年当時、映画監督のジョージ・ルーカスは、「ルーカス・フィルム」のコンピュータ部門を売却しようと考えていたが、買い手はなかなか見つからなかった。そのコンピュータ部門を指揮していたエド・キャットムルは仲間と共に自ら買い取って会社を立ち上げようと投資家を探すのだが、これも難航していた。そんな時に手を挙げたのがジョブズだった。彼はルーカスから500万ドルで会社を買い取り、1986年1月に新会社「ピクサー」を立ち上げて会長に納まる。

「ピクサー」の中には2つの部門があった。メインはデジタル化した映像にコンピュータグラフィックスによる加工を加えるハイスペックなマシンとソフトを開発する部門。顧客は主に映像関係や政府機関などであったが、ジョブズは『ごくフツーの人々が自宅のPCで簡単に3DのCGを作るようになったらすごい事になる』と考え、当時作っていたレンダリングソフト「レンダーマン」を大衆向けにも発売させるがこれはヒットはしなかった。一般の消費者は「レンダーマン」ほど機能が優れていなくても、簡単に使えるアドビ製品を選んだのだ。


TOYSTORY3(zigsowユーザーのみ閲覧可能)

もう1つの部門はコンピュータアニメーター部門。ここは後に「ピクサー」の名を一躍有名にするアニメーターのジョン・ラセターがいた。アートが好きなジョブズにとって、ここはお気に入りの部門だった。もともとは主力商品であるソフトやハードの性能を示すためにCGアニメーションを作る部署だったが、ラセターの作る短編アニメに感銘を受けたジョブズは、採算が取れる見込みがあった訳ではなかったがショートフィルムを作り続けるようラセターに指示する。それが実り、1988年にはラセターが作った「ティン・トイ」がアカデミー賞短編アニメーション賞を獲得する。

そんな成功も空しく、「ピクサー」も「NeXT」も苦境が続いた。「ピクサー」だけでも実に5000万ドル以上の個人財産をつぎ込んでいたのだ。転機が訪れたのは1995年にディズニーと協力して製作した「トイ・ストーリー」のヒットだ。もちろん監督はジョン・ラセター。ジョブズも製作総指揮に名を連ねている。最終的に「トイ・ストーリー」は世界中で3億6000万ドル以上の興行収入をあげる大ヒット作品となった。そして映画公開の一週間後、「ピクサー」の株式も公開され株価は急騰。手持ちの株の価値は12億ドル以上に膨らんだ。1985年に始まったジョブズにとっての冴えない10年は終わりを告げたのだ。